02-02

 拍手の音が、狭い倉庫の中に鳴り響いた。

 老人たちの、一曲が終わったところである。黒革の上下に、白塗り顔、髪を逆立てたり金髪カツラをかぶった老人たちによる、エレキ楽器による一曲が。


 ぱちぱちぱちぱち、一人で元気な拍手を送り続けるのは高塚香奈である。

 感激した、とか、興奮した、とか、そういうわけではなく、ただあっけに取られて聞いているだけであったが、こうして曲が終わったからには拍手せねばなるまい、という常識感から。


「どう?」


 野田謙斗が苦笑しつつ尋ねる。


「いや、あの、どうといわれましてもお」


 香奈は困ったように頭を掻いた。

 拍手だけなら簡単、いくらでも出来るが。

 せめて演奏がもう少し上手なら、色々と出てくる言葉もあるのだろうけど。


「ヘタクソだよね」


 正二さんの助け船というか、自虐節というかズバリ直球。


「いや、あの、そんな……」


 口ごもりながら、弱ったように視線を泳がせた。

 八十歳を過ぎてバンド作るくらいだから、なんらかの楽器経験者なんだろうなとは思うけど、それにしても……

 あまりにも……


 でも年齢のせいで手も動かないんだろうし、仕方ないことなのかな。


「バンドなんか、いつ結成したんですか?」


 香奈は尋ねる。

 本心からの疑問でもあるが、とりあえず、感想聞かれたのをごまかしただけである。


「二ヶ月、いやニヶ月半、くらい前かな」


 正二さんが指折り答える。


「へえ。それにしても、どうしてまたロックバンドなんか」

「ボケないように、なんか趣味でも作ろうかということでね」


 これは、ドラムセットの椅子に座っている煎餅屋の外間豊さんの声。


「そうなんだ」


 趣味は結構だが、それが何故ロックバンドなんだろう。

 楽器を弾くなら他にも色々とあるだろうに。

 ロックやるにしても、別に顔を白塗りする必要もないだろうに。


「まあ、それだけが理由じゃないけどな」


 ギターを抱えながら、ライオン頭の徳重秀夫さん。


「え、どういうことですか?」


 それだけが理由じゃない、って。


「ああ、ええとね」


 と、正ニさんが説明する。


「お店のやり方も昭和中期とは当然色々と変化して、世代も流れて、ぼくらちょっと窮屈な身分なんだけど、でもこの商店街は大好きだということなんだ」

「え?」


 意味が分からない。


「ここでお店を始めて、商店街がどんどん大きくなっていくところを見てきたんだ。町の子供たちがどんどん大きくなって、大人になって、子供が生まれて、という町の成長、変化を商店街とともに見てきたんだ。ずーっとね」


 それは分かる。だから商店街が好きなんだ、という理由に関しては。

 単なる近隣一住民である香奈だって、この商店街が好きなのだから、直接関わってきた者ならばなおのことだろう。


 でも、そのこととバンドが繋がらない。

 そのことと、この毒々しい格好が繋がらない。

 アンプにギター突き刺して破壊しそうな、鶏の生き血をすすりそうな、このヘビメタルックに繋がらない。


「すぐ近くに、大きな店が出来る。そんな計画があるらしい。ぼくらが死んだ、何年も何年も先のことかも知れないけど」

「聞いたことはあります」


 駅の反対側が発展して人口急増中で、この商店街の客を持っていかれてしまっているという現状があること、前述の通り。


 現在、その増えた住民たちをターゲットにした大型ショッピングモールを駅のこちら側に作る、という案があるらしいのだ。

 昔からある大きな工場が、潰されることが決定しているのだが、なんでもその跡地を使うとか。


「時代の流れであるとはいえ、商店街がさらに苦しくなることは間違いない」


 ここで正二さんは、口を閉ざして、なんとも悲しそうな表情を浮かべた。白塗りにコウモリのペイントが、なんではあるが。


 和夫さんが言葉を引き取って、


「悲しんでばかりはいられない。我々になにが出来るか、を考えた」


 老人たちから、次々と言葉が発せられる。


「金も力もないぼくたちに、なにが出来るのかをね」

「色々と考えた末、出た結論は単純でバカバカしいものだった。ここの知名度を上げるような、目立つことをすればいい、と」

「金がかからず、やっていることが他人とかぶらない」

「いつお迎えがきてもおかしくない八十過ぎのじいさんたちが、ロックバンドを作るだなんて、それだけでも目立つでしょ?」

「国営放送の『生き方それぞれ』が取材にくるかも知れない」


 口々にいう彼らの言葉に、香奈はちょっとすっきりしたような笑みを浮かべていた。


「はあ、そういうことなのかあ」


 なるほど、ロックバンドを作るに至った理由は分かった。

 でも、


「でも、こんな人目に触れない場所で演奏していても、知名度は上がらないですよ」

「だって、我々まだ楽器を始めたばかりだもの」


 という正二さんのさらりとした言葉に、香奈の目は点になっていた。


「え、え、昔やってたんじゃないんですかあ?」


 下手とは思ったけど。

 聞いててすっごい下手とは思ったけどお。


「いや、みんな習いたてほやほやの素人。ジミー……和夫くんがハーモニカ上手だけど、そのくらい。あとぼくがカラオケ好きってくらい」


 それで、この年齢で、ロックバンドを結成って……


「それでこの年齢でロックバンドを、って思ったでしょ?」

「正二さんって、超能力者なんですか?」


 まあ、とにかくこれで分かった。

 超能力者かどうかということではなく、さっきの演奏がとんでもなく下手だった理由が。


「そんな目で見ないでくれよ。誰だって最初は素人さ。でもね、現在はどうしようもない腕前かも知れないけど、修練を積んで最低限の演奏が出来るようになったら……」


 という正ニさんの言葉に、

 ザン!

 ギターを構えた秀夫さんが、ピックを勢いよく振り下ろした。

 正二さん、勇ましい顔になって言葉を続ける。


「戦国の野に打って出る!」

「はあ」


 白塗りコウモリで戦国とかいわれましても。

 ああ、そうだっ、


「謙斗くんは、なんでここにいるの?」


 他が色々と衝撃的過ぎて、疑問を抱く順番が遅くなってしまったけど、これだって充分に変だと思われて不思議のないことだ。


「じいちゃんから話を聞いたんだよ。ほら、おれのじいちゃん豊さんと仲がいいからさ」

「そうなんだ。謙斗くんは楽器なに担当? それともボーカル? そもそもどうして顔を塗ってないの?」


 黒革も着てないし、鎖もジャラジャラさせてないし、不公平じゃないか。

 あ、不公平って、別に罰ゲームでやってるわけじゃないのだろうけど。


「最初はボーカルで参加の予定だったんだけど、結局メンバーには加わらず、指導に専念することにした」

「謙斗くん歌が上手だし、確か楽器だって色々と扱えるんだよね。だったら、なにかやればいいのに。もったいない」

「いや、気づいたんだよ。この、商店街の老人会しか知らないロックバンド計画、インパクト目的ならば、老人だけの方がいいって。八十を過ぎた老人たちが楽器を始める、ってそれだけで凄いだろ? だからメンバーには入らなかったけど、やってること自体は面白そうだから、裏方で協力してるってわけだ」

「老人バンドに若者が一人いると濃さ有り難みが薄れちゃうけど、女の子が一人なら、いい感じかも知れないけどね」


 外間豊さんの、何気なくいっただけかも知れない言葉。しかし当然、みんなの視線は香奈へと集中する。


「ああ、あたし女子じゃないっ」


 つい適当なことをいってしまう。

 なんだか仲間に誘われそうな気がして。


「じゃ、なんだよ。男子かあ?」


 謙斗が腕をつつく。


「うー」

「わたしもやってみたい、とかいってたよな、確か」

「いやあ、いったかなあ」


 香奈は、頭を掻いてとぼけようとする。


「いったよ。ほら登校中にさ。でけでけ、ってやってみたいなあって」

「最近、物忘れが酷くてえ。わたしは誰だあ」

「ストレス発散になるし、そうなれば集中力もついて物覚えもよくなるよ」


 豊さんが、根拠のなさそうなことをなんだか自信満々さらりといっている。


「ちょっと考えさせてください」


 ちょっとどころかたっぷり考えたい。今後の人生に思い切り影響することのような気がして。

 わたしの心がとか、生き方が、とかいうより、周囲が抱くわたしへのイメージにおいて。


「まあ、今日のところは体験でいいから」

「はあ」


 今日のところ、って、入れる気満々じゃないか。スポーツクラブの勧誘かよ。

 でも、まあ、


「入らなくても構わないのなら、ギター弾いてみるとかはしてみたいですけど」


 香奈は恥ずかしそうに笑った。


「決定!」


 正ニさんの声に合わせるように、秀夫さんの、ザン!というギターの音。

 とまあ、そのような経緯で、香奈は生まれて始めてのバンド活動体験をすることになったのである。

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