第16話 これがお金様の力だ!!
保釈金、保釈金か。
考えてみればおかしな話だ。
別にゼゲルは法律を犯したわけでもないし、帝国兵に捕らえられたわけでもない。
聖堂騎士団が勝手に拉致して処刑しようとしているだけだ。
たとえば、そこらへんのゴロツキが勝手に市民を誘拐し、殺害しようとしたとする。
そこになぜか現れた善人が金をやるから放してやれと言うわけだ。
こういうのは保釈金ではなく身代金と言うのではないだろうか。
「しかし、金で解決するような話では」
流石は聖堂騎士団。
金ではなびかぬと言いたいらしい。
「300万ではいかがですか?」
「なっ」
リズが硬直した。
保釈金と言えば通常30万~100万セレスくらいだ。
「当然ですが、奴隷を買い取る金はまた別に用意します。幼女奴隷が4人ですから、保釈金含めて1000万セレスでいかがでしょう。」
1000万セレス。
一人暮らしの男が切り詰めれば5年は暮らせる額である。
リズよ、考えてもみろ。
ゼゲルを殺したところで1セレスも儲からん。
むしろ、やたら太ったゼゲルの死体を処理しなければならないことを考えると。仕事量的にマイナスだろう。
大人しく金を受け取り、クズの身柄を引き渡すがいい。
「改心した男に、どうか女神ピトスのご慈悲を」
膝をついて祈りすら捧げてみせる。
聖人のようなオレの姿にゼゲルがむせび泣きはじめた。
「ア、アーカードさん。こんな、こんな俺のために……ぐず。」
「このご恩は生涯わすれまぜん!!」
情緒不安定なやつだ。
どうせ、数ヶ月後には助けられたことなど完全に忘却しているに違いない。
クズとはそういうものだ。
だからこそ、ここで死なれるわけにはいかない。
地獄は未だ遠く、お前は恵まれ過ぎている。
その恵みはすべてオレが与えたものだ。
返して貰おう。
「アーカード。お前は一体、何なのだ。」
「こんなどうしようもないクズをかばって何になるのだ。」
リズが困惑している。
悪人であるはずのオレが正しいことをするのが奇妙なのだろう。
馬鹿馬鹿しいことだ。
「悪徳はびこる地に必要なのは寛容と道徳であり、不徳には許しを、悪は
「ここは教会でしょう。であれば罪を許し、道を示すことに何の疑問がありましょう。」
聖堂騎士団の三角頭巾たちが動揺する。
下賎な奴隷商人が聖句を口にするとは思っていなかったらしい。
安く見られたものだ。
オレはすべてを理解した上で悪を選択しているのだ。
流されることしかできない弱者のつまらん悪事と一緒にするな。
「リズ様、金は使い道ですよ。浪費することもできれば、貧者に配ることもできる。あなた方ならうまく扱えるのでは? ここはひとつ浮浪者向けに炊き出しなどされてはいかがですか?」
弱者救済。
甘い言葉に遂にリズが流された。
「それも、そうだな。これは寄付、寄付のようなものか。」
「ええ、そうです。こんなことでしかオレは役に立てないのですから、どうかお役立てください。」
ストレートに賄賂だ。
だが、賄賂を賄賂だと言って行うバカはいない。
「わ、わかった。クズとはいえ帝国の民だ。民の気持ちを裏切るわけにはいかないからな。」
かかった。
オレは手持ちの金のほとんどを渡すと、残りは後ほど届けますと言う。
これは始まりに過ぎない。
往々にして、一度甘い汁を吸った人間は、その味を忘れることができなくなる。
そして、贅沢に手を染めた無計画な馬鹿は金でいくらでも操れる。
つまり。
金さえあれば、人は買える!
権力も買える!
心すら操れる!!
内心、笑いが止まらん。
金、金、金だ!
ああ、素晴らしい。
見るがいい、神よ。
これが金、お金様の力だ!!
オレは上機嫌をひた隠したままゼゲルの縄を解かせ、幼女奴隷たちと共に連れて行く。
教会を出て陽の光を浴びると、少し気が緩んだ。
そういえば、オレは殺されるところだったのだ。
考えてみれば、聖堂騎士団がオレに手紙をよこした理由を説明されていない。
来いと言うから来てみれば、なぜかその場で殺されそうになったとか。
B級ホラー映画みたいだ。
何よりホラーなのは犯人たる聖堂騎士団は特に逮捕されないどころか、むしろ健在で、明日も元気になんとなく人を拉致って拷問にかけてもおかしくないというところだ。
いや、拉致する必要すらないのか。
今回のように手紙を送りつけるだけで強制的に出頭させ、そのまま地下で処刑できる。
地獄の使者みたいな組織だ。
天罰が発生しないところを見ると、どうやら神は人間に興味がないらしい。
実に運がいい。
聖堂騎士団を金で操れるところまでいければ、上々だな。
「あ、じゃあ。俺はここらへんで。」
ゼゲルが申し訳なさそうにヘコヘコと頭を下げる。
心の底から嬉しそうな顔をしているが、明日の朝にはオレを恨んでいるはずだ。
失ったものを数えてみればわかる。
こいつはオレに1500万も払ってイリスを買い、そのイリスのせいで聖堂騎士団に捕縛され、奴隷も家財もまるごと奪われた。
そしてその奴隷たちはすべてオレの手元に収まっている。
ちなみに出費は教会に払う1000万セレスだけだから、500万の儲けだ。さらにはイリスだけでなく幼女奴隷が3人もついてきた。
こいつらを売りさばけば、いい金になるだろう。
いやはや、儲かる。
これだから奴隷商人はやめられない。
「あのう、アーカードさん。俺の顔に何かついてますか?」
「いや、何でも無い。達者で暮らせよ。」
無理だろうけどな。
お前のようなクズは遅かれ早かれ破滅する。
人の心は変わらない。
変わることなど、できないのだ。
「さて、お前ら。」
オレの言葉に、幼女奴隷たちが怯える。
かわいらしいものだ。
凄惨な環境にいたため、ただ普通に接するだけでめちゃくちゃ喜ぶパターンに違いない。
実にちょろそうである。
「まずは飯だ。たらふく食わせてやる。うちの飯はうまいぞ。」
「そーじゃぞ! もうゲロ食うなよ!」
イリスがからからと笑うと、幼女奴隷たちが顔を見合わせた。
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