第6話 痛みの呪文
オレがひと心地ついていると、ゼゲルの野太い声が響いた。
「【
「痛っ。痛いぃ、やめっ! いだいいいいいいい!!」
イリスが床でのたうち回り、頭を掻きむしっている。
な、なんだ。どうした。
幼女奴隷は耳を塞いで震えていた。日常的に拷問呪文を唱えると、奴隷はこうした反応をするようになる。
「【
ゼゲルが奴隷呪文を連発している。
意味がわからない。
ゼゲルが獰猛な笑みを浮かべていた。
ひゅーひゅーとかすれた呼吸を繰り返すイリスを蹴り、そのまま踏みつける。
さらに、8歳の少女の胸ぐらを掴んで顔を近づけ、大の大人が「どうだぁ、ああ!?」などといきがっていた。顔が生き生きしている。
どうやらゼゲルは自分より強い者には頭を下げ、弱い者には当たり散らす性格らしい。クズの鑑にも程がある。
「おい、何をしている。買ったばかりの奴隷を殺すつもりか?」
「ああ、これはしつけですよ。新しく買った奴隷には必ずやるようにしているんです。こうしておくと後が楽になりますから。さぁ、次だ! 【
昭和のおっさんも真っ青な発言が飛び出してきた。
イリスの絶叫が響く。
「どうだ? 痛えか? 人生ってえのは痛えんだよ。」
奴隷の耳元で、ゼゲルが囁くように告げる。
イリスは何かを言おうとして、言えずにいた。
痛みで思考もおぼつかないらしい。
第一の奴隷魔法【
通常の拷問は鞭で打ったり、棒で殴ったり、刃物で刺したりするものだが、慣れていないと拷問する側が腰を痛める危険がある。
だが、拷問呪文ならば身体を酷使せず安全に拷問できる。
必要なのは魔力だけ、ただ唱えるだけでいいのだ。
結果、これは便利と奴隷保持者の皆さんに大ウケ、奴隷魔法が爆発的に広まる原因になった。
奴隷魔法の初歩の初歩、第一奴隷魔法でこのザマだ。
オレがこの世界に持ち込んだ奴隷魔法は人々の心に根を張り、どうしようもなく歪めている。
オレのせいで世界中の奴隷が苦しんでいることを考えると、若干かわいそうな気もするが、一度広まった魔法をなかったことにはできない。
これも不条理、仕方のないことだ。
ま、とはいえだ。オレにも分別はある。
オレが使える奴隷魔法は最大で第十三までだが、原則として第四以上の奴隷魔法は人前で使わないようにしている。
万が一、第五以上の奴隷魔法が流出すればこの世は地獄と化すだろう。
オレが生きているうちは住心地のよい世界であって欲しい。
オレが死んだ後なら、何がどうなろうと構わない。
再びゼゲルが拷問呪文を唱え、イリスが絶叫する。
拷問呪文を唱えすぎて、奴隷がショック死したという例はいくらでもある。
ちなみに現在記録されているショック死までにかかった最大数は12回、最低数は1回。
つまり、統計上どんな奴隷であっても13回唱えれば死に、衰弱状態であれば1回で死ぬこともある。
これを幼い子供に連続使用するなど、正気の沙汰ではない。
オレはイリスに拷問呪文を唱えたことがないから、イリスがどこまで耐えられるかわからない。
それにしても、意味不明だ。
ゼゲルには良心の
耐久テストのつもりか?
死んだらどうするんだ。
1500万セルスもの金を一時の癇癪かんしゃくでドブに捨てるようなものだ。
常軌を逸している。
この調子じゃ、もう何人も殺しているのだろう。
なんと吐き気のする無駄遣いだ。
このクズ、命の価値というものを何も理解していない。
いたずらに命を高く見積もる平和馬鹿には辟易へきえきするが、命を無駄に浪費するクズは鉄鍋で煮たくなる。雑煮にしてやろうか。
「おい、そこらにしておけ。うるさくてかなわん。」
暴言を抑え込んだら、つい慈悲のような言葉が出てしまった。
「ア、アーカード……。たすけ……。」
イリスが何か言っているが、どうでもいい。
幾度となくオレに破滅を呼び込んだイリスにかける情などない。
だが、こうして目の前で虐待されると
一寸の虫にも五分の魂。
こいつは人類のために死すべき邪悪だが、ド変態クズエルフにも利用価値があるのだ。使い方次第で。
「アーカードさん、コレはもう俺の奴隷ですよ。煮ようが焼こうが、俺の自由じゃないですか。金、もう払いましたよね?」
ゼゲルが醜悪な顔をしていた。
奴隷に情をかけたオレが面白いのだろう。
「ああ、綺麗な髪だなぁっと!」
ゼゲルがイリスの銀髪を掴み、強く引く。
こいつ、オレの前でイリスをなぶって、オレの反応を楽しんでやがる。
「黙れ、殺すぞ。」
「奴隷商人風情が、いきがりやがって。」
ゼゲルはそう吐き捨てると、奴隷を連れてオレの書斎から去って行った。
は!?
何だ、なんなんだあいつは!!
書斎でひとり佇んでいると、ふつふつと怒りが沸き立ってくる。
ああ! 許さねえ!!
オレの奴隷を目の前でなぶりやがって!!
ゼゲルは何もわかっていない。
この世に存在する奴隷はすべてオレのものだ。
お前らが金を払うから、一時的に権利を貸与しているに過ぎない。
おお、ゼゲルよ。
なんなら今すぐお前を奴隷に墜とし、拷問呪文で殺してやろうか!
いや、いらない。
あんな品性のねじ曲がったクズはいらない。直接契約するとか気持ち悪い。
交渉する時は頭を下げるくせに、取引の後は途端につけあがるとは何事だ!
あの完成されたクズは皮を剥いで標本にし、博物館に飾るべきではないか!!
「ああ、クソが!!」
落ち着け。
こういう時はクズがもがき苦しんで死ぬ様を想像して心を落ち着かせるのだ。
家に帰ったゼゲルは嬉々としてイリスを売春の道具にするだろう。
そしてあのド変態クズエルフは水を得たサメのように勢いよく客を食らい、そのうち何割かは死ぬ。
年端もいかないガキを性的に消費するクソどもにはぴったりの死に様だ。
毎週のように死人が出れば、いかに愚かな聖堂騎士団であっても犯人イリスに辿り着けるだろう。
イリスは魔物混じりとして処刑され、連続強姦殺人鬼を世に放ち続けたゼゲルはその罪を問われる。死刑にはならないだろうが、それなりの罰を受けることになるはずだ。
え、それだけか?
おかしい、少なくともゼゲルは死ぬべきだ。
当然、殺す前に徹底的に屈辱を与え、心を破壊する必要がある。
ああ、すぐに地獄を見せてやる。
オレはゼゲルとの契約に使った書類を見て、にやりと笑った。
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