第5話 奴隷の値段


「ゼゲル様。ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ。」


妖艶な女奴隷に促され。

奴隷を買いたいというクズ客、ゼゲルがオレの書斎へ入ってくる。


ゼゲルは不健康に肥え太った樽のような男で、立ち並ぶ本の山や散乱する書類に視線を散らしていた。


 傍らに居るのは首輪をつけられ、ボロきれのような服を着た幼女奴隷だ。


 殴られたばかりなのだろう。

 怯えて肩を震わせている。


 瞳は昏く、どこを見ているのかわからなかった。


(ヘタクソが……!)


 どうやら噂は事実だったらしい。

 オレは吐き捨てそうになった言葉を飲み込んで、ゼゲルを迎え入れると、商談を始めた。


「今回希望の品は若くて従順な性奴隷、それもエルフがいいと聞いているが間違いないか?」


「あ、ええ。はい。そうです。」


 ゼゲルが歯切れ悪く肯定する。どうやら緊張しているらしい。

 おそらく、これまで汚い店先でしか奴隷を買ったことがなかったのだろう。


 通常、奴隷は店先で取引するものだが、特別な奴隷や法律上売買が禁じられている奴隷の取引は店の奥や別の場所で行われる。


 店の奥で取引できるのは貴族などの上客のみで、本来はゼゲルごときが入れる場所ではない。


 奴隷商人の中には敢えて豪奢なつくりの部屋を用意し、酒で客をもてなしながら奴隷を選ばせる者もいる。


 オレもVIP用に部屋や屋敷を用意しているが、ゼゲルには勿体ないだろう。書斎で十分だ。


「なんだ? オレの書斎が気になるか?」


「あの、えっと。すごい部屋だな、と。」


 書斎と言っても、ダークウッド・ツリーフォーク製の机と椅子には精緻な彫りが入っているし、ランプの明かりは森林聖域で密漁された光の精霊だ。


 能無しのゼゲルには一生手の届かない品だろう。

 愉悦を感じる。


「商品を説明する。イリス、来なさい。」

「はい。」


 オレの呼び声に応えるように、突如オレの傍らに8歳のイリスが現れる。


 憂いを帯びた赤の瞳。

 シルクのような銀の髪が、ほどけて揺れた。


「おお……っ」


 まるで天上の妖精のように見えたのだろう。


 ゼゲルは息を飲み。

 やつれた幼女奴隷の瞳にすら一瞬、光が戻る。


 ネタをばらせば魔道具【透過の外套】をバラして、天井から垂らしているだけだが、いい演出になる。


「よろしく……お願いします。」


 たどたどしく頭を下げるイリスにゼゲルが魅入っていた。


 イリスは対象の願望を汲み取り、体現するスキル。

 【其は願望の影】を保有している。


 イリスが8歳の姿をとったということは、ゼゲルのストライクゾーンは8歳の幼女。

 ロリコンのド変態というわけだ。


「あの、顔に奴隷刻印がないのですが、これから奴隷にされるのですか?」


「いや、刻印は既にある。イリス、見せなさい。」


 オレの呼びかけに応じてイリスがスカート状の裾をたくしあげる。


 白い下着の上、腹部には赤黒いハートの型の印。

 それを囲むようにイバラを象かたどった緑と黒の奴隷刻印がある。


「これは、サキュバスの淫紋いんもんでは。」


「ご名答。世にも珍しき、サキュバスとエルフの混血だ。本来、市場には流れない品だと思ってくれ。」


 腹にある淫紋が消え、イバラの奴隷刻印だけが残る。

 普段は奴隷刻印に組み込んだ偽装式で淫紋を隠しているのだ。


 イリスが裾を放して身なりを整えると、恥じらうように顔を赤らめて、ゼゲルを見た。


 ゼゲルの願望を汲み取っているのだろう。

 人間の内に潜む醜悪さを見せつけられるようで不快だった。


 イリスと向き合うということは、自らの願望と向き合うということだ。

 欲に溺れているうちはいいが、長く付き合っているとだんだん気が狂ってくる。


 自分の幼稚さや愚かさ、醜さを突きつけられて、正気でいられる人間はいない。


 まさに魔物と呼べるだろう。

 これ以上、心を食われる前に、手放す必要がある。


「魔物との混血が本当に存在するとは。」


 ゼゲルが驚くのも無理はない。

 一般に魔物との混血は、存在しないとされている。


 帝国にとっても教会にとっても都合が悪いからだ。


「お前も知っての通り教会は魔物との混血を認めていないが、教会も馬鹿ではない。実際にはその存在を把握している。聖堂騎士団やウトコトの指先に発見されれば、処刑は免れないだろう。」


「リスクがあるというわけですか。」

「そういうことだ。」


 オレは続ける。


「だが、リスクを負ってでも手に入れる価値がある品だ。特にあんたのように幼女に売春させているようなやつにはな。」


 ゼゲルが生唾を飲む。


「なぜ、それを。ど、どこで得た情報だ。」


 丁寧語を忘れたゼゲルを遮って、さらに続ける。


「勘違いしないでもらいたいのだが、まず幼女に売春させてはならないという法律はない。まぁ、これは帝国があんたのような外道の存在を想定していないだけだが、現在は合法だ。」


 外道が押し黙る。

 無駄に敵対されては、金にならない。


 理解を示して、心をほぐしてやるか。


「そしてオレは正義の味方ではない。金になるならどんな奴隷だろうが用意して売る奴隷商人だ。」


「お前が奴隷を求める気持ちはわかるよ。身体ができあがっていない幼女に売春などさせたら、すぐに壊れてしまう。使い潰したらまた新しい奴隷を買わなければならなくなる。」


「だからといって、成人奴隷は管理が難しい。馬鹿なガキは簡単に騙せても、まともな大人はそうはいかない。」


「いや、お前の管理能力が低いというわけじゃないんだ。アレには一種の才能が必要でね、できるやつの方が少ないよ。」


 優しい嘘でゼゲルを持ち上げておく。

 気分がよくなった時にこそ、都合のいい話を持ってくるべきだ。


「その点、イリスは別格だ。流石はサキュバスの混血と言ったところだろうか、性欲旺盛だし。どうしようもなく頭が悪く、乱暴に扱っても壊れない。エルフの血も混じっているから、少なくともあんたが生きている間はずっと若々しいままだろうよ。一生使い潰せる。」


 オレにそう言われたゼゲルは目を輝かせた。

 欲望にまみれた瞳だ。


 イリスの真の危険性をあえて説明する必要は無い。

 散々幼女を食い物にしてきたゼゲルだ。幼女で破滅するなら本望だろう。


 期待感は高めた。

 そろそろ金の話をしよう。


「だが、その分値段も張る。こいつは2000万セルスだ。」

「に、にせんまん!? いままで買ったガキは300万セルスだったぞ!?」


 奴隷は安い買い物ではない、一般的な成人男性の年収は400万セルス程度。つまり、イリスの値段は年収5年分ということになる。


「おいおい、300万セルスで済むわけないだろう? そこらにいる奴隷と一緒にするな。」


「それは、そうですが。流石に」


 奴隷商人と奴隷買いが命の値段を話し合う間、幼女奴隷はずっとイリスを見ていた。


 自分より遙かに価値のあるもの。

 壊れず、いつまでもきれいで、自分の6倍以上も価値のあるものを見る。


 命はどこまでも不平等で。

 本人の努力とは無関係に多くのことが決まってしまう。


 値段も、価値も、決めるのはお前ではない。


 諦めろ。

 それが、この世界に生きるということだ。


「しょうがねえな。それなら1500万セルスで手を打とう。」


「ありがとうございます。」


 ゼゲルが深々と頭を下げ、商談は成立した。

 元々、ゼゲルの支払い能力では払えないことはわかっていた。


 いいとこ、1500万セルスが限界だ。

 だから、500万セルス値引きする代わりに幾つかの条件を飲ませた。


 1.奴隷の引き渡しは1500万セルスを受け取った後とすること。


 2.実際にゼゲルが支払う額は1500万セルスだが、契約書上は300万セルスとして扱うこと。


 3.この件を口外しないこと。


 エルフの相場は800万程度、契約書上1500万で売った記録が残っていると、教会に目をつけられかねない。これは必要な措置だと言うとゼゲルは快くサインしてくれた。


 そしてゼゲルはすぐに1500万セルスを調達し、オレに支払うことになる。

 実に素晴らしい日だ。と、オレもすぐに奴隷契約を結び直し、ゼゲルに控えの契約書を渡す。


「契約書はお互い不正を働けないよう、マジックコートをかけておいた。」

「いやぁ、助かります。その方が安心ですから。」


「……そうだな。その通りだ。」


 オレが証明するように契約書にインクを垂らすと、紙の表面でインクが弾ける。

 偽造対策用の魔法だ。


 マジックコート自体を剥がすことはそう難しくないが、一度剥がれると魔力の痕跡が残り、簡単に露見するので誰もやらない。


 契約の日付は1月23日。


 イリスは正式にゼゲルの奴隷となった。


「オレも久々にいい取引ができた。礼を言う。」

「いやぁ、そんな。またお世話にならせてもらいます。」


「ガキで稼いだ金で、ガキを買うのか?」

「アーカードさんは手厳しいですねぇ。」


「冗談だ、気にするな。」


 オレがゼゲルの肩を叩くと、ゼゲルはへこへこと頭を下げる。


 実に気分がいい。

 連続強姦殺人鬼として聖堂騎士団に追われている、魔物混じりのド変態クズエルフを引き取ってくれる善人はなかなかいない、それも1500万セルスも支払って。


 ククク。

 なんて慈悲深い男なのだろう。


 ま、ゼゲルは何も知らないだけなのだが、世の中には知らない方がいいこともある。


 見よ。新しい奴隷を手に入れ、瞳を爛々と輝かせるゼゲルの姿を。

 数ヶ月後には聖堂騎士団に捕縛されるとも知らずに、無邪気なものだ。


 もしかしたら神は存在するのかもしれない、思わず十字を切りたくなった。


 いや、女神はいたな。

 オレに奴隷魔法を授けたピトスとかいう愚かな女神が。


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