第6章 神様に会いたい

06-01

 たかつからいは自室でベッドに寝そべって、枕を胸に抱えて天井を見上げている。

 うつろな表情で。

 空っぽの瞳で。

 なにをするでもなく、ただ天井を見つめている。


 木曜日。

 午前十時。


 普通の十代なら学校に行っている時間帯。

 普通ではない十代は、ここでこうしている時間帯だ。


 もう何日洗っていないのか、すっかり汚く臭くなったスエットを着て。

 長い黒髪を、ぼさぼさにして。

 別にわざわざこんな髪の毛にしているわけではない。元々は艶があって綺麗なストレートだったのだが、切らず手入れをせず寝っ転がってばかりいたらこうなった。


 引きこもり生活を始めて一年。

 もう一年過ぎたら、自分がどうなっているのか。

 まったく想像が出来ない。

 死んでいるかも知れない。死後半年くらい経って、ようやく両親に発見されるのだ。

 それなら、それでいい。

 親なんかに、あんなのなんかに、世話になり続けるのも嫌だから。


 と、今日もいつものように、こんなどうでもいいことばかり考えている。

 天井を見つめ続けている。


 やることがなく退屈だったから、というわけではないが、そうして天井を見つめ続けるうちに、妹の……の顔が、頭に浮かんでいた。


 ふん、と鼻を鳴らして、払おうとするが、払えなかった。

 簡単に払えるはずがないのだ。

 あっちに行けといって、簡単に記憶から消せるはずがないのだ。


 幼い頃から、いつも、いつも、一緒だったのだから。

 けんと、自分と、香奈と、いつも三人、いつも一緒だった。

 バカみたいなことをやっては、大人に怒られて。

 怒られても、顔を見合わせてくすくす笑って、またバカなことやって、怒られて。

 笑ってばっかりだった。

 自分が、引きこもりになるまでは。


 くだらないことを、心から信じていた。

 楽しい以外の感情が人間にあるなんて知らなかった。


 引きこもりになってからは、一回も笑ったことなんかない。

 そうなる前に笑った記憶はもちろんあるけれど、でもその時の感情や感覚などこれっぽっちも覚えていない。

 負の感情、イラつく感情などは自分が嫌になるくらい逐一覚えているけど。


 栄養満点だよお、とかいって、香奈がビーフシチューを作ってくれたことがあった。

 去年の暮れ、あたしが風邪をひいてしまった時に。

 一口も食べずに、床にぶちまけてやった。


 そしたら、泣きそうな顔のくせに、なんだかえらそうな、優しい大人みたいなことをいうから、思い切り頬をはってやった。

 悪いのはあたしなのに、ごめんとか謝ってくるからイライラして。


 殴っている時の映像、いまでも鮮明に思い出せる。

 あいつ、ちっこいから、すぐに倒れるんだ。あたしが思いのほか本気で殴ってしまうせいもあるんだけど。


 床に這って、顔を押さえて、それでもなんとか笑顔を作ろうとしている妹に、もうあたしの思考は切れてしまう。

 飛び乗って、またがって、上から殴る、殴る。

 すると妹は、声を裏返して叫ぶんだ、


「わたしっ、お姉ちゃんの苦しみは理解出来ないかも知れないっ! でもっ!」


 って。

 そりゃ、理解出来ないだろうよ。

 あたしの気持ちなんか。

 もう、永遠に。

 だって……


 魅来は、つまらなそうにふんと鼻を鳴らすと、腰をずらし、ベッドから降り立った。

 ずっと寝ていてもいいのだが、身体が痛くなったので、と心にいいわけをしながら、部屋を出る。


 出ると狭い廊下があり、左が階段、右が妹の部屋だ。


 魅来は、何故だかちょっと怒ったような睨む目つきで、妹の部屋のドアを見る。


 階段を、そっと一階へと降りる。

 そっとといっても、立て付け悪くみしりみしり音がする。


 降りたところに、母がいた。

 たまたまばったり。ではないだろう。みしみし音を立てながら降りたのだから。

 自分が一階へと降りることを察して、たまたまを装ってか知らないがここに立っていたのだろう。


 一見、心配そうな母の顔。

 どう声をかけたものか困っている、母の顔。

 困っているのは、本当だろう。

 だけどそれは、扱いに困っているだけ。

 心配なんか、しちゃいない。

 我が家の未来がどうなってしまうのか、とかそんな心配ならしているのだろうが。

 知るか。


 はれものに触るかのような、そんな感情で自分を見ているに決まっているそんな母を、ぐいと押しのけるように進み、居間へ入る。


 ふすまが開いており居間と繋がっている和室へ。


 奥の床の間に、仏壇があり、横には遺影写真が置かれている。


 木製のフレームの中で、

 妹、

 高塚香奈が、笑っている。

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