第13話 拷問してはいけない理由


 三角頭巾をかぶった聖堂騎士団たちがにじり寄ってくる。

 ゼゲルに向けていた剣が、今はこちらに向けられていた。


 なんとなく悪っぽいから拷問する、か。

 ここまでくると面白すぎて笑えないな。


 リズが至極まじめな顔でオレを睨んでいる。




 現代日本において、拷問によって得られた自白は証拠として使えない。

 拷問で得た証言に信用がおけないのには理由がある。


 拷問者は自分が正しいことをしていると思い込まないと良心の呵責に苛まれるため、自分にとって都合のいい妄想に支配されていくし。


 拷問される側は助かりたい一心で、ありもしない罪を認めてしまう。何もかも自分が悪いのだという妄想に支配されてしまうのだ。


 拷問を繰り返す度に妄想に囚われ、暴力を肯定するために暴力を行使する。


 内なる悪から目を背け、相手の悪だけを糾弾し続ける。

 まじめ系クズ、その一種の完成形と言えよう。


 皇帝の血筋も堕ちたものだ。


「どうした。立てないなら私が立たせてやろうか?」


 いつまでも動き出さないオレ達にリズが言う。

 高潔な顔立ちに拷問吏の笑みが浮かんでいた。


 だが、どうということはない。

 既に手は打ってある。


「アーカード様を拷問する前に、ぼくを拷問しろ!」


 ルーニーが弾けるように叫んだ。

 オレの横で控えているのも限界だったのだろう。


「アーカード様の何がわかる! お前に王の孤独がわかるものか!」


 オレは顔を伏せたまま、沈黙を続ける。

 そうだ。それでいい。


「王、王と言ったか。笑わせる。」


「お前はアーカードの奴隷だな。アーカードよ。奴隷に王と呼ばせているのか、不遜だな。帝国に反逆の意志でもあるのか?」


 リズの問いに、オレは答えない。

 ただ、沈黙を続ける。


「奴隷にとって主とは王だ。王はぼくらに仕事を与え、住処を与え、食事を与えてくれる。何が悪だ! お前は何をくれる? 鞭か? 針の山か? 何が皇帝の血だ!」


「お前の正義はどこにある! ぼくのはここだ。ここにあるぞ! 引き裂いて中を見てみるがいい!!」


 ルーニーが心臓を叩きながら詰め寄る。

 小さな身体が激高し、正しさで燃え上がっていた。


 武装した三角頭巾たちがたじろぐ。

 当然だ。正義の熱量が違う。


 神の名の下に拷問を繰り返して、後ろめたいのだろう?

 その後ろ暗さ、心の弱さ、ここで突かせてもらう。


「ルーニー、ありがとう。でも、いいんだ。」


 オレはルーニーの肩を叩く。


 よくやってくれた。

 激情に任せて正義を叫ぶなど、オレにはできない役割だ。


「リズ・ロズマリア様。貴女がそう仰るのなら、オレの中に悪があるのやもしれません。首を出せということでしたら出しましょう。」


 リズが怪訝な顔をする。

 悪が悪らしいことをしないのが腑に落ちないのだろう。


 悪人が善行をし、善人が悪行をすることもある。

 でなければリズよ、お前はそんなことになってはいまい。


「ただ、残される奴隷が不憫でなりません。あぶれた奴隷たちに行く当てなどありませんから。教会に庇護ひごを求めることになるでしょう。50人ほどになりますが、その時はよろしくお願いします。」


 三角頭巾たちがリズを見る。

 主人を殺された50人の奴隷が教会へ押し寄せた時のことを考えたのだろう。


 それも、全員がルーニーのように激情を伴ってやってくる様を。

 戦闘になれば教会が勝つだろうが、秘密裏に殺しきれる数ではない。


 神殿で奴隷を惨殺したとなれば、聖堂騎士団の評判は地に落ちるだろう。


「クッ。卑怯な!」

「何が卑怯だ! 言ってみ、もが」


 オレはルーニーの口を塞ぐ。

 そろそろ話を収束させないと、また意味不明な理由で責め立てられそうだからな。


 ククク、奴隷魔法を使うまでもない。


「ところでゼゲルですが、処刑するのでしたら奴隷を売っていただきたい。教会がどのような判断で奴隷を闇市に流しているかは存じませんが、奴隷商人にはあくどい者もおりますので。」


「もちろん修道女にされるということでしたら、その方が奴隷たちも幸せでしょうが……。」


 リズが押し黙る。

 教会は奴隷を使役しない。


 正確には教義上の問題で使役できない。

 ロンメル神殿に召します神は汚れた奴隷を好まないのだ。


 だから、押収された奴隷は闇市に売られる。


 神の手が助けるのは人間であって、物である奴隷は対象外らしい。


 ちなみにその神は女神で、名をパンドラのピトスと言うそうだ。

 クズな女神もいたものだ。


「……検討しよう。お前は信用できないが、この少年には正義が宿っている。それは確かだからな。」


 リズがオレをまっすぐに見る。

 己の正しさに迷う者の瞳だった。


 まともな良心を持ちながら拷問を繰り返せる者は少ない。

 おそらく、この女はいずれ狂って死ぬことになるだろう。


 だが、オレには関係のないことだ。


「ところで、ゼゲルは殺すのですか?」


 なんとなく流れで殺されそうだと思ったのか、ゼゲルは顔を青くした。

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