01-06

 一体なんなんだ……この、取り合わせは。



 と、香奈が驚き不審がるのも、無理はないだろう。


 商店街の本屋へと向かっている途中、数人の年寄りたちが歩いているところに遭遇。

 これは、いいだろう。別になにもおかしくない。

 年寄り同士、仲がいいのは結構なことだ。


 驚いたのは、その中に混じってある人物の姿を見たからだ。

 高校一年生、十六歳、香奈の幼馴染である、けんの姿を。


 別にそれだって、悪いことではない。

 老若交流、結構なことだ。

 だけど、なんだなんなんだと驚き気になるのも無理はないというものだろう。


 老人はみな、商店街の人たちだ。

 コンビニの、なかかずさん。

 煎餅店の、そとゆたかさん。

 香奈が行こうとしていた本屋の、とくしげひでさん。

 三人が三人とも、既に八十歳を幾つも越えているはずだ。


 みんな腰が真っ直ぐで若い感じではあるけど、でも顔だけを見れば年齢相応にシワだらけ。

 年寄りだけなら老人会とか商店会とか、別に不思議ではないけれど、そんな老人たちと、商店街とまったく関係のない高校一年生が、どうして一緒にいるのだろうか。


 彼らは、香奈の前を横切っていく。

 香奈の姿には、一切気付いていないようである。


 コードが、とか、メジャーとかマイナーとか、そんな話をしている。


 なんだろう、レアな電気コードの話だろうか。分からないけど、そんな気がする。

 お店で会えば気さくに挨拶をかわせる仲ではあるものの、謙斗がいることによる異質感に、声を掛けるべきか否かを躊躇っているうちに、彼らは商店街の人混みの中に消えてしまった。

 しばらくぽかんとしていた香奈であったが、突然、慌てたように彼らの消えていった後を追い、姿を探し始める。


「ストーカーだよな、わたし」


 だったら最初から、素直に声を掛けておけばよかった。

 まあ暇といえば暇だし、近所をうろうろしてる分には別に構わないけど。

 受験勉強も、焦って始めなきゃならないものでもないし。


 敷渡商店街の大通りや、その裏道などを首をきょろきょろさせて歩き回り、十分ほども経った頃であろうか。

 びっくりして飛び上がりそうになったのは。


 角を曲がった瞬間に、男性たちとぶつかりそうになったのだが、別にそれが理由で飛び上がりそうなほど驚いたわけではない。その男性たちが、予期しろという方が無理なあまりにもぶっ飛んだ服装をしていたためである。


 本革か合成か分からないが黒革のテカテカピカピカした上下、ベルトや腕には鎖がジャラジャラ、鋲付きのプレスレット、銀のドクロがぶら下がったネックレス、真っ白なフェイスペイント、目の周囲には赤や黒で星型やコウモリ。

 金髪のカツラをかぶってる者もいる。

 三人だ。


 老人のように見えるが、実際どうかは分からない。

 顔が分厚く白塗りされているし、ぶつかりそうになったのを避けながら一瞬ですれ違ったからしっかりとは見ていない。

 シワや骨格など、いくら厚く塗ろうとも隠し切れるものではないわけで、それなりの年齢であることは間違いないのだろうが。


「ヘビメタ老人だ……」


 振り返った香奈は、高齢にもかかわらずしゃんと背筋の伸びた彼らの後ろ姿を見ながら、思わず呟いていた。


 しかし、なんだってこんな辺鄙な土地の商店街なんかを歩いているんだ。

 おかげで、驚いたじゃないか。

 ひょっとして、地元のケーブルテレビ番組の企画とか?

 今朝の登校中に、インド人の服装をした日本人の若者を見たけれど、それを遥かに上回る衝撃映像だよ。

 いやあ、ほんと凄いもの見ちゃったぞお。


 さて、


「本屋、行くか」


 ヘビメタ老人ではなく商店街の老人たちを探してウロウロしていたわけだが、いつまで探し続けていてもどうなるものでもないし。

 早く用事を済ませて家に帰って、学校の宿題もやりたいし。


 惣菜屋とコンビニに挟まれたところから、商店街のタイル道へと戻る。

 惣菜屋側に折れて、ほんの何軒か歩けば、「書店のとくしげ」に到着である。


 古臭い外観の建物だ。古臭いというかカビ臭いというか。

 昭和四十年くらいに建てられたまま、まったく改築していないので、当然といえば当然であろうか。

 近代的なものといえば、自動ドアくらいなものだ。それすらも、マットを踏む古いタイプのものだが。


「こんにちはあ」


 香奈は、マットを踏みドアを開け、古臭いカビ臭い店内へと入った。


「こんにちは、香奈ちゃん。欲しいものあったら探すよ」


 レジにいるアゴ髭もじゃもじゃの登山家のような男性はとくしげかずふみさん。五十歳をいくつか過ぎた、ここの現店主で、前店主の娘婿だ。


「参考書、選びにきた。決めているのはあるんだけど、もっといいのないかなあと思って」


 そういいながら、奥へと進む。


「ああそうか、香奈ちゃん来年から高校生だもんな」

「いや、あと一年あるんだけど。でももう、取り掛からないと」


 一番奥の、学習書コーナーへと進む。

 和文さんのお義父さん、元店主のとくしげひで老人が床や本棚の掃除をしているのをよく見るのだが、今日はいないようだ。

 先ほど、商店街の仲間と、野田謙斗と、歩いているのを見たが、まだ戻ってきていないのだろう。お茶を飲んでいるのか散歩しているのかは知らないが。


 香奈は学習書コーナーで、英語の参考書や数学の問題集などを手に取ってぱらぱらめくってみるが、どれもどうにもしっくりこなかった。

 これだと決めていた参考書も、ここには置いていなかった。

 和文さんに伝えたところ、取り寄せが必要とのこと。

 わざわざ売っている本屋を探すのも面倒なので、取り寄せをお願いした。

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