04-04

 これは、なんと表現すればよいのでしょうか。

 分かんないけど知らないけれど、とりあえずこの感覚を無理やり擬音化してみましょう。


 ぎょぎょーん、

 わうわう、

 ぎゃーん、ぎゃーーん、

 と、これはエレキギターの音。

 ダスダス、バスバス、ツツツツツ、ダンッ、ダンッ、

 これはもちろんドラムっ。

 ぼんぼんぼんぼん、

 ぼんぼんぼんぼん、

 低くて鼓膜が震えて肌がむず痒くなるのが、ベース。


 って、本当にただ単に楽器の音を擬音化しただけじゃないか。

 バカなのかわたしは。

 でも無理だ。どのみち。

 この雰囲気、この空気を、擬音なんかじゃ表すこと無理だ。


 いいや別に、もう。

 わたしがいま肌に触れているこの振動、感覚、感情、感動、激情、それが真実だああ!


 今夜の音声日記収録に備えて、気分高揚のその気分をどうにか言葉で表現しようとしていた香奈であったが、どうにもこうにも浮かばないので、あっさり諦めた。

 そんなことよりギター弾きに集中だ。


 ざんざんざんざん、


 腕を振るう、

 ぶんぶん振るう。

 ピックの先端で弦を弾きまくる。


 香奈と、

 ジミーたち他のメンバーの楽器の音が、

 猛烈な勢いで倉庫の内壁にぶつかって、電子レンジのマイクロ線のごとく跳ね回っている。

 その心地よい振動に気分が高まって、ピックを振る手が軽やかに動く好循環。


 普段となにが違うのか、一概に言葉に表すのは難しいが、なんだか今日は全員の演奏に妙な勢いがあった。

 前へ前へと、気持ちが出ていくような、勢いが。


 まだ下手くそで不協和音も甚だしいというのに、それでも聞く者を納得させてしまいそうなスピード感、ビート感というものが。

 昨日と比べて急激にテクニックが向上したわけでもないのに。


 ここは商店街の酒屋倉庫、ロックバンド「シャドウオリオン」の練習場所だ。

 五人。

 うち、現在楽器を演奏しているのは四人。


 フラワーがキーボードで、

 香奈がギター、

 ジミーがベースで、

 キッズがドラム。

 黙って見ているのがマッキー。ギター用のアンプが一つしかないので、香奈とマッキーとで交互に弾いているというわけだ。


 マッキーは腕を組んで、弟子である香奈の演奏を、じーっと見つめている。弟子の成長見逃すまいということか、ダメなところ探して突っ込もうとしているのか、抜かされていないことに安心しようとしているのか、分からないが。


 なんか今日は違うそお、わたしたちっ、なんか違うぞお、と高揚感たっぷりの香奈は、師匠にじーっと見られていることに気持ち引っ込むどころかむしろちょっと調子に乗っちゃって、

 ずいっずいっ、一歩二歩と腰から前に出ながら、覗き込むように二本指で弦を押さえて、ドリュドリュと単純ダイナミックな和音を奏でながら、ネックを握る手を根本から先端へじゅいじゅいとスライドさせていく。


「むー、上手くなったなあ」


 弟子の上達ぶりに嬉しいやら悔しいやら、という表情で頷いているマッキー。


 まあ弟子もなにも、始めたのが数カ月違うというだけで、もう技術的に二人はどっこいどっこいであったが。

 お互いの年齢を考えれば、香奈が抜くのももう秒読み段階だろう。


「パワーコードのCとGだけなら、もう完璧ですっ!」


 香奈、ぶいんと大きく回すように腕を振り、力強くガッツポーズだ。

 そんな程度でいばるものではないかも知れないけど、この二つのコードだけで成り立つ曲もあるんだし、一人前に近付いたということで少しは調子に乗ってもいいよねっ。

 と心の中で、調子に乗ってしまっていることへのいいわけだ。


 本日のこの、メンバー全員の妙な騒々しさや、香奈のそわそわ感やハイテンション、至る理由は単純に二つある。


 一つには、香奈がついにマイギターを購入したということだ。

 簡単な話、嬉しいのである。

 その思いが演奏に出て、場の雰囲気をリードしているのである。ソロでパワーコードなどをドリュドリュドリュなわけである。


 もう一つの理由は、フラワーたち老人組にある。

 やらかしてしまった運動会の一件以来、ちょっとした有名人になってしまい、歩く先々で様々な激励を受けているうちに、彼らもまたやる気が高まっているのだ。


「ベヒモーションが高まって、練習をたくさんしたい気分だ」


 演奏の合間にフラワーが、白塗り落ちないようタオルで叩くように汗を拭きながらそんなことをいう。


「そ れ をいうなら、モチベーション ですう♪ ベヒモーション てえ なんですかあ♪」


 香奈が、じゃんじゃかんとギターのコード進行に乗せて、ささやかな突っ込みを入れる。このような芸当が出来るくらいに上達しているのだ。

 だが、その言葉が終わるか終わらないかのうちに、突然アンプから出るギターの音がぶつっと途切れた。


「ああああああっ」

「よし、そろそろギター交代な」


 マッキーが、シールドのプラグを引き抜いたのだ。


「……仕方ないか」


 香奈はこりこり頭を掻いた。


 やっぱり今度アンプ買おっと。

 ギター弾くの、かなり気持ちいいし。

 サイドギターだというのなら、リードであるマッキーとも合わせてみたいし。

 いつまでも代わりばんこじゃな。

 他のことに使えるお金がなくなるけど、もともと無趣味だし、わたし。

 友達付き合いは、悪くなっちゃうだろうけど。

 軽くて小さ目のアンプなら、ここと家と持ち運んで使えるのかな? 音質には目をつぶって、とにかく安いもの。安くて、小さいのがいいな。

 どうせならエフェクターも欲しいな。

 最近、ちょっと自分好みの音というのが分かって来たんだあ。

 でもそうなると、ちょっといいアンプが欲しくなっちゃうなあ。


 胸の中でぶつぶつ、むなしくギターを抱えたまま、演奏の見学に回っている香奈。

 ちょっと焦れったそうな表情で、マッキーの演奏に合わせて自分でも同じように手を動かしてみる。弦を掻いてみる。


 ぺんぺんぺんぺんぴんぴんぴんぴん、なんでエレキギターってアンプ繋がないとこんな三味線のような音しか出ないのお?

 ああ、弾きたい。アンプに繋げたギターを弾きたい。

 高塚香奈は、いまっ、無性に弾きたいのであります!


「交代っ!」


 一分もしないうちに禁断症状限界点突破、アンプの前に屈むと勝手にシールドのプラグを引き抜いて、勝手に自分のギターを繋げてしまった。

 と、その瞬間、


 ぴひぃぎょわわわわわああわあああーーーん!


 耳の中で一万羽の鳥が戦っているような、なんとも凄まじいハウリング音が鳴り響いた。


「ぎゃーーーーーーっ!」


 どうやら肘が当たってボリュームつまみを最大まで回してしまっていたらしい。


 無数のキリが鼓膜にぶすぶす突き刺さるようなとてつもない音響攻撃を、予期せずしかも超至近距離で食らい、びくびくうっと肩が大きく弾けてギターを落としそうになった。

 ぐっと堪えて、ふらふらなんとか立ち上がるが、頭蓋骨の内側で、ぽわんぽわん音が反響して視界もぐらぐらだ。


「もう限界」


 ゆっくり屈んで、そーっと丁寧に大切そうにギターを置くと、うおっと悲鳴を上げて、うつぶせにばったり倒れた。

 半分は冗談だが、ハウリング音にびっくりくらくら目眩がしたのは本当だ。


「人の演奏中に変えるからだ」


 自業自得といいたげなマッキーの白塗り顔悪魔顔。


「だってえ」


 わんわん反響が、ちょっとおさまった香奈は、残った耳鳴りに小指ほじほじ突っ込みながらゆっくり立ち上がった。

 屈んで床に置いたギターを手に取ると、


「よし、ほとんど回復。弾くぞお!」


 まずは景気づけだあ、とネックをスイングさせながら目茶苦茶に掻き鳴らす。

 弾いてるだけで楽しい、アンプから音が出るだけで嬉しい、といったなんともうきうきした表情で。


 追い掛け無理やり合わせるように、他のメンバーも楽器を鳴らし始める。

 そんな中、


「市販楽譜による既成曲の練習ばかりでなく、自分たちの曲も作ってみたいよな」


 普段口数の少ないジミーが、不意に声を発した。


「比較するものがないから、演奏もやりやすいかもね。自分が本家なのだし、下手でも押し通せばそれが正しい曲だ」


 フラワーが流れるように滑らかなポーズでキーボードを弾きながら(奏でる音は滑らかではないが)、受け答える。


 気持ちの高揚感は、必然的に軽口を増やす。

 メンバーが演奏をしながらこれほど喋るのは、香奈の知る限り初めてであった。

 高揚感のためだけでなく、楽器に慣れてきていることもあるのだろうが。


「そのためには、まずはとにかく練習だよな。基本的な演奏が出来なかったら、創作もなにもないからな」


 マッキーが、アンプを繋いでいない状態でギターをぺんぺん引っ掻いている。


「うむ。でも、そうした気持ちがベヒモーションになって練習に身が入ることもあるだろうし、いまから取り掛かるのも悪くはない。……それではどうだろうか、歌詞をカナが若い感性で考えて、それにぼくが曲をつけるというのは」


 というフラワーの提案に、


「じゃ、それで」

「異議なし」

「同じく」

「えーーーっ! わたしにそんな才能ないですよ!」


 びっくり驚き不満の声をあげるのは香奈である。


 創作云々、他人事のように聞いていたら、わたしが作るだって?

 出来っこないよ。ロックの歌詞を作るどころか、合唱祭用のクラス曲だってまともなの考えつかなくて、発表の時にすっごく恥ずかしかったんだから。


「才能? 我々はもっとないっ!」


 ダッ!とキッズがスネアドラムを叩いた。


「いばるなあ! ……別に、演歌みたいな歌詞でもいいじゃないですかあ。若輩なんかに任せて、高齢バンドというせっかくの特色を放棄してどうするんですか」

「いや、そこはナウいのがいいから。老若混合ということで、本来の目的は見失わない。ということで、よろしくカナ」


 フラワーが、香奈の肩をポンと叩いた。


「おいーー。……まあ、期待しないならやってみてもいいですけど」


 開き直りさえすれば、楽しいかも知れないし。

 いつ開き直れるか、それは分からないけど。


「よろしく。ではちょっと休憩にして、布団屋の相葉さんから頂いたクッキーでも食べるか」


 フラワーが、壁に立て掛けてあった大きな紙の手提げ袋から、丸い缶を取り出した。

 缶の蓋をとめているテープを、楽しそうにぴーっと剥がしている白塗りの君に、香奈がぼそりと問う。


「その悪魔みたいな顔のまま、食べるんですか?」


 なんたら陛下みたいな、キッスみたいな、その顔で。


「うん。落とす必要性もないし」

「はあ。まあいいですけど」


 落とさないと逮捕されたり職質を受けるものでもないし。場所さえわきまえておけば、であるが。


 というわけで、おやつ休憩 ブレイク イン タイム シャドウオリオン。


 酒ケースやアンプに座り、クッキーをつまみながら、オリジナル曲はどんな内容の歌詞にしようか、どんな雰囲気のメロディにしようか、みんなで話し合うのだった。

 浪曲や演歌といった知識の下地しかなく、そこを強引にヘビメタに持っていこうとするものだから、ちょっと無茶苦茶な話し合いになってしまったが。

 香奈も幼い頃に夢中になっていた女性アイドルの歌しか知らなかったし。


 このあと、何故か分からないがクッキーの早食い競争になってしまい、その後また楽器の練習をして、シャドウオリオン本日の集まりは終了した。

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