04-05

 じゃん、

 じゃんじゃ、

 じゃんじゃんじゃっ、

 Cマイナーセブン。

 じゃん、

 じゃんじゃ、

 意表ついてEセブン。


 床にあぐらをかいて、ギターを弾いている。

 スカートだけど誰も見てない気にしない。

 不意に鉛筆を取ると、がばっと伏せるように床のノートに顔を寄せる。

 く、っと筆先をノートに当てるものの、それきり動かずただ指がぷるぷる震えるばかり。

 十秒。

 二十秒。

 出たのは、ため息。

 伏せていた身体を起こして、もう一回思い切りため息。


「だめだ。なにも浮かばないや」


 なんか浮かびかけたっ、と思ったのに。

 指が勝手に動くに任せようと思ったのに、役に立たない指だよ。


 鉛筆を置いて、ピックを持って、またちょっとギターを弾いてみる。


 じゃん、

 じゃんじゃじゃん、


 別に曲を作っているわけではない。メロディを考えているわけではない。

 作ってみたところで、そもそも譜面への起こし方など知らない。いまだに、タブ譜ってなんだ、というレベルなのだから。


 純粋に、言葉、歌詞を考えている。

 でも考えつかないから、困っている。

 困っているが、考えなければいつまでも考えつかないから考えている。

 考えなくても降りてくるならそれが一番だが、自分にそんな能力はないこと、考えるまでもなく分かっている。


 部屋に満ちている空気でも、霞でも、ダークマターでも、外のスズメの無き声でも、遊ぶ小学生の声でも、防災無線でも、インスピレーションさえ得られればなんでもいいのだが、どんなに感覚を研ぎ澄まそうとなんにも得られないので、とりあえずギター様に頼っているのだ。


 とはいっても、そのギター様からすらも、現在なんにも得ることが出来ていないわけだが。

 いたずらにピックで弦を引っ掻くばかりで。


「とりあえず、無理にでもなにか言葉を書いてみるかあ」


 と、また鉛筆を手に取る。

 自分を信じて、というわけではないが。

 信じずともなにかをすればなにかが起こるだろう、という神の気まぐれのみを期待して。


 ノートに、頭にふと浮かんだ文字を書いてみる。はばたけ、とか、夜闇を切り裂け、とか、思いつくクサい言葉を。

 クサくしようとしているわけではないが、たかだか中学生のボキャブラリーでは是非もない。


 他人の歌詞を参考にしようものなら、引っ張られてそのまま完全なパクリになってしまいそうだし。見なければ見ないでこんなレベルなのだから本当に自分が嫌になる。


 他に、どんな言葉がある? 歌に使えそうな。

 吠えろ、とか?

 信じろ、とか?

 かっこつけて、ビリーブとか。

 歌詞にベイベーとかよく入れてる気がするけど、古いのかな、それって。そういや古い歌ってベイベーじゃなくてベイビーだよな、どうでもいいけど。

 まあ、とりあえず書いてみよう。信じろ、で書いてみよう。


「自分を、信じろ、と。……うわ、だめだ、恥ずかしい!」


 誰がこの場を見ているわけでもないのに、なにこのぞわぞわくる恥ずかしさ。

 これが作詞というものなのか。

 なるほど、プロ作詞家は、この恥ずかしさに耐える対価で生活しているわけか。

 作詞に慣れるというのは、書き慣れるというだけでなく、恥ずかしさに慣れるということでもあるわけだ。


 納得いったはいいが、しかし恥ずかしがってばかりいては、むしろみっともないものしか書けないよな。

 突き抜けることで、本来恥ずかしいものが、まったく恥ずかしくない魅力的なものになるんだ。

 わたしが幼稚園の頃にヒットしていたわらよしひこの、「君を見ているとおムムムンウィヒウィヒ」、とかいう笑い声、あれ無茶苦茶恥ずかしいじゃないか。でもみんな憧れて真似してたじゃないか。


 前へ進むぞ、わたしは。

 佐原吉彦を超えるぞ!

 とりあえずギター様の神通力を頂戴だ、

 カナちん全力投球っ!


 と、またギターを手にして、ジャンジャンジャガジャガと弦を適当に押さえてなんとなくのリズムでピックを振るう。


 よしっ、デタラメでいいからなんか適当に言葉を叫んでみよう。声を出してみよう。そうして口から出たものを、片っ端から採用だっ。

 いくぞっ、


 ジャガジャガジャガジャガジャガジャガジャガジャガ、

 ジャガジャガジャガジャガジャガジャガジャガジャガ、


「豆腐キャベツバニラアイス暴走族炊飯器アニメ除夜の鐘ベースボールみちのく摩天楼ホタルイカ仙台松山石巻ミミズ悪魔神様土星ロケット」


 ギターの音に乗って出てくる、シチュエーション不明意味不明な言葉の数々。


「ぜんぶ不採用!」


 ジャン!

 オチがついて満足したわけではないが、とりあえずギターを置いて腰を上げると、学習机へと向かう。


 椅子に座るなり、鉛筆を鼻の下に挟み、両手で頬杖をついた。

 天井見上げながら、


「うーん」


 腕を組んで難しい顔を作ってみるが、顔を作ったところで、どうしても言葉が浮かばない。

 考えても、浮かばない。

 脳味噌のあまりのままならなさに、汗がぶつぶつ吹き出してきた。


 ふーっ。

 鉛筆鼻の下に挟んだまま、器用にため息を吐いた。


 心の中でぼやく。


 そもそもフラワーたちも酷いんだ。現国苦手なわたしに、つまり言葉の感性がないわたしに、なんでこんなことを任せるんだ。

 むしろここは老人の方が、これまでの人生経験で味わい深いものが書けるんじゃないか? 雨のタクシー乱れ髪い♪

 分かんないけど。俳句のようになりそうな気がしないでもないけど。

 別にそれでもいいじゃないか。

 名月や蝉の声で、岩に染み入るシャウトをすれば。

 とかなんとか下らないことばかり考えていても仕方ない。真面目に、歌詞作りに取り組みますか。

 これまでも真面目にやってはいたけど、もっと真面目に。


 鼻の下に挟んでいた鉛筆を手に取って、デスクライトをつけ、ノートに向かう


「よし、きちんと考えよう」


 向き合おう。与えられたタスクに。

 別に、素敵な歌詞じゃなくたっていいんだ。

 変に飾らず、自然に出てくる言葉。誰か一人でも共感してくれるかも、そんなレベルの歌詞でいいんだ。

 そうだ。

 簡単なことなんだ。

 立派なのを作ろうとするから、ブツブツ汗が吹き出るだけで全然進まないんだ。

 よおし、自然に出てくる言葉を繋いで、そんなに立派じゃない歌詞を作るぞお。

 リラックス!

 と、鉛筆持つ手に、ぐぐぐぐ、と力を込める。

 が、

 しかし、

 やっぱり、

 予想通りというべきか、


 ダメだ。

 思い浮かばない。

 書き出せない。

 手が動かない。

 動いてくれない。

 だってイメージわかないから。

 これっぽっちも。


「いいやもうっ」


 って、よくはないけど、とにかく時間はまだある。

 じっくりやろう。


 そうだ。若いわたしには無限の時間があるのだ。

 焦る必要はない。

 焦る必要はないんだ。


 いつか神様は降りてくる。

 いろんな言葉が書かれたプラカードを両手いっぱい抱えて。


「心配事も去ったところで、それじゃあとりあえず……」


 息抜き、というわけじゃないけど、今日の日記をやりますか。

 机の引き出しを開けてICレコーダーを取り出した。

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