第10話 性欲の化け物

「×××ぉ!! ×××をよこせえ!!」

「×××!! ×××させろおおお!! おんどれ×××ついとんのかぁ!! ああ!!?」


「ないならないでいいがのう!! シモが出るなら×××はあるじゃろ!? な!! なあ!! その×××に×××をぶち込ませろ!! 早く!! 早く!! ああ!! 待ちきれんわい!!」


 奴隷部屋から卑猥な叫び声と扉を叩く音がする。

 その日、ゼゲルは部屋の隅でガタガタと震えていた。


「な、何が。何が起こっている? わからない、何もわからない。」


 冷静さを取り戻す為に、昨日の出来事を反芻はんすうする。

 ああ、そうだ。そうだった。


 客が来たので奴隷部屋から奴隷を出そうとしたら、この前買ったロリエルフがいきなり発情して暴れ出したのだ。


 言葉にすると笑ってしまいそうだが、とてもおぞましい出来事だった。

 会話が成立しないし、淫語を叫び続けるし、危うくこちらが犯されそうになった。


 俺も性奴隷を味見することはあるが、性欲もあそこまでいくと暴力と変わらない。

 具体的には扉を開けた瞬間に飛びかかられ、卑猥な言葉と共に組み伏せられた。

 あんなの幼女の膂力りょりょくではない。


 単純な腕力だけでも相当なものなのに、あのド変態ロリエルフは土魔法や高位の重力魔法を連続発動して俺の動きを封じてくるのだ。


 耳元でねっとりと囁いてくる淫らな言葉が脳裏から離れない。


 どんな人生を送ればあんなに卑猥なことを思いつけるのだ。

 ×××を×××に×××するなんて、とんでもない。


 まるで耳を介して脳を直接犯されたようだった。

 買ったばかりの時はあんなに清楚だったのに、×××と聞いただけであそこまで豹変するとは。


 サキュバスとの混血と聞いていたが、やはりあれは魔物の類い。性欲の化け物だ。


 大人の女性は怖いから幼女を買っているのに。このままでは幼女も怖くなってしまう。


 あのド変態ロリエルフは拷問呪文で何度激痛を与えても俺のパンツを脱がそうとしてきた。


 呼吸困難になりながら「×××ぉ。×××出せぇ!!」と這いずり、淫語を繰り返す姿を思い出すとぞっとする。

 何がお前をそこまで駆り立てるのだ、病弱な奴隷なら絶命するほどの激痛のはずだ。


 痛みよりも性欲が勝っているのか? どんだけヤりたいんだ。


 拷問呪文で動きを抑えて、どうにか奴隷部屋に押し込んだものの。これでは奴隷部屋の奴隷に近づけない。


 客に事情を説明しても納得してくれないし、最後には怒って帰ってしまった。


 俺はこれからどうやって生きればいいんだ。


「×××!! ×××!! ×××!!」

「×××!! ×××!! ×××!!」


 あのド変態ロリエルフ、まだ叫んでいる。

 延々と続く淫語のリフレインが止まらない。


 昨日の夜からずっとこの調子だ。

 淫語を繰り返し、俺の身体を差し出せと要求してくる。


 何度も×××と繰り返されると、頭の中が×××で埋め尽くされておかしくなる。


 聞いているだけで精神がすり切れていく、自分が少しずつ正気でなくなっていくのがわかる。


 いっそ、あの扉を開けて性的に喰われてしまった方が楽なのではないだろうか。


 だ、だめだ。そんなことをすれば俺は死ぬ。死んでしまう。

 あの性欲を受け止められる者はこの世にいない。


 ここまで来ると性奴隷として使えないな。

 あんなのと寝た日には、客が死んでしまう。


 性欲が強すぎて性奴隷として使えないって、どういうことだ?

 意味がわからない。


「×××!! ×××!! ×××!!」

「×××!! ×××!! ×××!!」


 繰り返される淫猥な声の中にド変態ロリエルフ以外のものが混じっていることに気づく。


 同じ奴隷部屋にいる性奴隷たちが「×××」と叫んでいるのだろう。


 当初は意味不明だったが今なら理解できる。

 部屋から一番遠い玄関前で両耳を押さえていてもつらいのだ。


 こんなものを近くで聞き続けたら、気がおかしくなってしまう。


 そうなればもう正気を捨てて「×××」と叫ぶしかないだろう。

 みんなで一緒になって「×××」と叫び続け、狂気とひとつになるしかない。


 熱狂の坩堝るつぼと化した奴隷部屋から、精神を蝕むおぞましい声が響く。強烈な淫気が言葉となって響き続ける。


 まだ俺は正気だ。

 俺はまだ正気なのだ。


「×××……。」


 ふと、自分が何かを呟いていることに気づいた。

 な、何を言っている。なぜ俺はそんな卑猥な言葉を。


「×××……、×××……。」


 俺はぶつぶつと同じ言葉を繰り返している。

 違う、俺は正気だ。正気なんだ。


 瞬間、脳裏にあのド変態ロリエルフに犯されそうになった時の記憶がよぎる。


 身体の中が気持ち悪い。中身を、とくに脳をすべてかきだして水洗いしてしまいたくなる。無理矢理犯された性奴隷もこんな気持ちだったのだろうか。


「×××……。×××……。」


 もう、この淫語は止まらない。

 俺の口は勝手に淫語を呟き続ける、これはもう仕方の無いことだ。諦めよう。


 俺の口は壊れてしまったが、脳はまだ無事だ。完璧に正気を保てている。


 たとえば、淫語を口ずさむのにもリズムというものがある、思えばあのド変態ロリエルフが発する淫語はかなり計算されている。心を沸き立たせ、燃え上がらせる何かがある。


 汚い言葉と侮っていたが、その実かなり高尚なものなのではないだろうか。


「×××、×××。いや、×××、×××か。」


 微妙なイントネーションの違いだが。雲泥の差だ。

 細部にこそ神は宿る。


 この道を追求すれば、いずれ天上にも至れるような気がしてきた。




 ガンガンガン!!



 ――玄関を叩く音がする。

 誰だ、俺の崇高な思慮しりょを妨げるのは!!


「聖堂騎士団だ! ゼゲル! お前には児童虐待の容疑がかかっている!!」


 容赦なく扉を蹴破り、聖堂騎士団がズカズカと侵入してきた。

 聖堂騎士団は大半が女性で構成されている。


 前枢機卿とその取り巻きの男たちが、幼女に性的虐待を繰り返していた為、教団内部の女性たちがブチギレて蜂起した結果、女性が多くなったらしい。


 つまり、法で規制されていないことをいいことに児童売春を繰り返していた俺は今とてもやばい。


 突然のことに思考が追いつかない、そもそもなぜバレたのだ。

 いや、それ以前に。俺はどんな対応をするべきなのだろう。


 何も考えていなかった。


 そ、そうだ。シラを切るべきだ。

 まずは玄関を壊したことに腹を立てて、追い返す。


 それから……。

 それからのことは後で考えよう。


 まずは聖堂騎士団を追い返すことが先決だ。

 勝手に侵入し、勝手に部屋を物色する騎士団たちが、ふと気づく。


「なんだ、どこからか卑猥な言葉が聞こえる。子供の声のようだが……」


 ま、まずい!

 早く何か言ってごまかさないと!


「×××……。」


 俺の口から出たのは、×××だった。


「なっ、貴様。なんて淫らな言葉を!! 汚らわしいやつ!! 神を冒涜するつもりか!!」


 な、なぜだ。

 なぜ俺は×××と。


 違う、違うんです。俺はただ。


「×××! ×××! ×××!」


 聖堂騎士団の面々がこわばる。

 異様な化け物を目にした時のような顔だった。


 いや、化け物はあのド変態ロリエルフであって俺じゃない!

 俺は化け物じゃないんだ!! 正気を保った人間だ!!


「×××! ×××! ×××!!」

「×××! ×××! ×××!!」


 俺は何か言おうとするが、口からは卑猥な言葉しか出てこない。

 どうしても小気味よくリズムを刻んでしまう。


「第三神性魔法、展開!!」


 女指揮官の号令に、配下が剣を抜いた。


「【神性魔術付与・火マギリウス・ファイア!】」

「【神性魔術付与・氷マギリウス・アイス!】」

「【神性魔術付与・雷マギリウス・サンダー!】」


 火炎が、冷気が、雷電が、次々と剣に宿る。

 神性魔法が剣を魔剣へ変えたのだ。


 完全に臨戦態勢だ。


「少しでもおかしな動きをしたら殺せ。邪教の徒かもしれん。」


 俺は抗議しようと口を開くが、出てきたのは淫語だった。

 配下の騎士が「殺していいですか?」と問う。


 せめて正気に戻ってから、事情を聴取した上で殺すか決めてもらいたい。


「もう少しだけ我慢しろ」


 そう言って、司令官は奴隷部屋に足を進める。

 あれだけ淫語を繰り返されては、場所はすぐに突き止められるだろう。


 何も解決できていないのに、次々と新たな問題が発生する。

 自分がこの後どうなるのかすらまるでわからない。


 俺にできるのはただひたすらに「×××」と呟くことだけだった。


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