06-07

 一年と三ヶ月前、

 隣町の河川敷で行われた、秋の花火大会。

 たかつからいたかつかの姉妹は、大学生くらいの、若い男たち四人に絡まれた。

 俗にいう、ナンパをされた。


 ここで逃げ出しておけば、追ってはこなかったのかも知れない。

 もしも大声で助けを求めておけば、相手の方こそが焦って逃げ出していたかも知れない。

 しかし魅来は、そのどちらも選ばなかった。


 挑発した。

 結果的に、挑発した。

 笑いながら卑猥な言葉をかけてくる男たちが許せずに、罵詈雑言を浴びせてしまったのだ。


 まだ純情な妹にそういうことをいうなど許せない、という正義感もあった。

 何が自分を突き動かす一番のエネルギーなのかは分からないが、とにかく魅来は男たちに思いつく限りの痛烈な言葉を浴びせた。


 そういう言動を選択してしまったこと含め運が悪かったといえばそうかも知れないし、また、その時たまたま周囲に誰もいなかったことも運が悪かった。


 会場から少し離れたところなので、思えば男たちはわざとそのような場所で待ち構えていたということなのかも知れないが。


 罵倒の代償は、暴力。

 魅来は、顔を殴られた。

 ボクシングのフックのように、ぶんと振った拳で、頬を、微塵の容赦もなく。


 横殴りの一撃であったが、だが、倒れなかった。

 倒れそうになったところ、髪の毛を掴まれて、引っ張られたのである。


 その激痛に悲鳴を上げるよりも先に、お腹に、男の膝がめり込んでいた。

 吐き気に、地に崩れていた。


 香奈の幼く甲高い絶叫が夜気を切る。

 やめてください! とか、確か叫んでいただろうか。


 しかしこういう種類の男たちがそれで聞くはずもない。

 倒れている魅来を四人で囲んで、身体を蹴る。

 蹴り続ける。

 頭を、背中を、腹を。


 頭が真っ白だった。

 激痛の中、頭が真っ白だった。


 わけが分からなかった。

 どうして自分が、こんなことになっているのか、

 この激痛の、意味が分からなかった。


 分からずともその行為がやわらぐわけでもなく、蹴られ続けた。

 いつしか完全にぐったりとなった魅来を、男たちは持ち上げて、近くに停車してあるワゴンへと運んだ。


 魅来は朦朧とする意識の中で必死に暴れるが、複数人の男の力に成すすべなく、無抵抗も同然に押し込められてしまう。


 後部座席は取り払われて広く平らなスペースになっており、そこに転がされた。


 なんとなく、分かっていた。

 これから自分がどうなるのか、なんとなく分かっていた。


 手が伸びる。

 自分へと向かって。

 無数に見える、手が、服を掴み、ボタンを強引に外し、スカートを脱がし、と次々に剥ぎ取っていく。


 混濁した意識の中でなんとかあらがいを見せるものの、それはただ自分の無力さを思い知るだけ。

 どんどん裸にされていく。

 男たちの、笑い声。


 妹の声は、聞こえない。

 きっと、逃げたのだろう。

 足の速い妹だ。もしもこいつらが今から追おうとしても、捕まえられないだろう。

 近くにいる人を、呼んでくれるかも知れない。

 警察を、呼んでくれるかも知れない。


 だけど、

 その頃には既にもう、あたしは、

 あたしは、

 きっと……



「お姉ちゃんを返せえ!」



 聞いたこと、なかった。

 これまでただの一度も。


 妹の、

 こんな、

 手負いの獣が吠えるような、壮絶な怒鳴り声を。


 そう、逃げたはずの妹が、香奈が、戻ってきたのだ。

 もしかしたら逃げてなどおらず、隠れて近場で様子を見ていたのかも知れない。


 必死の叫び、形相で、ワゴンへと駆け寄って来る香奈へと、男たちはにやりとした笑みを向けた。

 その瞬間であった。

 男の一人から苦痛の悲鳴が上がったのは。

 香奈が、手を横に払って握っていた砂をぶちまけたのだ。

 ワゴンの中にいる魅来にも、ぱらぱらと粒が降り注いだ。


 と、また別の男の悲鳴。

 香奈が、もう一方の手に握っていた石を投げて、それが男の頭に当たったのだ。


 言葉にならない言葉を喚き叫びながら、香奈は、ワゴンの中に押し込められている半裸にされた姉へと、

 身を乗り出し、

 手を伸ばし、

 手を掴み、

 頭をガツンと殴られて、服の襟を引っ張られて地に倒れた。


 砂を目に浴びた男がでたらめに振るった拳が、香奈を捉えたのだ。

 少女の感触に、そのままぐいと引っ張り地に叩き付けたのだ。


 掴まれていた。

 香奈は男に、髪の毛を掴まれていた。


 そのまま、引っ張られてワゴンの中に引き入れられそうになり、香奈は甲高い声で絶叫した。

 助けを呼んだ。

 次の瞬間、頬を張られて吹っ飛ばされていた。


 ワゴンから降りた男の一人が、にやり笑みを浮かべて楽しげに呟く。



「標的、変更」



 男は、ゆっくりと膝を上げると、思い切り香奈の頭へ踵を落とした。

 間髪入れず背を、顔を、腹を、足を蹴る。

 胸に馬乗りになって、頬を張る。


 やめて、と叫ぶ香奈の、その顔に、拳が落ちていた。

 何度も、

 何度も。

 香奈の鼻は完全に潰れて、どろどろと血が出ていた。


 なおも叫ぶ香奈。黙らせようと他の男たちも加勢して執拗に蹴りを入れる。


 誰だかが取り出した手ぬぐいで、香奈はさるぐつわをされてしまう。

 手際の良さから、最初からそういう目的だったのかも知れない。


 顔がボロボロに砕かれようとも抵抗の眼光が弱まらない香奈に、さらに何度も何度も容赦なく拳や踵が落とされる。


 さすがにぐったりとなってしまい、二人に持ち上げられてワゴンの後ろへと入れられてしまう。

 魅来の前に、顔面血みどろでどさりごろり転がる香奈。


 誰か来っぞ、

 という鋭い声に、慌てたように後部ドアが閉められる。


 話し声が聞こえてくる。

 両親と、小学生くらいの息子、娘、だろうか。おそらく花火大会帰りの家族だろう。

 楽しげに笑いながら、このワゴンの横を通り過ぎようとしている。


 香奈は必死に助けを求めようとするが、さるぐつわを口にはめられているためウグウグという呻きしか出ない。

 魅来は、大声を出すことは出来たはずだが、ただ震えているばかりでなにをすることも出来なかった。

 家族の声が完全に消えると、それを合図に八本の手が一斉に香奈へと伸びた。


 一枚、一枚、香奈の服が脱がされていく。

 男たちは、小学生のような貧弱な体型を笑いながらも、興奮したように脱がしていく。


 すべてが剥ぎ取られて、生まれた時の姿にされるのに、それほどの時間はかからなかった。

 四人の男たちは自らも服を脱ぎ始め、同じ姿になった。


 香奈の両足首が、掴まれる。

 開かれようとすることに、ももをすり合わせ、身体をよじり、もがき、必死に抵抗する香奈であるが、

 四人の男に押さえつけられては、抵抗も無意味だった。


 魅来は、泣いていた。

 ぼろぼろと、涙をこぼしていた。

 誰が、こんなことが人生に起こるものと思うだろう。

 目の前で、仲の良かった妹が、半年前まで小学生だったまだ幼い妹が、見ず知らずの男たちに蹴られ、殴られ、服を剥ぎ取られ、汚れた手でいたるところを撫で回され、足を開かれ、

 処女を、奪われる。

 誰が、予想出来ただろう。

 こんなことが起こるなんて。


 誰が、

 誰が……


 四人の男たちは、罪悪感の完全に欠落した下品な笑い声ではしゃぎながら、香奈の身体を押さつけ、殴りつけ、順番に犯し続けた。


 魅来は、泣いていることしか出来なかった。

 下を向いて、ぎゅっと目を閉じて、その目からぼろぼろ涙をこぼしていることしか出来なかった。

 でも、目を閉じようとも現実が変わるわけではない。分かっているから、涙が出る。


 香奈は対極で、身を支配されようと心は許さない、となおももがき抵抗し、犯されながらも顔面を殴られ続けていた。

 そうこうしているうちに、香奈の口から、さるぐつわがずれて外れたが、

 妹の自由になった口から発せられたのは、

 自分の運命を呪う言葉でもなく、

 男を呪う言葉でもなく、

 姉に助けを求める言葉でもなく、



「大丈夫、だから、わたし大丈夫だからっ!」



 なにが大丈夫なのか分からない。

 しかし香奈は、男たちにかわるがわる乗られ、激しく揺らされながら、そんな言葉を必死に叫んでいたのである。


 自分を心配させまいとする、妹の健気。

 それに対して自分は、ただ涙をぼろぼろこぼし、爪が食い込んで血が出るくらいにぎゅっと拳を握って、うつむいてることしか出来なかった。

 そむけてもそむけられないこと、分かっているのに、なんにも出来なかった。

 しなかった。

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