01-03

「じゃあ次っ、これ分かるっ?」


 というと高塚香奈は身をくねらながら、少しかすれた裏声を作って、


「そりゃないっちゅーねん!」


 振り上げた手を振り下ろす。


「分かったっ! トトンポンのトトンポンじゃない方の真似」


 よしひさが、自信ありといった顔でポンと手を打った。


「ブブー。外れえ。おっしいなあ」

「あたし分かった。惜しいで分かった。その真似をしているせんざきまさ、の真似」

「大 正 解っ!」


 香奈は「解っ」の直前でくるんと回り、ぴっとつちおりを差した。


 ここは香奈たちの通う中学校の、教室だ。

 彼女らが現在なにをしているのかというと、なんのことはなく、芸能人の物真似クイズである。


「次は?」


 はやさかの催促に、香奈は外国人の男性俳優のような渋い顔になって、


「えー、そんないくつもレパートリーあるわけないじゃあん。次は佐知恵の番でしょ」

「でしょとかいわれても、どうやったらいいのか分からん。上品育ちだから、あたし」

「簡単だよお。例えば、ゴリグリのしいろくの真似。『なーんでや、なーんでや、うちなーんちゅ、なーんでや』」

「似てる……。ていうか結局、香奈が全部やっちゃってんじゃんかあ」


 佐知恵は頭をかきつつ苦笑した。


「ねえ香奈あ、ねえ香奈あ、他になにかあるのお?」


 吉田久美が、からかうように尋ねる。


「ないよもう! だから、みんなの、番、だってばあ!」


 香奈が不満げな顔で、身体をクネクネさせて、オーバーリアクション気味に大きく跳び上がってどんと床を踏みつけると、みんなから笑いが漏れた。


「面白いよなあ、香奈って。ちょこちょこしてて、見てて飽きない」

「わたしは愛玩動物かあ!」

「いやいやほんとに。あんなお姉ちゃんがいるってのに、明るいよねえ」

「志織っ!」


 佐知恵の、小さくも叱咤するような鋭い声に、土屋志織は、しまったという表情を顔に浮かべ、きゅっと口元を結んだ。

 なんとも気まずそうな顔を香奈へと向けるが、時、既に遅く。

 一人だけ時間の流れに取り残されたように、香奈は無表情のままぴくりとも動かなかった。


「香奈」


 佐知恵が声を掛けるが、香奈の耳には届いていなかった。


「香奈……香奈!」


 何度も呼び掛ける佐知恵の、何度目の声に反応したのか、ようやく、香奈の周囲に時間が発生した。頬がぴくりと痙攣すると、ぶるぶるっ、と全身を震わせた。

 焦点の合わない目で壁をぼーっと見つめていた香奈であるが、もう一度全身を震わせ、そして左右に細かく首を振ると、ぎゅっと拳を握った。

 と、いきなり表情が、ふにあゃっと柔らかくなり、先ほどまでのように戻ると、もう一回ゴリグリの物真似を披露した。


「……と、こんな感じでっ。さあサッチー、やってみようかっ!」

「えー、結局やらせるんか」


 佐知恵も、香奈に負けず劣らずの作ったような笑顔で、その場をごまかした。

 といっても、もう乾いた空気感しか周囲には生じなかったが。

 それでも香奈は続ける。

 楽しそうな顔を、態度を。


「難しいならっ、佐知恵リサイタルでもいいんだよ。ほらあ、カラオケ用に練習してるんだあ、とかいってた曲あるでしょ」

「えー、なんでこんなとこで披露しなきゃいけないんだよ」

「こんなとこだからいいんじゃん。どう頑張っても酷い点数しか取れなかった時の練習にさあ」


 作った笑顔、空気に隠れるように、香奈は右手をそおっと持ち上げて自分の胸に軽く当てた。

 さっき自分がどんな感情であったのかを、冷静に考えてみる。

 姉のことを口にされた時の、自分の感情を。

 不快、そんなことは考えるまでもなく分かっているが、なにがどう不快であったのかを。

 時が止まり、現在なお苦しみ続けている身内の話を、冗談の場でさらりといわれたことに対しての憤りなのか、

 それとも、自分の心にもどこか姉を見下ろすような思いが存在していて、それに気付くのが、認めるのが、怖かったのか。

 そんな気持ちなど絶対にない。と強く自分を信じてはいるけど。



 やがて、業間休みの終了を告げるチャイムが鳴った。

 英語担当の山崎先生が前のドアから入ってきて授業が開始されたが、香奈はすっかり上の空で机に出している教科書も違う教科。

 回答を指名され、慌てたように立ち上がるが、数学の教科書をしかも逆さに広げて、なにやらわけの分からない数式を読み上げて、先生に怒鳴られるのだった。

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