第17話 幼女奴隷を買ったので温かいスープを飲ませる

「あらあら、めんこい子がいっぱいだねえ。」


 炊事場に立つドワーフの女奴隷が、オレが連れ帰った幼女奴隷たちを見て朗らかに笑う。


 ヒュームのミーシャ。

 浅黒い肌と黒髪が特徴的な娘で、昏い瞳が怯えている。


「……あう」


 グラスフットのベルッティ。

 中性的な茶髪の娘で、猜疑心の強い瞳がすばしこくあたりを見回している。


「……ふん」


 ドワーフのハガネ。

 痩せてはいるものの骨格の太い娘で、光を失った瞳はどこか一点を見続けている。


「殺す」


 エルフのイリス。

 銀髪に赤い瞳の娘で、その脳は下半身に支配されている。


「む、この酸っぱいにおい。×××っぽいのう。うひひ。」


 契約上はリネイと呼ばれるエルフもいたが、教会がゼゲルから押収したのはリネイの腐乱死体だった。奴隷は物扱いなので死体であっても買い取れるのだ。


 流石に腐乱死体を持って帰るのは骨が折れるので、明日教会に金を持っていきがてら、そのまま教会で埋葬してもらう算段になっている。


 ゼゲルの奴隷として死ぬより、オレの奴隷として埋葬された方がリネイも浮かばれるだろう。


 ゼゲルの家に死体を放置しないところを見ると、聖堂騎士団にもよいところがあるのかもしれない。人の心があると言ってもいい。


 だが、そうなると残虐な行為を繰り返せる理由がわからない。


 良心を持ちながら無軌道に拷問と処刑を繰り返せる聖堂騎士団は狂っている。利用できるだけ利用した後は何かのついでに殺しておく必要があるだろう。


 飯炊きの女奴隷にこいつらの分も飯を作るよう伝えると、二つ返事で請け負ってくれた。


 手近にある椀に、煮込んでいたスープをとっていく。

 実に手際がよい。流石はオレの奴隷だ。


 オレが保有する奴隷宿舎はいくつかあるが、多くは炊事場が近くにあるか、一体化している。奴隷管理において飯は非常に重要だ。


「おあがりな」


 まだ飯時ではないので食堂の人入りはまばらだ。

 幼女たちをテーブルにつかせ、スープを渡す。


 凄まじい欲望がスープに注がれているのがわかる。


 ベルッティがちらとミーシャのスープを見る。

 奪おうとしているのだろう。


「おかわりも、いっぱい、あるでなー」


 半ば反射的に飯炊きの女奴隷がそう言った。

 口調がゆっくりなので気づかれにくいが、この女奴隷の判断能力と決断力はかなりのものだ。


 こうした人材にこそ、炊事場を任せるべきだ。


 ベルッティがオレの顔色をうかがう。


「いいぞ、いくらでも食え。」


 幼女たちが見たこともない宝物を発見した冒険者のような顔をする。

 野菜スープごときでここまでの反応をみせるとは、ゼゲルは本当に飯を与えなかったらしい。


 ちなみにイリスは既にスープに口をつけている。


「ひさしぶりの食事じゃあ。」


 ん? それはおかしい。

 教会のクズどもは飯をくれなかったのか?


「いや、パンをくれたが。みんなで奪い合ったらなくなってしまった。」


 争う奴隷にブチキレた神がパンを消し去ったのでなければ、奴隷たちの中の誰かがパンを独り占めしたのだろう。


 教会のやつらは奴隷の扱い方を知らんらしい。


 飢えた奴隷に人数分のパンを渡すのは下策だ。

 奪い合いが発生するのが目に見えている。


 その点、スープであれば薄めて塩でも入れればいくらでもかさ増しできるので、全員に行き渡る。


 せっかちなベルッティがスープに口をつけて、あちっと言った。


「熱いから気をつけて食えよ。」


 オレの言葉を聞いて、一斉にふーふーする幼女三名。

 実にかわいらしい。


 極度に飢えた奴隷は飯を一気にかきこんで吐くことがあるので、少しずつ食わせる必要があるが、信頼関係が構築されていない奴隷にゆっくり食えと命じて、言う事を聞くわけがない。


 オレはまだこいつらの主人になったばかりであり、こいつらの腹の虫はオレより遙かに昔からこいつら主人であるのだから、身の程をわきまえる必要がある。


 買ったばかりのガリガリの奴隷に一気に飯を食わせたらショック死したという例も、少ないが存在する。


 くだらないことで何百万セレスも失うバカの二の舞になることだけは避けるべきだろう。


「これから公衆浴場へ行き、お前らを洗う。」

「その後ここに戻り、また飯を食う。」


 重要なことなので、言葉を短く区切って伝える。

 どんな言葉も伝わらなければ意味が無いからだ。


 幼女たちがオレを見ていた。

 完全に聞く姿勢である。


 これから何が起こり、何をするのかを理解させると、奴隷は言う事を聞きやすくなる。


 そして、最後にわかりやすい報酬を用意するとなおよい。


「今、食い過ぎると後で食えなくなるぞ。」


 食べきれないほどの食事が出る環境。

 食い物を奪い合い、ゲロをすすってきたこいつらからすれば天国だろう。


 ミーシャがこくこくとうなずいていた。

 ハガネのスープをすする速度が少し緩む。

 ベルッティに至っては、おかわりをキャンセルした。


 これで食い過ぎて吐くこともあるまい。


 傲慢な主人は考え無しに奴隷を扱うが、一方的にややこしい命令を押しつけるだけでは奴隷だってどうしていいかわからない。


 中には「奴隷に配慮など」と言う者もいるだろう。

 だが、ひとつまみの配慮で奴隷がおとなしくなり、従順になるのならばやる価値はある。


 それに、奴隷だって生きているのだ。

 牛や豚と同じように。


 そろそろ作業場の奴隷たちが戻ってくる頃だ。

 うちの女奴隷どもに公衆浴場へ連れられ、全身ピカピカになってしまうがいい。


 オレはその隙に寝床を用意し、お前らに未だかつてない安眠をもたらしてやる。

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