第11話 聖堂騎士団、副団長。リズ・ロズマリア


 オレは奴隷のルーニーを連れ立って、ロンメル神殿へと向かっていた。


  どうやら事がうまく運んだらしく、ゼゲルの身柄は聖堂騎士団が確保。所有物、奴隷はすべて教会によって押収されたらしい。


「これでイリスさんも助かりますね! ああ、本当によかった。」


 お付き奴隷のルーニーが心からそう言った。

 嘆願書を教会へ届けた手前、後が気になっていたのだろう。


「ああ、そうだな。オレも本当にそう思うよ。」


 オレは心ないことを言う。

 今回の件で最も残念なのはイリスが生きていることだ。


 正直、ゼゲルに拷問でもされて死んでいて欲しかったが、この段階になると望み薄だろう。


 これからイリスを管理することを考えると眩暈がする。


 利用価値というか、メリットがないわけではない。

 ただ、イリスを所有するデメリットとメリットを相殺すると、デメリットの方が勝る。


 ひとつ間違えれば精神を犯され、心を食い破られかねない。

 

 どうにか合法的に奴を消す方法はないかと考えるが、難しい。

 こればかりはチャンスが来るのを待つしか無いだろう。奴隷管理に忍耐は重要だ。


 オレは教会の蝋印が施された手紙を開ける。



 奴隷商人、アーカードへ。



 明日の夕刻。

 ロンメル神殿、異端審問室へ来られよ。



 聖堂騎士団、副団長 リズ・ロズマリア。



 ロズマリア家と言えば、皇帝陛下直系の血筋だ。

おそらくは、帝国が教会という第二の権力に対抗するために送り込んだのだろう。


 公的には教会からの出頭命令だが、差出人の名にロズマリアとあれば帝国側の影響も無視できない。


 リズ・ロズマリア自体は大した脅威ではないが、その血には敬意を払う必要がある。

 流石のオレも皇帝を敵に回すつもりはない。


「アーカード様。ぼく、粗相そそうがないよう気をつけますね!」

「ああ、頼んだぞ。ルーニー。」


「はい!」


 ルーニーは今回の鍵だ。

 文字も読めなければ、法律も知らないバカだが、純粋で誠実な精神を持っている。


 教会とは相性がいい。


 オレはルーニーの肩を叩き、教会の扉を開いた。




 異端審問室はロンメル神殿の地下にある。

 一言で言えば、神殿らしい装飾が凝らされた取調室のようなものだ。


「ま、待ってください! 確かに俺は倫理的によくないことをした!」


 鉄製の椅子に縛り付けられたゼゲルが叫ぶ。


「だが、帝国法では合法なはずだ!! 俺は法に触れていない!!」


 ゼゲルが座る椅子は魔方陣の上に置かれており、三角頭巾で顔を隠した聖堂騎士たちが囲んでいる。ちなみに全員抜剣済みである。


 異様な光景にルーニーが「ヒッ」と息を飲んだ。

 まぁ、正常な反応だろう。


 オレも初めて見た時はどちらが異端なのかわからず首を捻ったものだ。

 聖堂騎士の中で唯一素顔を晒している女がこちらを見る。


「む、来たか。」


 聖堂騎士団副団長、リズ・ロズマリアだ。


 あの三角頭巾は異端審問にかけた容疑者に顔を覚えられないように用意されているのだが、実直な性格のリズは敢えて使わずにいるらしい。


 自らの成すことに嘘偽りなし、故に顔を隠すこともなし、と言ったところか。


 まぁ、皇帝直結の血筋であるリズを襲えばどうなるかなどバカでもわかるので、こいつに限っては頭巾はいらないだろう。


「奴隷商人、アーカード。まかり越しました。」


 オレは膝を付いて礼をする。

 ルーニーもそれにならった。


「よい。というか、仰々しいマネはよせ。」


 オレを一瞥してリズが続ける。


「ふん、お前も私を血で判別しているようだな。」


 リズ本人としては一人の騎士として見られたいのだろう。

 だが、不可能だ。


 奴隷も商人も騎士も、この世にあるどのような人も物もレッテルからは逃れられない。


 皇帝の血を引く女として生まれたからには、そうと見られるが宿命さだめである。


「恐れながら、御身に流れる尊い血は下賎げせんの身には眩しすぎます。」


「言っていろ。それがどれだけ本心か知らんがな。」


 高圧的な反応だが、これでもうまくやれている方だろう。

 オレの性格は教会と相性が悪いのだ。


 どんなに取り繕っても、邪悪な性根が滲み出てしまう。


「見ろ、この出張った腹の欲深さを。」


 リズがゼゲルの腹に視線を投げる。


「幼女を性奴隷として使役し、肥やした私腹だ。ここまでわかりやすい悪もそうあるまい。証言も異端っぽいし、殺す。」


「お前はどうだ? 奴隷売り。そういえば、このクズに幼女を売ったのはお前だったな。アーカード。」


 聖堂騎士団の三角頭巾が一斉にオレへと向けられた。


 この異端審問室と通常の審問室には大きな違いがある。

 異端審問室には拷問部屋が隣接しており、拷問部屋は処刑部屋も兼ねているという点だ。


「そもそも、お前らが奴隷を売らなければこうはならなかったのではないか?」


 オレは言葉を選ぶ。


 なぜ選ぶかと言えば。

 異端審問の結果、異端だと判断されるとそのまま処刑されるからだ。


 ちなみに異端でないと言い張った場合、異端だと自白するまで拷問が続く。


 もちろん異端だと言ったら異端なので処刑するし。


 異端じゃなくても怪しいやつは死んだ方が世の為なので死ぬまで拷問が続く。つまり死ぬ。もしかしたら異端だったかもしれないので、この方が安全なのだ。


 地下で秘密裏に行われる処刑に帝国法は適用されない。

 ドストレートに違法なのだが、帝国も黙認しているので誰も止められない。


 つまり、教会は自由に人をさらって勝手に裁き、法を無視してそのまま殺すことができるわけだ。正義のために。


 なんと恐ろしいことだろう。

 こいつらは神だ正義だとほざいているが途方もないクズだ。


 神聖さを笠に着て、子供のように道徳を振りかざし、ノリで処刑する。

 三角頭巾で顔を隠し、わざわざ地下で拷問にかけるのは後ろめたいからではないか?


 お前ら本当に神の前に立ち、自らの潔白を叫べるんだろうな?


 自分のことを正しいと思っているクズほどおぞましいものはない。


 おそらく、帝国は教会の動きをコントロールするためにリズを送り込んだのだろうが、当人がこれでは無意味だ。


 リズ。おお、リズよ。

 極めつけのクズよ。クズリズよ。


 教会の横暴を制止する立場であるはずのお前が、横暴に加担してどうする!

 お前は自分が何の為に送り込まれたかまったく理解してない!


 そんな頭でこの先大丈夫か!? 中世みたいに魔女狩りとか起こせるんだぞ、その立場は!! 力には責任が伴うという、権力の初歩すら学んでいないのか? 家庭教師は今まで何をしていたんだ!!


「おい、何か言わないか。それとも、後ろめたいことでもあるのか?」


 言いたいことは色々あるが、正直に言ったら即座に処刑されそうだ。

 かといって、黙っていれば拷問が始まってしまうだろう。


 今日はゼゲルが苦しむ様をあざ笑うために来たのに、こんなつまらないことで殺されてたまるか。


 この程度、余裕で切り抜けてやる。




「恐れながら申し上げます。」




 そう、オレは口を開いた。


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