01-05
「おかえり、香奈。なんか冷たいものでも飲む? ああ、そうだ、テスト返ってきたんでしょ? どうせいい点だったに決まってるから、詳しくは聞かないけど」
玄関を上がったところに立って、笑顔でぺらぺら口を動かし続けているのは、
香奈の、……香奈たちの、母親だ。
学校から帰ってきたばかりの香奈がべたべた攻めを受けるという、日々の恒例行事である。
「いいよいいよ、喉が乾いたら自分で好きなの飲むから。テストは、まあまあ、だったかな。後で見せるね。まずはちょっとくつろがせてよ」
と、香奈はいつもと同じような台詞をいいながら、靴を脱いでタタキから上がって階段をのぼる。
のぼりながら、いつものように心の中でぼやく。
いつもいつもああやって、わたしのことばっかり構うんだからなあ。
と。
でも、それも仕方がないのかなあ。
お姉ちゃんが、まったく構わせてくれないのだから。
とはいうものの、だからといって自分のことばっかりべたべたとまとわりついて、べたべたとかわいがってくるのは、ほんと迷惑だ。
やめて欲しいよ。
だったら、わざと嫌なことでもして、悪い子になればいいのかなあ。
とか、本気で考えちゃうよ。このままだと。
まあ、悪い子になるもなにも、そもそもよい子でもなんでもないけどね、わたしは。
などと胸に呟いているうちに、二階へ到着。
高塚家の二階には、自分と姉と、二つの部屋がある。
「お姉ちゃん、ただいまあ」
香奈は、姉の部屋のドアへと顔を近づけ、声をかけた。
返事はない。
分かっている。
あるはずがないのを分かっていて、でも声をかけた以上は、しばらくそこに立っていた。
三十秒ほど経って、諦めて寂しい笑みを浮かべつつ自分の部屋へと入った。
制服を上も下も脱いで、壁に吊るしたハンガーに掛けると、ベッドの上にたたまれているスエットを手に取った。
と、その瞬間、
「ああっ、忘れてたっ!」
素っ頓狂な大声を張り上げると、スエットをベッドの上に戻して、クローゼットを開く。
私服のブラウスとスカートを取ると、いそいそと着込み始める。
学校帰りに本屋で英語の参考書を選ぼうと思っていたことを、すっかり忘れていたことに気が付いたのだ。
ここから五分ほどの場所にある商店街の本屋だから、さしたる手間ではないものの、とにかくうっかりしていた。今日の帰り道は、別段ぼーっとしていたわけでもなかったのに。
通学カバンに入っている財布をポシェットへと移し替えると、部屋を出て、
「お姉ちゃんっ、ちょっと本屋に行ってくるね」
ドアの向こうにいるはずの姉へと笑顔で語り掛けると、素早く階段をおりて一階へ。
靴を履き、外へ出た。
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