03-04
「商店街再興のため、ということだけど……」
香奈は、逆さに置かれた酒ケースに座って、ギターの弦をなんとなく適当に抑えながら、ぼそり口を開いた。
「このままひっそり練習を続けているだけでは、意味がないですよねえ」
「練習を重ねて演奏がある程度まともになったら、戦国の野に撃って出る」、
と、法螺貝の音が聞こえてきそうな台詞を、以前にフラワーがいっていた。でも、その後もあまりにのんびりしすぎていて、腕前もろくろく向上していないので、気になってついつい掘り返し尋ねてしまった次第である。
みんな八十代だからな。
以前の会話など、すっかり忘れてしまっているかも知れないし。
「むう。確かに何年も練習してはいられないよなあ。末期ガンだし、おれ」
と、マッキーが自分の病気のことなのに、さらりと楽しそうに白塗り顔に笑みを浮かべた。
「そういうこというのは、やめてくださあい!」
香奈は酒ケースから立ち上がるや、怒鳴るような大きな声でマッキーの物騒な言葉を吹き飛ばした。
話題を振ったのは自分だが、でもまさか、そんなとんでもない言葉が返ってくるとは思ってもいなかったから。
「バンド活動とかあ、そういう共同作業をしているんだったら、十年でも、五十年でも百年でも生きる、そういうつもりでいてくれないと困ります! で、実際に健康に気を使ってしっかり長生きしてくださいっ!」
言葉の最初は、半分冗談の気持ちも混じっていたのだが、喋っているうちにちょっとだけ本気になってしまっていた。本気というか、不快というか。
どうして不快に思ってしまったか、理由は、なんとなく想像が出来る。
姉がよく「死ねばいい」とか「生きていたくない」とか、生命を軽視しているような発言をして、それを自分が快く思っていないからだ。
そういうことをいうのはやめて欲しいと常々思っているから、姉の話題でなかろうともそういう発言に過敏に反応してしまうのだろう。
だろう、って自分のことなのに他人のことみたいだけど。
「気を付けるよ。ごめんごめん」
マッキーは香奈の勢いに押されて、ぼさぼさライオン頭の中にごまかし笑いを浮かべ謝った。
「あ、あ、こ、こちらこそ生意気いってすみませんでした。……それはそれとして、さっきの話の続きなんですけど、もう色々と決めちゃいませんか? いっそのこと。いつデビューするのか、とか。……それに合わせて、やれるところまで練習をする。やれなかったらご愛嬌」
と、いい切って、みんなの反応を見ていると、リーダーであるフラワーが俳優のような低い渋いでもちょっとのんびりした声で、
「まあ、地域の活性化が目的だから、表に出ないことには確かに意味がないけど、やっぱり最低限は演奏が出来ないとねえ。もしくは、どんなに下手であっても、なんというのかなあ、集団としての存在感のまとまり、説得力というか、人々の抱く期待に対する納得感を我々が与えられるか否かというか……うまく言葉で説明出来ないんだけど、ただ下手なだけじゃダメだと思うんだ」
つまり、地域活性化のために目立とうとしているというのに、我々はまだまだ「キャラ立ち」が甘く、ちぐはぐ。ならばとりあえずは、しっかり演奏が出来るように練習だけはちゃんとやってこうよ、ということか。
「はい。その気持ちも、よく分かります」
というかね、別にわたしはいいんだよ。
のんびりだらだらやっていても。
まだ中二だし。
五年経っても、まだ二十歳にもならないし。
もちろんね、みんながずっと元気だったら、それが一番いいよ。九十歳を過ぎて、ギターやドラムだなんて凄い。いまよりずっとインパクトもある。
世の老人たちに夢や希望だって与えられる(かも知れない)。
でもね、普通に考えて、ギターやベースなんか重くて持てなくなるよ。
だから……
って、矛盾したこと思っているな、わたし。
十年でも五十年でもやるつもりでいろ、とか語気荒らげておいてさ。
「分かった。今日は、あとで謙ちゃんが来るから、そしたらみんなで考えようか。イベント、大会、探すのか、それともこの商店街で企画するか。そうしたことを決めてしまって、練習メニューも作り直そう」
「はい」
「ところでカナ、それどうした? 腕の傷。さっきから気になっていたんだけど」
フラワーは、香奈の左腕を指差した。
裾をまくっている腕に、すり傷が細長く走って赤くなっている。
「ああ、これ? 校庭のトラック走ってて転んじゃってえ」
「痕にならなきゃいいけど。……カナって陸上部なんだ」
フラワーは別に香奈を気安く呼び捨てにしているわけではない。香奈ではなくカナ、バンドでのニックネームを呼んでいるのである。
「いやあ、そんなしっかりした部活に入ってたら、こんな時間にバンド活動なんか出来ない」
「ああそれもそうか。ちなみに何部?」
「恥ずかしながら、美術部。でも実質は帰宅部。あまりに行かなさすぎて、そろそろ先生に呼ばれて叱られそうだけど」
「じゃあその怪我は体育の授業でってことか」
「うん。自習みたいな感じで、運動会の練習を思い思いにやっててね、わたしは四百メートルに出るから、同じような子たちととにかく走ってて。隣の子の肘が当たって、よろけて転んだ」
香奈は笑いながら、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ああそうか、運動会の季節かあ。じゃあ応援に行くよ。どうせ暇だし」
「その格好なら来ないで下さい」
テカテカピチピチの黒革上下に、逆立ち金髪カツラ、白塗り顔の中央には大きなコウモリ、トゲトゲのリストバンドに、腰からは鎖がジャラジャラ。拒絶も当然というものであろう。
その拒絶の意にフラワーはコウモリ顔をくしゃっとさせて、
「いやあ、普通の格好で行くに決まってるだろ。仮にも学校に行くんだから」
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