04-02

 階段を上がっている。

 小柄な身体に少し不釣り合いなギターケースを背負いながら、自宅の階段を。


 二階の、上ったところにドアが二つある。

 一つは自分の部屋の、一つは姉の部屋のドアだ。


 姉の部屋のドアへと顔を近付けて、大きくも小さくもないが目覚めているなら聞こえるくらいの声で、


「お姉ちゃん」


 と、話し掛けてみた。

 返事はない。

 分かっていた。どうであれ返事はないことに。

 話し掛けると、たまに、ドスッとなにか叩き付けるような音が聞こえることはあるが、少なくとも音声での返事はこれまで一度もなかったから。


 しばらく間をあけて、言葉を続ける。


「なんかね、正二さんたちのロックバンド、参加することになっちゃってさ。

 お父さんに、そのことバレちゃって、

 そしたらね、楽器を買ってくれるっていうから、

 今日ね、

 御茶ノ水に行って、ギターを買ってきた。

 ……謙斗くんに連れてってもらって、選ぶの手伝ってもらって。

 演奏するメンバーじゃないけど、謙斗くんエレキとかとっても詳しくてね、バンドで楽器をおじいちゃんたちに教えているくらいだからさ。

 でね、いいなこれって気に入ったのがあったから、買っちゃってね、お昼にカレーを食べて、帰ってきた。

 辛いのに甘くて、美味しいカレーだったよ。

 ……それだけ」


 音声日記によくバンドのことを吹き込んではいるが、思えばこうして面と向かって(ドア越しだが)そのことを話したのは、今日が初めてだ。


 別に、こうしてわざわざ特別に伝える必要もないことなのに、なんで今日は、こうしてわざわざ特別に語り報告してしまったのだろうか。

 なんでだろう。


 分からない。

 謙斗くんと二人きりで出掛けたから、だろうか。

 隠し事をしているような、そんな後ろめたい気分になるのが嫌で。


 そんな気がする、といえば、そんな気がするけど。

 でも、

 いずれにしても、

 分かってはいたことだけど、

 姉の部屋からは、なんにも反応はなかった。


 しん、という静寂があるばかりだった。


 この廊下にも、

 ドアの向こうにも、

 自分の、心の中にも

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