06-03
そおっと階段を降りる。
みしみしと大きな音は立ってしまうが、それでもそおっと。
そして、そおっと廊下を歩く。
別に静かに歩く必要はない。
たぶん今は、この家に誰もいないからだ。
火曜日の、午後二時。
父親は仕事で東京にいるはずだし、
母親も、火曜日は商店の特売が多いという理由でこの時間はいないことが多いから。
なら何故か、と問われれば理由なんかないとしかいえないが、
何故一階に、と問われれば答えるのは簡単だ。
トイレ、
それと、着っぱなしであまりに臭くなったスエットを取り替えるためだ。
素早くトイレを済ませて、続いて脱衣所へ。
洗濯機の前のカゴに、たたまれたスエットと下着が入っている。
毎日脱いで洗濯機に入れて、カゴにあるのを着て、と母からいわれているのだが、毎日どころかどれくらいぶりだろうか。
スエットと下着を脱いで、洗濯機に放り込んだ。
こんなものを回したら、どれだけ黒い水が出ることだろう。他の洗濯物を汚染することだろう。
どうでもいい。
地球自体がクズ人間で汚染されているのだから、どれだけドス黒いのが出ようとさして変わらない。
カゴの下着を手に取り、足を通しかける。
と、ここで考え直し、浴室へ入ることにする。せっかく全裸になったついでだ。
シャワーのお湯を出すが、まだお湯ではなく凍るような冷たさの水だ。
手のひらに当てて、だんだん暖まるのを確認し、頭から浴びた。
しっかり汚れを落とすつもりなどない。
湯船で暖まるつもりもない。
さーっとシャワーで一分ほどうわべの垢を流すと、石鹸をつけたタオルで簡単に身体をこすり、次はシャンプー、適当に取ったのが男の頭皮が云々書かれている父親用のものだったが、気にせず頭にべっとりつけて掻き回す。
すべて流し、浴室を出ると、身体も拭かずにカゴの下着やスエットを身に着ける。
その後ようやく、バスタオルで適当に頭を拭いて、脱衣所を出る。
母親が帰ってくる前に、早く二階へ、
と、廊下を出たところで突然ピンポンとチャイムの音が響いて、びくっと肩を震わせた。
別に無視してもよかったのだが、誰なのかだけでも確認しておこうと玄関へ。
サンダルにつま先を乗っけて、ドアに手を置き覗き窓からそーっと覗くと、知った顔がそこにあった。
私服姿だけど、でもいま学校のはずじゃないのか?
そんな疑問があったからというわけでないが、錠を外し、そーっとドアを開いていた。
「あ、おばさ……え、え、魅来?」
自分が玄関口に出るなど、露ほども思わなかったのだろう。心底予期せぬことに動転している顔だ。
「なんでいるんだよ」
ぼそっと呟くように、問いの言葉を吐き捨てる。
「あ、あの、今日、創立記念日だから……」
なに正直に答えてるんだ、この男は。どうでもいいんだよ、そんなこと。
「……お線香あげにきたんだ。入れてくれよ」
謙斗はドアを開けようとする。
が、開かない。
魅来が内側からノブを精一杯の力で引っ張っているからだ。
「なんだよ、入れろよ!」
「うるさい。帰れ!」
知っている。
最近ちょくちょくと謙斗がここに来ては、線香をあげていること、知っている。
でも、いま来んなよ。
あたししかいないいま来んなよ。
つうか、そもそもここに来んなよ。関係ないだろ、もう、お前は関係ないだろ。
イライラすんな。
ほんとイライラすんなあ。
どいつもこいつも。
「二度と来んなあ!」
バン!
叩き付けるような音で玄関のドアが完全に閉まった、その瞬間に、素早く施錠をした。
はあはあ、
はあはあ、
一年もろくに動いていないと、こんなことで息が切れる。
はあはあ、
はあはあ、
なあにが線香あげに来た、だ。
誰への、なんのための線香だよ。
バーカ。
二度と来るな。
塩まいてやる、塩。
踵を返し、玄関上がって台所へ。
食塩を探す。
小瓶と、未開封の一キロ袋がある。もちろん一キロ袋を選択だ。
端を引っ張り破ろうとするがビニールが伸びるばかりなので、噛んで引きちぎる。指を突き入れ、ぐりぐり穴を広げながら、足取り荒く再び玄関に。
解錠し、ドアのノブに手をかける。
回す。
押せばそのままドアは開く、が、
それきり手が動かなかった。
ドアを思い切り押し開いて、バーカと叫びながら塩をぶちまけてやるつもりだったのだが、まるきり手が動かなかった。
ドアを開けることが、出来なかった。
息が荒くなってきていた。
苦しくなって、胸を押さえた。
あらためて両手で食塩の袋を掴むと、ぶんと突き上げるように頭上に掲げた。
掴んだ袋を逆さにすると、ざざあーーっと、大量の塩が頭に降り注いだ。
シャワーでまだ濡れている頭に。
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