02-03

「ところでみなさんって、バンドの中でどう呼び合っているんですか?」


 借りて抱えたギターの重さによたよたしながら、香奈が問う。

 ホラーの悪魔みたいな白塗り顔で、「豊さん」「徳重さん」も変だよなあ、という興味から。


「いまその話をしようと思っていた」


 というのは、正二さんだ。


「例えこんなであろうともハードなバンドを目指す以上は、当然ニックネームで呼び合っているよ」

「やっぱりそうですよね」


 というか、さっき多分ニックネームいいかけてたし。何回も。わたしがいたから、混乱しないよう本名を呼んでいただけで。

 単に恥ずかしかっただけかも知れないけど。


「体験生であれ加入した以上は、香奈ちゃんにもぼくらのことあだ名で呼んでもらうからねー」


 白塗り顔をニヤニヤさせている正二さん。

 部外者にまでニックネームを浸透させれば、より本格的なバンドに近づける。とかそんな思いからだろうか。


「はあ」


 わたしも、なんか変なのつけられちゃうのかな。体験でも容赦しないぞーとかいって。

 それはそうと、一体どんなセンスの名前なんだろうか。正二さんたち。

 ちょっと楽しみ。


「まずはぼくだっ。マッキー、紹介を頼むぜ」


 おお、いつも温和な正二さんが、「ぜ」とかいってる。別に温和な人がいってもいいけど、でも、なんだか凄い違和感だあ。


「おう!」


 と返事をしたことから、どうやらギターで本屋でライオン頭の秀夫さんがマッキーということか。

 外間豊さんのドジャン!というドラムに続いて、秀夫さん、いやマッキーがダミ声を張り上げた。


「鼻がでかいから、フラワー!」

「イエーイ!」


 紹介されて、正二さんが片手を勢いよく突き上げた。


「え、え……」


 香奈は、すっかりうろたえてしまっていた。

 だって、わけ分からない、

 花が好き、とかじゃなくて、えっ、た、確かに正二さん鼻が大きいけど、って、いや、だから、そもそも鼻ならフラワーじゃなくてノウズ……


「ほおら香奈ちゃんも、へーいフラワー! っていわなきゃあ」


 フラワーこと正二さんにいわれて、香奈は小さな手を小さく上げながら、


「へ、へーい、フラワー……」


 おずおずとした表情で口を開くが、出てくるのは消え入りそうな声。


「声が小さい!」

「へーいフラワーッ!」


 やけくそ気味の大声で叫んだ。金切り声になってしまった。


「オーウケーイ。いい声だあ。じゃあ、ここからは代わってフラワーつまりぼくが、どんどんメンバーを紹介していくぜっ! 次は、地味だからジミー!」

「イエーイ! 地味だからジミーだ!」


 田中和夫さん、構えたベースの頭をくいと持ち上げて、ボンボンボンと壁を震わすような低い音を鳴らした。

 ジャスッ! 外間豊さんが、ドラムを叩いて締める。


「いや、無茶苦茶ハデなんですが」


 装飾が一番過剰で、フェイスペイントにしても達人彫師の入れ墨かというほどに手が込んでいて。ベルトからは、銀の鎖がジャラジャラ垂れているし。


「そう? じゃあ、ベースだからジミーッ!」

「イエーイ、ベースだからジミーだあ。よろしくっ!」

「そんな名乗りしてたら、全国のベースやってる人に怒られますよお! ……まあいいや、それじゃあ、へーいジミー!」

「イエーイ!」


 改めて右腕を上げる田中秀夫さん、いやジミー。

 ジャスッ! 外間豊さんが、スティックを勢いよく振り下ろした。


「次いくぞっ」


 と、正二さん、いやフラワーは徳重秀夫さんへと手のひらを向けながら、


「末期ガンだから、マッキー!」

「イエー」

「呼べるわけないじゃないですかあああ!!」


 香奈は、声を裏返らせて叫んでいた。

 ほんとに、呼べるわけないだろう。そんな不謹慎な。

 さっきからマッキーマッキー聞いてはいたけど、そういう意味だったのか。

 でも、本当なのかな。


「ね、秀夫さん、そうなの?」


 近くにいる謙斗の耳に口を近づけて、ひそひそ声で尋ねる。


「さあ。ガンは本当らしいけど」


 まあ、嘘をついても意味などないし、なら末期というのも本当なのか。

 いいのかな。それなのに、こんなところで、こんなことをしてて。いいのかな。

 でも、色々と悩みに悩んだ上で生き方を選んだのだろうし、なら尊重すべきことなのかな。

 ここで、こういうことをしている、ということを。

 なら、しっかり呼んであげた方がいいのかな。

 いいのかな。

 いうぞ。

 いっちゃうぞお。


「まま……マッキー!」

「イエーイ!」


 マッキーつまり徳重秀夫さんは、なんだか嬉しそうにギターをジャガジャガと掻き鳴らした。


 そこはかとない罪悪感と、生き方を肯定してあげる気持ちよさとに、ちょっと複雑な気持ちになる香奈であった。


「最後は、ドラムス! 一番子供っぽいから、キッズ!」

「よろしくう!」


 ジャスッ! 外間豊さんが、両手のスティックを振り下ろした。


「え、え、確か八十七とか八とか……最年長ですよね」


 一番子供っぽい、って。

 香奈のツッコミに誰も反応せず、


「これがぼく、いや、おれたち!」


 フラワーつまり正二さんが、握り拳をズドンと突き上げて叫んだ。

 ジャカスカジャカスカ、外間豊さんいやキッズが、ドラムを乱れ打つ。

 ジャン!


 おそらく、これからバンド名を名乗るのだろう。

 正二さんが一人でいうのか、それともみんなで声を合わせるのか。

 どんなバンド名なんだろう。

 自分たちにあんな変な名前を付けてしまうくらいだから、あまり期待は出来ないけど。


 しかし、

 いつまでも、みな無言。

 いつまでも、困ったようにお互い顔を見合わせるばかりであった。


「あの、ひょっとして、バンド名をいおうとしたけど、そもそも考えていなかったことに気付いたとか」

「その通り」


 正二さん、フラワーが、恥ずかしいのをごまかすように右の親指をピッと立てた。

 その横で秀夫さんつまりマッキーが、


「そういや考えてなかったよな。練習では、お互いの名前さえ分かっていれば問題なかったからな」

「はあ」


 香奈の口からなんともいえない力ない声が漏れる。

 まだ結成して間もないとはいえ、まとまり、まともに演奏が出来るようになるのは、一体いつの日であるのか。

 他人事ながらも不安になる香奈であった。

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