第3章 香奈カナかな?
03-01
曇り空の下、
敷渡商店街の、オレンジと茶色の道を歩いている。
中学の制服、右手にカバンを提げて。
中学校までの通学時間は、およそ十五分。
自宅を出て四分ほど住宅地を歩き、商店街を五、六分ほどかけて抜け、駅までは行かずに途中を折れて、さらに五分で到着だ。
商店街を足早に抜けることが出来ればあと数分は早いのだが、なかなかままならない。
「香奈ちゃん、おはよう」
田中精肉店の前で、革製の帽子を被っているヒゲ面の中年男性が、シャッターを開けながら声を掛けてきた。
「おはよう、
このように、開店準備をしている人たちと挨拶をしていることで、ちょっとずつちょっとずつ遅くなってしまうからだ。
「おう、香奈」
背後から、少年期を抜けたか抜けてないかという若い男性の声。
誰だか振り向いて確かめるまでもない。
幼馴染みの、
すっすっと足早に追い付いて香奈と肩を並べた。
彼は高校生。このまま真っ直ぐ歩いて駅へと向かい、電車に乗るのである。
「いやあ、テスト勉強で眠くて眠くて」
あくびを噛み殺す謙斗。
「ああ、今日がテストの日なんだっけ? なんだかテスト中に寝ちゃいそうな、とろーんとした顔になってるよ。どうせまた漫画読んでて寝るの遅くなっただけじゃないのお?」
「なぜ分かった? あ、いや、勉強もやったぞ。少しは」
「少しはやったというのなら、それはとてつもなく大きな進歩ですねえ」
軽口をいい合いながら、一緒に歩く二人。
そうしたいから、というよりも、そうしない理由が特にないからだ。
出くわして、声をかけずに避ける理由がない。
一緒に歩くことを、避ける理由がない。
おしゃべりをせず黙っている理由がない。
もしもどちらかに恋人でも出来たのなら、当然それぞれ別に歩くことになるのだろうけど。
ああ、いや、どうだろう。
分かんない。
どのみちわたしには、そんなの一生できないだろうけど。
興味もないし。
そもそもそんな資格もない。
だって、わたしは……
と、少し顔に暗い影が落ちた、その瞬間、
「香奈ああああ」
またまた背後から、今度は女子の声だ。
これもまた、振り返るまでもない。
クラスメイトの、
彼女は、香奈と謙斗との間に、ぐいぐいっと強引に肩を割り込ませてきた。
「あっ、なんだ彼氏と一緒かあ。ごめーん、邪魔しちゃったあ」
しらじらしいどころでない佐知恵の態度。単にからかっているだけなのは分かるが、
「やめてよお、もう」
香奈は、笑顔で肩をぶつけ返しながらも、内心では不快な気持ちになっていた。
だって、どちらかといえばお姉ちゃんの彼氏なのだから。謙斗くんは。
あくまでも、どちらかといえば、であるが。
空気感とか、そんな諸々の感覚が。
実際のところは、謙斗は二人のどちらとも付き合ったことはないが。
でも、
香奈は思う。
いまちょっと嫌な気持ちになっちゃったのって、そういうことじゃないんだろうな。
誰が誰の彼氏で、とか、そういうことじゃないんだろうな。
と。
この前の教室でのことと同じで、単に、お姉ちゃんに繋がるようなことをいわれて、それが嫌なんだ。
いつもお姉ちゃんのことで頭が一杯なくせに、他人にお姉ちゃんのことをいわれるのが、我慢出来ないんだ。
お姉ちゃんのこと、
過去になにがあったのかを、
わたしの友人たちは、知っている。
友人でなくとも、知っている者は多い。
過去になにがあり、現在どうなっているのかを。
つまり、一年前に酷い暴力を受けて、それから自宅に引きこもってしまっているということを。
……本当の、というよりも詳しい部分については、自分と、姉、つまり当事者たちしか知らないことではあるものの、
とにかく、そんな汲むべき事情があるものだから、姉の話はみな気を使ってくれて基本的には誰もしてこないし、こちらから話すこともない。
いまのように、自分が勝手に姉のことへと話を結びつけて、勝手に嫌な気持ちになってしまうだけなのだ。
でも、
じゃあ、どうすればいいんだ。
好きでこんなことになったわけじゃないんだ。
わたしたちは、好きでこうなったわけじゃないんだ!
「どうかした? 香奈」
佐知恵が、心配そうに香奈の顔を覗き込んでいた。
「あ、あ……なんでも、ない。……ごめん」
「ん? 何故謝る」
なんでだろう。
ぼーっとしてて心配させたから?
それとも、佐知恵は悪くないのにこっちが勝手に嫌な気持ちになっていたから?
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