第5話

 部屋には六人の若者たちが並んでいた。人数の増減はなく、パニックを起こして出て行った者も今のところいないらしい。優秀だ。

 大場スミが顔を輝かせて近づいてくる。

「ありがとうございます。今日、桜庭さんが来てくださることは、一応さっき説明をしておいたのですが」

 一人の男子高校生が立ち上がった。

「来ていただいてありがとうございます。竹島です」

 脳内で、以前大場スミを通じて得た彼の情報を参照する。

竹島一郎…高校三年生。リーダー格の少年。情報が得られない中、全員を統率しようとする人格者。居住地はA区。

 利発そうな青年だ。将来大物になりそうだな、と思う。

 竹島の横にいた女子高生がぺこりと頭を下げる。おそらく彼女が三船だろう。

 三船美咲…高校三年生。竹島とは中学の同級で、顔見知りらしい。おっとりしているが意志は強そうだ。居住地はA区。

 竹島と三船の距離が近いのが気になる。もともと顔見知りのところを、吊り橋効果で恋人同士になったというところか。別にそれ自体はどうでもよいのだが、男女の恋愛感情と言うのはどうにも足かせになりやすい。

 一人、精神面が心配な子がいたはずだ。目で探すと、部屋の隅の方で、指をしゃぶっている女の子が見えた。

 森藤たか子…高校一年生。少しずつ慣れてきてはいるが、『呼ばれ』ている状況を受け止められず、少し幼児退行気味。居住地区はB市。

 確かに退行気味ではあるが、動くことはできそうだ。ひとまず、あいさつは控えておく。出発時に三船あたりに声を掛けてもらい、「ここから二度とおさらばできる」ということをちらつかせれば、大人しく言うことを聞くだろう。

「松井です。よろしくお願いします」

 小柄な坊主頭の少年が、頭を下げる。

 松井久則…中学三年生。生意気で、竹島や三船の手を焼かせているが、その実は寂しがりで怖がり。居住地区はD区。

 生意気と聞いていたが、こいつは扱いやすそうだ、と思う。自分の命がかかわっている局面で、間違っても歯向かったり、助言を無視したりすることはなかろう。

「よろしくお願いします。ひとまず、これからどうするかを聞かせていただけますか?」

 池下さゆり…中学二年生。大人しいが相当賢く、竹島らが今後を話し合っていると、そこに正論をはさむ。居住地区はE市。

 逆に、この池下というのは厄介かもしれない。確かに聡明そうだし、単刀直入だ。だが、結論を急ぎすぎているような気がする。早合点してミスを犯さなければいいが。

 一通り、確認ができた。大場スミの情報も、僕の印象とおおよそ合致している。手札はまだ完璧とはいいがたいが――ここにいる六人が、どんな場面でどんな行動をとるのか、それはもう一緒に行動しなければ見えてこないのだ――、それでも現状を把握することはできた。後は、覚悟を決めるだけだ。

「桜庭です。よろしく。今からすべきことを簡単に説明します。目標は全員がここから脱出して、もう二度と『呼ばれ』ないこと――」


 扉から出て、洞窟を進む。最初の曲がり角で、岩陰に身を隠す。

 この世界のルールとゴールについて簡単に説明した後、全員に求めたのは、僕の指示に従うことだ。わずかな油断が命取りになる。可能な限り全員を僕の制御下に置いておきたい。

 僕を含め七人で移動するのはリスクがある。できるだけ小グループで移動したい。

 結局、先陣を切るのが僕と森藤、松井、池下のグループとした。後ろに続くのが、竹島、三船、大場の三人だ。何らかのリスクをはらんでいる参加者は、とにかく僕のグループに配置した。が、様子を見るに、思いのほかスムーズに運びそうだ。

 竹島たちも、おそらくうまく立ち回るだろう。大場スミの情報によると、竹島のリーダーシップは相当なものだ。まったく情報のない中で、洞窟の中を注意深く偵察した。そして『ミズカラ』の危険性にいち早く気づき、出歩くのは危ないとの共通認識を六人全員に対して図った。

 岩陰から覗き見ると、三匹の『ミズカラ』がうろついている。ここは待ちだ。決して、焦って飛び出してはいけない。

 手を軽く挙げて、「しばし待て」とアピールする。

 松井がうなずく。今のところ、非常に従順だ。年が離れているせいもあるかもしれない。

 森藤も口数が少なくぼんやりとしているが、ちゃんと後ろを追ってくる。問題はなさそうだ。

 一番懸念していた池下も、次第に扱い方が分かってきた。彼女が結論を急ぐのは、根底に大きな不安があるのだ。結局のところ、聡明に見える彼女も中学生なのだ。

 三匹が離れていったのを確認して、抑えた声で三人に話しかける。

「やつらは歩き回りながら、時々首を振っている。個体差はあるが、首を振ったら方向転換する、というパターンがある。ここに出現するやつらは、この岩の手前から、さらに次の曲がり角までを往復しているはずだ。だから、もうしばらくはやつらも戻ってこないだろう」

 池下や森藤のような不安の強いタイプは、具体的に説明をすることでそれを払拭することができる。

「次にやつらがここまで戻ってきて、方向転換したときがねらい目だ。僕がバットで叩く。もし三匹のうち一匹がこちらに向かってきたら、松井君、頼むね」

 松井にはライターとガス缶を渡してある。『ミズカラ』は火を嫌う。少し吹き付けるだけで、撤退していくはずだ。

「僕が取り逃がして、三匹中二匹以上がこちらに向かってきたら、仕切り直しだ。一度竹島君たちのところへ戻り、全員で最初の部屋に避難。この流れを根気よく繰り返していくんだ。分かったね?」

 三人がうなずく。

 背後からざっざっと音がする。『ミズカラ』たちが引き返してきたのだ。

 辺りをうろうろとしている。隙間から覗くと、三匹中一匹がぐるんぐるんと首を振った。合わせるようにして、ほかの二匹も首を回し始める。

 機を待っていると、三匹ともが背中を向けた。作戦開始だ。

 僕がバットを手に躍り出る。

 一番手前にいた『ミズカラ』の後頭部――らしきところ――を打ち抜く。

 水風船を破裂させたような、水っぽい音が響いた。攻撃を受けた『ミズカラ』の身体が痙攣し、土のように崩れていく。弱点さえ押さえておけば、一打撃で消滅させられるのだ。

 少し前を進んでいる『ミズカラ』二匹が、何事かとこちらを振り向いた。

 僕はポケットに手を入れ、ハンディサイズの電灯を取り出す。百円均一などでも売っている、園芸用のライトだ。僕はこれを大量に仕入れてきていた。

 点灯させ、前方へ放り投げる。

 二匹のうち一匹が、「ぎょおおおおお」という鳴き声を発してそれを追いかけた。やつらには、光に対する走性のようなものがあるらしい。これでしばらくは隔離できる。

 残った一匹が僕の方へ向かってくる。迷わずそいつの頭部にバットを振りぬいた。当たりはしたが、消滅するほどのダメージを与えられなかったようだ。そいつは僕の脇をすり抜け、残る三人のいる場所へ一直線に向かう。

 岩陰から松井が飛び出し、指示通り、ライターへガスを噴射した。炎が燃え上がり、『ミズカラ』がひるむ。そこへすかさず僕が走り寄り、後頭部を打つ。これで二匹。

 そろそろライトを追っていた一匹が戻ってくるころだ。振り向くと、案の定、走り寄るそいつの姿が闇の中にうっすら見える。もう一つ、ポケットの中のライトを点灯させ、地面に投げ捨てる。

 どうやら他の個体よりも光に対して敏感らしいそいつは、再び「ぎょおお」と言いながら、ライトに向かって飛びついた。かがみこむようなかたちになったそいつの頭上から、僕がバットを振り下ろす。

 びしゃり。

 この関門に現れる『ミズカラ』の上限はおそらく三匹。今日のところはもう出現しないだろう。少なくとも、僕らの世代が収集したデータに則れば、だが。

 松井、森藤、池下の三人に手招きし、先へ進む。入れ替わるようにして、竹島、三船、大場の三人が、先ほどまで僕らのチームが隠れていた岩陰へと滑り込む。

 第一関門の先は、真っ暗な洞穴状態になっている。進むのに恐怖を覚えるが、ここでは『ミズカラ』は現れない。ただひたすら暗いだけだ。ただし、暗いからと言ってライトを点けるのは禁物だ。暗闇を抜けた先には、少し開けた場所があり、そこには『ミズカラ』が少なくとも五匹はいる。下手に点灯しようものなら、待ち伏せされて一巻の終わりだ。

 しかし、その第二関門は、簡単に攻略できる。先ほどのように、『ミズカラ』たちと闘う必要すらない。僕はポケットから針金を取り出した。

 暗闇の出口が見えてきた。この向こうに、『ミズカラ』が複数いるはずだ。ここからはスピード勝負になる。小声で松井らに「少し待って」と伝え、僕は勢いよく走り出した。

「こっちだぁー!」

 慣れない大声を出す。語尾が震え、なんとも情けない声になっているのが自分でも分かるが、仕方ない。

 どこか異国の神殿を思わせる四角い広間に、『ミズカラ』たちが立っている。彼らが一斉に僕の方を向いた。素早くカウントすると、全部で七匹いるようだ。過去にあった「恐怖の十五匹伝説」と比べれば相当にましだ。

 僕は広間の中心に躍り出る。四方から七匹の『ミズカラ』が迫る。僕は彼らを引き付けるように、神殿の右手側へと走る。そこには、細長いトンネル状の通路がある。入口と出口には格子戸が付いていて、これが攻略のカギになる。

 通路へ走り込む。僕の背後を『ミズカラ』たちが続々と追ってくる。十分にやつらを引き付けてから通路に入らないと、前後から挟み撃ちにされてしまうので注意が必要だ。

 通路を抜け、出口の格子戸を締める。ここには留め金が付いているのでそれを引っ掛けるだけで中からは開けられない。

 そのまま通路の入口までダッシュをかまし、そちらの格子戸も閉じる。こちらには留め金がないので、格子戸が開かないように、針金で格子と柱を括り付ける。『ミズカラ』たちは、首をぐるぐると回してからでないと方向転換できない。そのタイムラグを利用して、こんな大技が可能となるのだ。

 七匹の『ミズカラ』を通路に封じ込め、松井らを呼ぶ。彼らは恐る恐る、といった様子で神殿に出てきた。

「こんなところがあったんですね」

 池下が震える声で、しかしどこか感心したように辺りを見回している。

「少し休憩しよう。やつらは全部閉じ込めたし、安心していい。十分もすればあの中『ミズカラ』はすべて水に還る。その辺の水たまりから再出現するまでには、これまでのデータでは平均して二十分はかかるから、正味三十分はここにいられるはずだ」

 皆、思い思いの場所に腰を下ろす。竹島、三船、大場の三人も追い付いてきた。

 通路の方で「ぎょお」「ぎょおおっ」と『ミズカラ』たちの声がするのを、全員気にしているようだ。確かに慣れないうちは、いつ格子戸を破って出てくるかと気が気でないかもしれない。しかし、『ミズカラ』たちは知能も高くない。格子戸の留め金や針金を外すことなど、どれだけ待ってもできるはずがなかった。

「あんなやり方、どうやって見つけたんですか?」

 三船が聞いてくる。

「僕が見つけたわけじゃない。僕より前の世代には、ここはなるべく大人数で『ミズカラ』と闘う、一番危険な関門だった。最初、あの通路を活用できたのは偶然だったらしい。やつらに追われて慌てた一人が、二匹ほどをあの中に封じることに成功した。その後も、多くの先輩方が命を賭して攻略方法を探るうち、こんなふうな活用ができると分かってきたんだよ。それを僕らの世代が受け継ぎ、やっとこの形を確立することができた」

 竹島は、僕の説明を聞いているのかどうか、通路の方を見て苦々しい顔をしていた。『ミズカラ』たちに嫌悪の情を抱いているようだ。

 僕はぐるりと辺りを見回す。昔、ここを探求して回ったものだ。

 神殿の上には、実は岩を削ってできた部屋が並んでいる。木製のはしごなどを伝っていくような隠し部屋も見つけた。もしかしたらお宝でもあるのではないか――昔の仲間とそんな軽口をたたいたものだが、結局それらしきものは見つけられずじまいだった。

 しばらくの休憩ののち、この先どう動くかの話をすることになった。森藤や池下など、体力的な懸念のあった者も疲れが取れたようだ。

「次が最後の関門です。ここが一番危険で、攻略が難しい」

 僕は深く息を吸い、そして吐いた。『ミズカラ』たちが「ぎょおお」「ぎょお」と声を上げている。僕にとって、一つの正念場がやってきた。

「でもその話をする前に、聞いておきたいんです」

 竹島や三船が、怪訝な顔で僕の方を見る。

「――君野梨歩さんについて、知っていることを教えてくれませんか?」

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