第2話 プロローグ2

 白い。

 どこまでも白い空間ばしょで、緋色の女神が、青年を見つめる。


 前髪で瞳を隠した特徴のない青年だった。


「単刀直入に申し上げましょう。あなた様は死にました。」


 そりゃあ死ぬだろうな、と青年は思う。


 火の手もだいぶ回っていた。

 今頃、犯人も焼け死んでいるところだろう。


「しかし、あなた様の死は手違いによるもの。」

「生き返らせてさしあげたいところですが、そうもいきません。」


「代わりに【チート能力】を授け、異世界へと転生させていただきます。」


――ヴンッ!!


 青年の周囲に緋色が瞬き。

 透明色の赤い画面が広がっていく。


 火炎魔法、氷結魔法、雷撃魔法、神性魔法……。


 数多ある魔法の中から、青年が選んだのは。


「【奴隷魔法】ですか」

「あまり趣味のよい魔法ではありませんですが、よいでしょう。」


 青年は答えない。

 ただ、画面を見つめている。


 初めて触れる魔法体系が気になるのだろう。

 そう思って、女神は続ける。


「それでは奴隷魔法をあなたに授けます。」


「魔法レベルは人間が扱える最大値、第八奴隷魔法までとなります。転生先においては未知の魔法ですから、扱いには注意してください。」


 画面を操作し、内容を把握していた青年が頷く。

 速読しているのか、画面に視線を走らせるとすぐに次のページへ向かっていた。


 力を授けられて喜ぶ素振りも、質問もない。

 その上、画面を読み終えて呟いた言葉がこれだ。


「完全に理解した。」


 何の冗談だろうか。

 女神は違和感を覚えたが、目元まで伸びた前髪で表情は読み取れない。


 気を取り直して説明を続ける。


「最後に転生前の記憶ですが」


「完全に引き継ぐと転生先に馴染めず苦労することが多いので、あえて消させていただいております。」


「多くの場合、4~6歳ほどで記憶は回復しますのでご安心ください。」


「何か質問などはありますか?」


 青年は迷いなく、問う。


「私の名前ですか、いいでしょう。」

「私の名はピトス。パンドラのピトスと申します。」


「では、よい異世界ライフを。」


 そう言って転生魔法をかけるピトス。

 しかし……。


「あら、なぜでしょう。」


 何度か転生魔法を試みるも、試みる度にかき消えてしまう。

 青年の周囲ではかき消された魔法が散り、高密度の魔力となって空間を歪めていた。


魔力抵抗レジスト? そんな、この短期間で使いこなすなんて。どんな天才……。)


「……ヘタクソが。」


 青年の声が響く。

 髪に隠れて見えない瞳が、ピトスを刺すように見つめている。

 ぞっと、ピトスは怖気だった。


 「何か」をされる。


 魔力反応。

 黒と緑の線が重なり、魔方陣が展開していく。


「な、何を。」


 その中心に立つ青年がそっと口を開いた。


「【対神用強制隷属権発動アンチオーバー・ドミニクル……】」


 周囲の魔力が収束し、禍々しい紋と化してゆく。


「――ッ!!」


 それは神を奴隷とし、使役する呪文。

 本来、人の身では扱えぬ第十三の奴隷魔法。神域の禁術だった。


 まさか、初手で女神を奴隷にしようとする人間が存在するとは。


 青年が女神を指さす。


「【対象、パンドラのピトスパンドーラ・ピトゥス……!】」


 名前を訊いたのはこの為か!

 やらなければ、こちらがやられる!!


神権発動オーバー超越転生メタ・リンカーネーション!」



 カッ!!



 天より降りし光の柱が青年を包み、青年は跡形もなくかき消えた。

 ピトスは息を荒げながら、青年がいた空間を見る。


 誰もいない。

 あの青年は異世界に転生したのだ。


 ピトスはほっと胸をなで下ろす。


 恐ろしい青年だった。

 対魔神用の神域魔法を行使せざるを得なかった。



 転生の際、多くの人間は自分が置かれた状況を理解するだけで一苦労し、魔法の選択だけで悩むものなのに、あの青年は違った。


「女神の説明を聞き流しながら情報を集め、奴隷魔法を選択。名前を聞き出し、女神を奴隷にしようとする?」


 行動に無駄がない。


 チート能力を授けると言ったが、能力より青年の方がチートだ。

 能力ではなく、存在がチートなのだ。


 ピトスは思う。


 あの青年を転生させて、本当によかったのだろうか。

 神界のルールを破ってでも、ここで魂を消滅させるべきだったのでは、と。


 遙か異界の地に産声が上がる。

 あらゆる奴隷を支配する。影の王の産声が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る