01-04
つまり、焼け野原から始まっているということ。
戦争で土地も金も失ったある資産家が、地方に分散させていたわずかな財産をかき集め、住民たちにかす汁を無料で供給し続けた。
資産家の財産は一年もしないうちに尽きてしまったが、やがてそこにはバラックの店が建った。その元資産家が、安価な料理屋を始めたのだ。
周囲には、一件、二件、と店が増えて、昭和三十年代のうちには、東西に長く伸びる大きな商店街へと発展していた。
鉄道の支線が引き込まれたのも、そこに商店街があったからといわれている。
ただし、商店街があったからこそ路線の拡張が難しく、電車が二駅を行ったりきたりしているだけという皮肉な結果になっているのだが。
どうであれ、住民にとっては存在が当たり前だった敷渡商店街。
平成という時代に入ってからも、じわりじわりと発展を続けていくものと思われていたし、実際にそうであったが、
その地下鉄というのが、都心までのアクセスが比較的快適で、駅周辺に便利な商業施設がどんどん出来上がっているためである。
と、そのような歴史があることを知ってはいるし、衰退と聞けば寂しい気持ちにもなるが、さりとてどうしようもなく、また、普段からそんなことばかりを考えていたら生活が出来ない。
だから、というわけではないのだが。
高塚香奈が、毎日のように商店街のオレンジと茶色のタイル道を歩いているのは。
商店街に用事があって訪れているわけでも、衰退が寂しくて少しでも賑やかにしようと歩いているわけでもない。
中学校からの帰り道、というだけの理由だ。
「おー、香奈ちゃんっ、学校お疲れさん!」
生臭いにおいに乗って届く威勢の良い声。
魚屋のゲンタさんだ。
「こんにちはあ」
笑顔で返して歩き続けると、今度は隣のお店から女性の怒鳴り声。
「ほんとバカ! そこは発注先が変わったっていったでしょ! つうか店番と掃除だけしてろっていつもいってるでしょ! ったく八十過ぎた爺さんのくせに、余計なことばっかりして!」
金物屋の
よく見る慣れた光景ではあるが、慣れていようとも香奈の抱く気持ちは変わらない。
かわいそうだなあ。
である。
何十年もの間、自分こそが店の主人で、ずうっと頑張ってきたというのに、それが現在では息子の奥さんにいつも怒鳴られてばかりで。
金物屋の正二さんだけではない。
年寄りと後継ぎのいる店は、どこも同じようなものだ。
こうして毎日のように商店街を歩いていると、週に何度もこのような場面を見てしまう。
「おやじ、ふざけんなよお! もうなんにもしなくていいからさあっ!」
まただ。
五年ほど前に雑貨店からコンビニエンスストアになった店舗の前で、
百八十はあろうかという大きな身体だというのに、すっかり小さくなってしまっている。息子はもっと身長があるが、そういうことではなく。
悲しいよな、こういうのって。
あらためて、香奈はそう思う。
年齢に負けていられない、元気を出さなきゃ、と頑張ろうとして、でも、余計なことばかりしてっと隅に追いやられて、なんにも出来なくて、どんどん元気がなくなっていく。
悪循環だよな。
ただでさえお年寄りは弱いものなのに、ますます弱くなってしまうじゃないか。
という香奈の考え、振り返れば思い違いもいいところだったのだが。
まあ確かに、邪険にされて肩身の狭い立場であることに違いはないかも知れない。
ただし、
この商店街の老人たちは、まったく弱くなどなかったのである。
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