02-05

 顔でも洗ったのか、

 トイレの帰りなのか、

 それは分からない。

 少なくとも、お風呂に入ったわけではなさそうだ。

 着ている物がここ一週間同じスエットで、ちょっとにおうし。


 なにがあったかというと、洗面所で香奈と、姉のらいとが、鉢合わせをしたのである。

 出くわした瞬間、姉の顔が変化していた。

 汚いものでも見るような、そんな表情を、妹に向けたのである。


 鉢合わせしてしまったことによる焦りとか、場をごまかそうとか、そういうことではないのだろう。

 おそらくは、鉢合わせしてしまったことによる香奈の表情の、微かな変化、それを読み取ったのだ。


 香奈は、慌てたように表情筋を変化させて、笑みを作った。

 二人は、すれ違う。

 すれ違うその瞬間、魅来は舌打ちし、そしてぼそりと小さく言葉を吐いた。


「ムカつく。いつも嘘くさい笑顔でさあ。……死んじゃえばいいのに」


 ぼそぼそいいながら洗面所を出た姉は、足早に階段を登っていった。


 香奈は、呆然とした顔で立ち尽くしていた。

 二階から、タオル一枚取りに降りてきただけなのだが、姉に続いて階段を登ることは出来なかった。


 なにを考えればいいのか分からなくて、ただ、立っていた。ひきつった笑みを浮かべながら。

 ドキドキ鼓動する胸に、そっと右手を当てた。


 バタン。二階で、ドアが乱暴に閉められる音。

 その音が、香奈の背中を押していた。


 洗面所を出て、荒い足音を立てて、階段を登る。

 ドッドッドッ。荒い足音。わざと荒らげているわけではない。わざわざ抑えようとしていないだけだ。

 二階。姉の部屋のドアを激しく叩いた。


「死ねばいいとかさあ、そういうの、ダメだよ。やっぱり、ダメだよ、そういうことをいっちゃあ」


 いいながらノブを回すが、ドアはロックされており開かない。

 香奈は手を降ろし、そのまま悲しそうな表情でドアの前に立っていたが、やがて、言葉を続けた。


「自分がいわれたからとか、そういうのじゃないんだよ。違うんだ。命って、もっと大切なものだと思うから。軽々しく死ねとかいっちゃいけないものだと思うから。だから。……優等生ぶって、とかいわないでよね。別にわたし、悪い子だっていいんだ。ただ、そこだけは譲れないと思ったから、絶対にいけないと思ったから、だからっ……」


 バタン!

 突然、中から勢いよくドアが開いた。

 驚く暇もなく、突き出された拳に鼻っ柱を容赦なく叩き潰されていた。



 特筆すべきでもない、

 ここ一年ほどの、

 高塚家の、日常。

 特筆ではない。

 起きたことを、

 ただ、記したまでである。

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