少女よ、あの火は何の火だ?
ここ最近、話題になっていることに対して目撃者からの証言を聞き取り、まとめておきました。
以下が、その内容となります。
証言1 オペレーター
「状況ですか。それは深夜の任務で、異常のないことをモニターで監視していました」
「始め、モニターに映っていたのですが、それが見えたときは見間違いと思いました。だけれども、しばらくして、それは消えていました」
「ええ、保存された映像を見直しましたが……」
証言2 整備員
「格納庫内でも見ました」
「それは基地内部へ進もうとしていました」
「どこから来たのか。そこまでは見てはいません」
「ええ、捕まえようともしました。でも、触れたら消えてなくなりました」
証言3 オペレーター
「同じモニターを見ていたはずの子は見えていなかったですよ」
「基地内部で長い間映し出されたので、調査にも行ってもらったのに、その子も含めて見えた目撃者はなかったようです」
「まったく、不思議なことでした」
証言4 戦闘要員ファミネイ
「あれを見たのは動力室の近くだったかな……いや、あのときはいろいろと、うろついていたからね」
「実際にこの目で見たときはびっくりしたよ。まあ、そのときはちょっと思うところがあったから余計に、びっくりしたんだけどね。日頃なら、この程度のことは日常茶飯……」
「え、そこで何をしようとしていたかって」
「それは……」
また、証言4の以降の内容に関しては別案件として、詳細をまとめてあります。
* 少女よ、あの火は何の火だ? *
-The fire of St. Erasmo-
証言を聞くだけでもバリエーションがあり、少女達の興味を引きそうな内容ではある。
しかし、話題ならないのは根本がいささか地味なためだ。
「……火の玉か」
先の証言も火の玉の目撃談で話としては淡々としたモノであった。
そのため、少女達の話には上がるが、盛り上げには欠く内容だった。
「とはいえ、証言をまとめても、それ以上のことは分からずか」
実害はないとはこの基地を預かる者、ハヤミにとってはここまで目撃があるのに、単なる話題とは片付けるわけにはいかない。
そもそも、敵は荒唐無稽、理解不能、解析不能と馬鹿らしさを挙げればキリはない上に、法則、理屈、学術的に説明できないことも多い存在。
この火の玉だってオカルトじみた話題ではなく、敵、バカピックの仕業と考える方がこの時代では自然である。
「それでターニャ、火の玉に対して何か形跡はないのか」
ターニャ、この基地で技術関係を取りまとめているファミネイである。
その位置づけは他のファミネイとは違ってはいるが、その説明は追い追いということで。
「文字通りの火の玉であれば、火災警報を始めとして、いろいろな機器が動き出すわ。だから、それらに観測はされていない。そして、私自身まだ目にしていない」
ターニャから見ても、現状でも証言以外の証拠がなく、何より自身も見ていないのでは火の玉という古典的なオカルトにすぎなかった。
「そもそも、見たという子と同じ方向を見ていた他の子では見えなかったというわ。これじゃ、霊感を疑った方がまだ現実的ね」
「確かにオカルトじみた話なら、まだ気は楽だな」
まだ、この世界で解明されていないことが多いとはいえ、過去におけるオカルトじみたことは解明されてきた。
火の玉現象は大抵、説明の付く科学現象である。
そうなってくると、オカルトだからと簡単な割り切りもなかなかできないが、精神的には分からないこととあいまって割り切れやすい。
「そう、それなら、私の仕事じゃない」
ターニャからすればそう割り切れば、仕事ではなくなる。
その様子にお互いに笑っている。それは声にも表情にもほとんど出さずに。
* * *
明るい日差しの中、ターニャを始めとして、一同が機器を広げている。
「結局、駆り出されるわけだ」
基地上部、実際は地上。地下で生活する者にとって、もはや地上は異界である。
コンクリートで補修された滑走路は本来の用途も失っているほどに。その周囲には背の高い草が草原のように半ば、自生している。
アキラ自身、ここへ来ることはほとんどない上に、元々の地下暮らしで地上の明るさは未だ慣れていない。
「地上の明かりは、慣れていないと毒よ。これを付けておきなさい」
ターニャからはサングラスが手渡された。自身もサングラスを身につけている。
「ありがとうございます。ターニャ・タチ……」
アキラはいまだ、彼女の下の名前まで出てこなかった。ターニャとは話す機会は多いが、名前で呼ぶ機会は少ないこともあったからだ。ただ、少し変わった名前で、少し長いことは覚えていたのだが。
「ターニャで構わない。フルネームで覚える必要はないわ、変わった名前だし」
ターニャはアキラより少し背が高い程度で、少女達では低い部類である。
その髪は栗色、ブルネットで短くカットされたショートヘヤー。それでいてくせ毛なのか、そういう風にパーマをかけているのか分からない自然体な髪型。
だが、ショートヘヤーのせいで首元には、堂々と機械部品が付けられているのが見えた。それにはコアが付いている。本来、首元のコアは戦闘要員にのみに許された特注品。
それが許されているのはターニャが特別な所以である。
アキラはターニャから手渡されサングラスをかけた。目の前は少し暗くはなったが、それでも太陽からの明かりはかなり軽減される。
「さて、証言からも火の玉の発生は地上から。そして、基地内部にも侵入している」
「つまり、この草原に何かある可能性がある訳ですね」
「少なくとも、何も分からない以上、その可能性をまず潰す必要があるわ」
草原は風を受けて、たなびくだけで隠された何かを示してくれることは、当然ない。
「この基地上部には隠れてはいるけれど、様々な観測機器が存在しているわ。バカピックに対してだけでなく、天気などの観測も行っている」
「それでも何も見つからないのなら、土の中にでも隠れているのですか」
「いや、地震用にも振動計があるから、たとえモグラが土を掘っていても気がつくようになっているわ」
その説明のように今の時代、地下に住む人類には空よりも土の中の方が繊細に監視する必要がある。『穴を掘るウサギすら脅威になる』といった諺があるくらいに。
「おそらく、それはないはずよ……」
機器の用意は完了しており、調べる準備は整えられている。
「では、まずどこから手を付けますか」
アキラはターニャに尋ねた。ここまで準備して、何の考えもなしではないだろうから。
「この草原も良く育ってきているのだから、刈り取りにはいい時期よ」
「そして、私達は肉体労働」
レモアはいつもの気怠い口調で、アキラの後ろから声をかける。
「そっちの準備もできているわね」
ターニャは後ろに位置するレモアにそう声をかける。
アキラにはそのやりとりは理解できても、根本となる会話の内容は分かっていなかった。
レモアを初めとするアキラの部下、3名はターニャの火の玉調査における補助として付けられた。それなのに『草原の刈り取り』というのは、完全に内容と一致していない。
「この周囲に生えるのは雑草ではなく、あらゆる素材として使われる植物よ。通常でも繊維、食材等に。アルミカンを使えばさらにバリエーションを増やせる」
原子レベルに分解して再構築することで様々な形へと変化させる技術、通称アルミカン。
その技術は本来は食料、衣服、住居などの日常にこそ栄える。
「それに基地周辺に広範囲で自生させているから、戦闘で被害に遭っても、損害は大して問題にならないし、その程度やられるほど我ら以上に柔ではない」
元はイネ科の仲間から改良された植物で、その生命力は自然相手でも負けることはなく、不自然に自生を続ける。
「観測機器で役に立たないから、実際に足で、この目で見聞きするしかない」
ターニャは目の前の草原を眺めながら、物思いにふけるかのように間を置き、再び語り出す。
「ひとまず、見通しを良くするためにも、まずは草刈りからね」
ターニャは微笑んで、応えていた。だが、よくよく考えるとサングラス越しの目は何を考えているのか、真意まで読み取るにはアキラには経験不足であった。
* * *
カレンとレモア、ルリカは手作業で植物を刈り続けている。
ただでさえ、背の高い植物で背の低い少女達、ファミネイではその姿が完全に隠れてしまう。
少女達には、この草原もジャングルである。
本来は刈り取りの作業は機械で行うが、今回は火の玉騒動の些細な痕跡も見落とさないためにも手作業で行っている。
その背には銃器も背負ってはいる。
「まったく、体よく使われている気がするわ」
レモアは当然のごとく、ぼやく。
作業ということで、レモアを始めとして本来のボディスーツを完全に隠す上下一体のツナギに身を包んでいる。
その上でレモアはボリュームのある髪を耳と同じぐらいの高さで結って、ポニーテールにしている。一応なりとも、(あくまで作業に対して)万全なスタイルである。
「実際、草刈り自体は任務、1つだから」
カレンは応えつつも、草を刈る。手にしているのはナタである。
ナタといっても、少女達が手にすることでアルミカンを使用でき、その切れ味は常に維持されており、刃こぼれしても修復する。そして、少女達の体力もあいまって、草を刈り取るのに何の抵抗なく切り続けることができる。
「とはいえ、3人で、この広さ、それも手作業よ」
その草原は少女達には背丈だけでなく、広大さ、面積でもジャングルで、とても手作業で刈り取るにはレモアでなくとも天文学的数字に思えて仕方がない。
「観測できていない以上、この草原の中にも何があるか分からないから」
とはいえ、草による観測の誤差は本来、問題はない。
アクティブセンサー、振動計、ソナーなどその他諸々、複合的に解析することで動物はもちろん、その他の異物すら見つけてしまう。
この草原に例え、1粒のダイヤを落としたとしても、見つけることは容易である。
問題はそもそも、火の玉の存在を観測できてないことだ。
「つまり、奴ららしいと」
人類の敵、バカピック。常に堂々と姿を現し、小細工無用での戦闘の方が圧倒的はあるが、しばしば、人類の裏をかき観測機器を無視して素通りすることも決して少なくない。
「奴らも面倒ごとしか起こさないわよね」
「これでも生存を賭けた戦いなのだけれどね」
カレンも自身の発言ながら、これには苦笑いだった。
「ところで、ルリカは」
「反対側をやっているわ」
「あの斧槍は草を刈るのには便利ね」
実際、日頃使い慣れたハルバードは草を切るだけなら、広域で一掃にできる。
だが、素材として有効活用するには根元で切る必要があるため、その長さが逆に作業を阻害する。
ゆえにルリカはこれもアルミカンの応用で柄を短くして手斧にして、草を切り取っている。
「まったく、退屈ね」
ふと、退屈がレモアの頭で愉快へと変換される。そして、カレンとは距離を取り、静かに彼女の作業へと取りかかった。カレンはカレンできっちりと草刈りの作業を続けている。
そして、しばらく会話もなく、当たりは静寂で包まれる。
「わー!」
突然、レモアは声を上げながら、カレンの方へと飛び出してきた。
その姿は頭には草をくくり付けて、体にも部分的にくっつけて、ある種のカモフラージュをしていた。
その様子にカレンは反応を示さない。
「反応が悪いわね」
実際、脅かしたとはいえ、レモアの位置は気配だけでなく、観測機器からも分かっていた。驚くにしても、草で姿を偽装をしていることよりも、もはや仮装でしかない点に驚くぐらいしかない。
そもそも、レモアにとっては、この程度はいつものことで驚くほどではない。
「まあ、このままルリカの方へ静か忍び込んでみるのも面白そうね」
「草と一緒に叩き切られるのじゃないかな」
いつもだったら、そこでもう一言も二言も返すレモアであったが、突然しらけた。
何か理由があったわけではないが、レモアがふと、奇妙な気配を感じたからだ。それはカレンも同じだったようで、不自然なレモアの様子と同じように黙り込んでいた。
「カレン、何か感じた……」
レモアは静かに尋ねた。
「……少し、違和感が」
カレンはそう答えて、再度、双方は黙り込む。
それは確証のない感覚だったが、レモアには少し前にも感じたことがあった。
あのときは少し驚いて、退屈しのぎのイタズラが失敗した上に、その後で大目玉を食らうことになったのだが。
『ターニャ、何かそっちに引っかかった』
レモアは声に出して尋ねるが、実際は少し離れているため通信機器でのやりとりである。それでも音としても、大声で出せば辛うじて聞こえる距離ではあるが。
『貴方達にも観測機器があるのだから、データで送りなさい』
確かにコアには様々な観測機器が備わっている。それはリアルタイムで頭、体にも伝えられる対策としてフィードバックする。その上、記憶としてデータにも残る。
記憶されたデータは再度、正確な検証が可能だというのに確証のない感覚、違和感など本来、少女達ファミネイにはあり得ないことだ。
ただ、そのあり得ない状況だからこそ、ターニャは1つ思い当たる節があった。だが、現状で判断するだけの情報は何もない。
矛盾するが、何もないからこそ思い当たったのだが。
* * *
しらけた雰囲気も薄くなり、沈黙にも耐えかねたレモアはようやく元に調子に戻り始め、口を開き出した。
「とにかく、周囲を調べた方がいいわね」
それでも、状況が状況だけに続く言葉は少ない。そのまま、レモアは黙って歩き始める。カレンも黙り込んで、その後を付いていく。
少女達にとってはジャングルなこの草原もそれは見た目だけの話。
観測機器を持つ少女達には、ジャングルであろう、地下迷宮であろうと迷うこともなければ、未知の場所であっても初めから地図を作り上げることは可能だ。
その観測能力は怪しいモノが近くにあれば、目で見ることなく見分けが付けられる。
だが、その中でカレンは見慣れないモノを目で見つけた。
「これは、野菜……」
草の中に隠れているが、地面には実った野菜が生えていた。
その姿形はカレンには見覚えがなかったが、機器から情報を取り出すことでカボチャだと割り出した。
「これがカボチャか」
「カボチャ……パンプキン味はまだ馴染みがあるけれど。これが、それとはね」
と、少女達特有の馴染みがないものに興味津々である。
「離れろ」
そのやりとりを聞いていた、アキラは叫んだ。
実際に通信越しだけでなく、周囲に声が響く。それは状況を見ていない、ルリカも異常であることを知らせるのにも十分だった。
カレンは素直に言葉に従ったが、レモアは気にしていない。
『野菜ごときに、何を恐れているの』
レモアは心で思ったことを通信でも返した。
それはレモアでなくとも至極、当然な反応だ。
「とにかく、武器を構えろ」
再度、アキラは叫ぶ。普段の雰囲気はなく、指揮者の貫禄が出ている。
大声まで出した、その言葉にはレモアも従うしかない。とはいえ、カボチャ相手に銃器を構える光景は奇妙であるが。
カレンの構えている銃器はいつもの大砲ではなく、ライフルだった。
作業の支障となるため、取り回しの効くライフルにしていた。それでもライフルには爆発系としてグレネードランチャーが追加で装着されていたが。
『草原の中には野菜は生えないから、それは偽物の可能性が高い』
アキラは通信で説明をした。
地上を知らない人間にとって、自然は不可思議であるが、それでもこれは異常なこと。
『その通りよ。その説明はするよりも先にそれを調べなさい』
ターニャもフォローをする。
この草原は自然に任せているだけで、改良された植物で支配され土地。他の植物が入る余地はないようにいろいろと細工されている。
また、背が高い植物で覆われた中で、地面になるカボチャは日光を浴びることを妨害され、その成長を阻害され存在もできない。
本来、あり得ない光景なのだ。
だが、植物である以上、草原の中ではそれを異物という判断するにはきちんとした認識がなければ、あたかも自然となる。
つまりは意図的に偽装された存在だ。
『ルリカ、急ぎ合流を』
アキラは状況の見えていないルリカに指示を出す。
『アキラ、ここはおまえに任せる。必要とあれば、増援も出す』
ハヤミからも通信が入ってくる。
「意外に早く、見つかったわね。とはいえ、分からないことが見つかっただけか」
そう漏らし、ターニャは何の反応もない観測機器を眺めるだけであった。
カボチャと銃器を構えて相まみえて、先ほどの奇妙な感覚でしらけたとはえらい違いだが、これはこれでしらけてしまう。
とはいえ、レモアの体には未だ草を身に付けている。
「撃っちゃう。この話も残り少ないし」
「相変わらず変なことを。まだ、折り返しよ。用心しないと」
よく分からない会話も致し方がない。
いつも以上に荒唐無稽な光景だからだ。
『それでターニャ。カボチャ相手にいつまで、にらめっこさせる気』
カレンとレモアも目の前の存在を冷静に解析することでそれは野菜でなく、偽装された人工物であるとようやく分かってきた。
『明らかにカボチャではないわ。草原で隠れて、その上、表面は偽装していたから分からなかったようね。誰かさんの今のようにね』
ターニャはようやく変化を示したデータから状況を分析と皮肉を交える。
『なら、敵ね。撃っていいわね』
『少なくともそれは本体ではないわ。もう少し様子を見ていて、調べてみないと……』
ターニャはレモアの行動を制止させるが、急ぎ武装を展開したルリカの登場で、相手の方から動くことになった。
地面になっていたカボチャ達はその本性を現し、いつものバカピック特有の目とキザギザ歯の口を開かせた。そして、宙に浮かぶ。
まるでカボチャのお化けだ。
それと同時に正体不明の攻撃が少女達を襲う。単なる押す力で衝撃波に近かったが、問題はこれまた観測されないことだ。
その攻撃でカレンとレモアは吹き飛ばしたが、推進装置の展開しているルリカにとっては支障のないレベル。
そのまま推進力を増して、斧でカボチャを叩き割る。
ルリカは近接戦になると判断したので、ハルバードではなく、取り回しの効く、草を刈っていた斧のままで攻撃を仕掛けている。
この判断は間違いでなかった。
その隙にカレンとレモアは体勢を立て直し、装備している銃器で応戦する。
カボチャ本来の大きさだけに武装を展開しなくとも、その威力は十分である。
また、展開するにしても数十秒はかかり、その間は攻撃の的になりかねないこともある。
だが、カボチャは地面に実っていた分が破壊されても、その茎自体から正体不明の攻撃を繰り出す。
カレンは踏ん張って耐えようとするが、耐え切れそうになかった。レモアは既に耐えることを放棄している。
とはいえ、レモアの選択は合理的で、無理に耐えるメリットがない以上、むしろ正しい。
ルリカはその様子から、敵から距離を取りカレンの踏ん張りをサポートする。
むしろ、こちらも植物の茎が相手である以上、近接、射撃戦で相手するよりも爆発系で一掃する手が有効。ただ、ルリカは手持ちでは持ち合わしていない。
「撃って」
ルリカはカレンを支えながら、そう話しかける。
すぐさま、意図を察知してカレンはグレネードを放ち、茎の中心部を始めとして周囲ごと吹き飛ばした。
正体不明の攻撃から解放されたが、未だその詳細は正体不明。
そして、吹き飛ばされたままのレモアも起き上がる。
「やはり、爆発しないか」
ルリカが語った通り、爆発は起こらなかった。確かにサイズから、これが本体でないことは推測できていた。
それにしても、グレネードの爆発以外には周囲に影響はなかった。
バカピックの場合、破壊によって爆発すると四方の空間を収束させ、空間ごと切り取る。それもそれで派手なさまであるが。
しかし、それが起こらない以上、バカピックは倒していないことになる。では、これがバカピックではない可能性は。
「間違いなく、この構造はバカピックね」
破壊された残骸、相も変わらずよく分からない機械で構成されている。
また、バカピック以外の侵略者は見たことない。もし、別に存在するのならこんな回りくどい無駄な手でやってこないだろう。
ともかく、動力を供給している本体は未だ健在。
「根っこ……」
爆発によって、地面が掘り起こされたことで、カレンは土の中に配管らしきモノが走っていることを見つけた。
これが植物同様、栄養を送る管だとしたら。
『本体は地下にいるのでは』
カレンは通信越しでも、叫んで知らせた。
* * *
ハヤミも爆発がしなかった点、地下、火の玉騒動からある答えにたどり着いた。
「動力室だ」
そう、ハヤミは敵の目的は動力室と結論付けた。そこを壊されれば、それだけで基地の機能はすべて崩壊する。
「レモアの証言もそうだが、敵が地下にいるのなら、この状況で狙うのはそこしかないだろう。奴らは地下から動力室を狙っていたのだ」
無駄に危機を
「……とにかく、ピンチだ」
ここ最近は隣にアキラがいたから、このノリでも反応があったから、まだ照れ隠しを入れる必要はなかった。
とはいえ、通信越しではアキラにも事の重大さは伝わっている。
そして、次に何をするかを周りに命令を下す。
「至急、削岩機か、いや大型のドリルを準備して、動力室へ迎え。壁を壊す程度の小さいモノでは駄目だ。ドリルでバカピックを壊すことに、なるかもしれないからな。大きくていい」
この命令によって、基地内は慌ただしく動き始める。
「アキラ、ターニャ、地下の存在はこちらで対処する。お前達は地上から振動やエネルギー源などから、バカピックの正確な位置を割り出せ」
その言葉にターニャはすぐさま反応をする。
『モグラすら見つけ出す機器でも、引っかからない相手にどうするの』
先ほどから様々な観測機器を持ち出していても何1つ、観測できないターニャにとっては、幾ら命令であっても泣き言しかいえない。
ターニャは決してネガティブなキャラではないが、ここまでいい所なしでお荷物な展開。それで分かりもしないことを調べろとは誰であっても、泣き言しかいえないのも無理はない。
「とにかく、お前の仕事だ。いいからやるのだ」
ハヤミにしても、心情は分かるがそんなことを言っていられる状態ではない。同情の言葉などかけることなく、ただ、命令するしかない。
* * *
アキラはそんなターニャの様子を見て、自分でも手を考え始める。
ひとまず、確実に地下にいる根拠である根っこを調べるのが先決だろう。
『カレン、根っこらしきモノから何か分かるか』
アキラは通信で尋ねる。
そう言われて、カレンは根っこを触れてみる。
こちらの動向がばれているのに、そういう機構なのか隠すことのない根っこは見た目だけでは地下に深く埋まっていることは明らかだ。
そして、その根っこである配管から、観測機器を使い相手を探すことはできそうだった。
『とにかく、根っこから探ってみます』
カレンはあまり自信はなかったが、今の状況では勢いよく応えるしかなかった。
「ここはカレンの根っこが調査が頼りね」
逆にターニャは完全にあきらめモードである。
自身よりも経験豊富なターニャがさじを投げているのに、アキラにそれを超える考えが思いつくはずがない。だから、アキラは逆に道筋を立てることにした。
どこにいるか分からない相手を探すのではなく、それを見つける方法。
そもそも、いるか分からないが、いるだろうとする状況。そして、そこから推測される相手の目的。それを証明する手立てがあればいいはず。では、その方法は……。
と、やはりアキラでも考えはまとまらない。
しかし、今考えていたその中で、あることに1つ引っかかりがあった。
「……逆に動力室を目指していることを証明できませんか」
アキラのその提案にターニャはひらめくというか、はっとさせられる。
「そうね」
そして、それを起点にターニャの中で方法の道筋が立てられていく。
「そうだ。動力室を目指していれば、その近くに何か違いがあるはず。今は、それを調べればいい」
ノリに乗ったターニャは勢いよく、観測機器を前にしてデータの処理に入る。
「とにかく、この点だけをとにかく観測して、カレンの情報とも照らし合わして、何かは出てくるのは間違いない」
先ほどまでのネガティブはなくなり、ターニャ本来のアクティブさを取り戻した。
こうなれば、アキラの出番は終わり、後はいつも通り少女達を信じればいいだけになる。
* * *
そんなこんなでデータが急ぎまとまり、相手の位置を割り出せた。
「位置が分かりました」
ハヤミはモニターに映し出された情報を眺めて、少し焦りを覚える。
動力室から200メートルの距離。人間の足でも、あっという間に到着する距離である。
だが、そのわずかであり、発見されているというのに相手は速度を上げることなく、微速で進んでいるのが、まだ救いではあった。
「……近いな」
相手の出方は気になるが、悠長に気にしている場合ではない。
とにかく、敵を迎撃するしかない。
「気にすることはない、その位置にドリルを使え。派手にやって見せろ」
その言葉はファミネイを本気にさせる。
ともあれ、少女達は派手とかそういう言葉は好きである。
* * *
その言葉を聞いて、動力室で巨大なドリルを準備していた少女達は送られた座標に向けてドリルを進めていく。
バカピックに対抗するためと素早く進められるよう、ドリルは自走式でその回転部自体は直径3メートル。どんな壁や岩盤も平然と進められる強度を誇る。
その巨大なドリルは勢いよく動力室の壁を壊し、豪快な音を立ていく。うるさく音を立てているが、日頃できないその音に、少女達は興奮をし始める。
興奮から、派手さをさらに増すためにもドリルの回転、速度を上げていく。
それでも、アルミカンで管理させおり、出力を上げたことによるリスクは管理されており、オーバーヒートや刃こぼれは起こされることはない。
豪快に土を掘り起こしていく中で、目的のバカピックが顔を出す。そこにいたのは白い色をしたバカピック。大きさはいささか小型でこちらも3メートル程度ではあるが、地上へと伸びる配管があるためそれを含めれば、かなり巨大な部類。
しかし、その姿形を調べるのが目的ではない。破壊が目的。
後はドリルで相手ごと、全力を掘り進めるだけだ。
もっとも、進んでいったドリルはバカピックの爆発ともに消えることになったが。
エピローグ
この騒動の決着で、一応の安心は得たが、他に隠れていないかと草原の調査、破壊された正体不明のバカピックの調査、派手に壊した壁の修復等々と気の休まるまではいささか時間がかかった。
一番の問題は観測できない相手、まるでゴーストの対応に急ぎ、力を入れられた。
そして、一応の結果がアキラを初めとするハヤミに報告が入ってきた。
「カボチャに白いお化けか」
ハヤミはバカピックの外観に毎度馬鹿らしさを感じてしまう。とはいえ、外観以上に正体不明なお化けな性能には敵ながら、頭が下がるのだが。
「おそらく、お化けでは間違いないでしょうが、地下にお化けは出ません。出てくるのは死んだ死体が地下から地上です」
ターニャは皮肉めいて語る。そして、そんな皮肉もそこそこに続きを語り始める。
「本体表面には野菜に似た構造を身にまとっていました。外観だけでなく、これにより観測を阻害したのでしょう」
「白い方もか」
「ええ、それから考えて、今回のバカピックのモチーフはおそらくカブです」
「また、野菜か」
ハヤミはまたまた馬鹿らしい結果に頭を抱える。だが、その答えにアキラは冷静にもある点に気がついた。
「完全にジャック・オ・ランタンですね」
アキラはそう答えた。
「どうして、そこでカブが出てくるのだ」
ハヤミは尋ねてきた。ハヤミもジャック・オ・ランタンがカボチャのお化けであることは知っているが、カブとの関係まで知らない。
「元々の由来はカブなんですよ。カボチャはカブの代用で、逆に主流になったんですよ」
「そうか」
ハヤミは納得して、それ以上語ることはなかった。だが、アキラは続けて語る。
「ここまで忠実にモチーフとしているのは、バカピックは我々の命名のルールを完全に理解しているのでしょうか」
アキラの披露したのは雑学じみた知識であるが、その雑学を人類よりも敵は熟知していることになる。
「まあ、奴らも高度な存在である以上、こちらのデータは生活、風俗まで含め理解しているということか。しかし言っていて、馬鹿らしくなるな」
その会話に一区切り付いたことでターニャは報告を再開させる。
「ひとまず、今回のケースで植物に対しても観測の範囲を広げることにしました。そして、地下からの侵入に対しても土壌成分の変化を見ることで対応します。恐らく、今回のケースには対応できるかと思います」
「その対応策は都市にも至急、連絡を」
「既に連絡済みです」
とはいえ、毎度のことながら一番の疑問は都市を守る基地を先に攻める理由である。
今回のように、人知れず地下から侵入するなら都市の方が多くの被害を与えることができる。
また、今回は運良く迎撃できただけに、このように裏をかく手を使えば、とうの昔に基地など落とせたはずである。
敵、バカピックの目的が単純に人類滅亡、世界征服などではないのだろう。そんなことはいつでも可能なのだから。だとしたら、逆にこうまでする理由とは何か。
まるでお化けのように人類を脅かすだけというのであれば、ただただ馬鹿らしいだけだ。
そう思いながら、ハヤミは今回の騒動を知るきっかけとなった、火の玉の件を尋ねる。
「それで火の玉の方は何か分かったか」
「『セントエルモの火』をご存じですが」
聞き慣れない言葉に、ハヤミもアキラも首をかしげる。
「船舶に現れる火の玉で、その神秘的な現象は古代から多くの文献に出てきますが、科学的に解明されるにはそれから千年以上先になりますが」
「それがどうした」
ターニャにしては回りくどい台詞だけに意図がつかめない。むしろ、ターニャも同様な気持ちである。
意図がつかめていないからこそ、回りくどくなる。
「同様かと思いまして、我々がその現象は知っていても、未だ解明されていないモノを奴らはそれを利用していたのではないかと。恐らく、宇宙由来の事象、『ソフ』です」
『ソフ』、それを知る人類は今どれだけいるだろうか。そして、宇宙もだ。
空を奪われ、その上である宇宙すら奪われている。『セントエルモの火』にしても、大気の事象なのに、宇宙の事象を知る者など限られている。
また、太古から続く『セントエルモの火』に対して、最近発見された『ソフ』を知るというのも、どうであろうか。
どうであれ、今の人類にはどちらも無縁なことになってしまった。
「そちらは懐かしい言葉だな」
ハヤミはそう声を漏らし、アキラは理解できてない。
ターニャにしても、先日までは言葉と概要だけでしか知らなかったことである。
「ソフは観測できないが感じることのできる宇宙に吹く風のことです。一説にはダークマターの揺らぎとも、重力レンズが起因とも、タダの勘違いとも言われています。だが、宇宙を追われた我々にはもはや、感じることのできない存在ですが」
ターニャの説明の通り、宇宙に吹く風とはいわれているが、その影響は単なる身体的な勘違いだけでなく、直進する光を曲がることやワープ時にわずかな誤差を与えるなど宇宙生活時の人類には多少悩ませた存在であり、解明できなかった現象である。
宇宙時代の言葉だけに名の由来は忘れ去れているが、「風を感じる秘密」をアルファベット由来の言葉で表した、SoFU(ソフ)、漢字を由来とした「虚空風」が転じた空風からソフと読んだとする説が有力な諸説である。
どちらにしろ、人類が宇宙にいたときの解明できなかった現象である。
「恐らく、ソフを媒体、もしくはそれに準ずるモノを使い基地内部を調査していた。この原理は不明ですし、奴らがこれでどこまで調べられたかは分かりません。ただ、目撃談から考えれば、効率は悪かったのは間違いないですが」
「なるほど、電波や音波の要領で、ソフいや、火の玉を観測機器の媒体にしていたのか」
「奴らがそれを利用したのなら、我々が観測できないのも理解できます。また、感じ取っている者もいる以上はその可能性はあると思います」
観測できないが、人の身では感じることができる矛盾したようで、原始的な感覚が頼りとは皮肉である。
「そもそも、我々に観測できないモノを使うのは、普通の戦術です。奴らにしてはユニークさは欠けていますが、脅威としては御覧の結果です」
地下を掘って潜っていること自体はこの際、無視である。そもそも、地下からの侵入は決して珍しい手ではないことだし。
「ソフの観測は未だできませんが、地下からの侵入では対策できましたので、ひとまずは安心はできるかと思います。また、これに関しては現在も調査、解明を続けております。分かり次第、対策を打っていきたいと思います」
「そうか」
ハヤミはその言葉にひとまず、安堵を覚えた。
「しかし、地下から、そんな効率の悪い芸風で動力室を探り当てていたとは。隠密の割には労力は割が合っていないような気がするな」
ハヤミは安堵したせいか、バカピックの馬鹿らしさに笑っていた。
だが、ターニャはその様子に一言を付け加える。
「奴らは決して成長という点を捨ててはいません。確かに無駄な努力と笑い飛ばすことはできますが、それを無視してしまえば、人類は滅亡するだけです」
ハヤミはその一言にひどく揺さぶられる。確かに何度なく、経験してきたことだから。
「今までと同じという考えは、常々危険ではあります。我々も無駄な努力でもしなければ、この状況を逆転まで到底、持って行くことはできません」
ターニャの発言は司令に対してズバズバと苦言を建前も関係なく語っている。別にそのことをハヤミも怒ることも反論することもなく、素直に聞いている。
ターニャの力関係がここでも特殊を示している。
「……改めて、肝に銘じよう。何度と苦汁を飲まされたことだが、あいつらの馬鹿らしさに付き合っていると、そのことをいつも忘れてしまう」
その光景は見ていたアキラは何か言いたげであった。
「どうした、遠慮はいらない発言してみろ」
「今回のバカピックはお化けみたいな存在でしたが……」
次の言葉を出すまでにアキラは少しの時間を使って、言葉を続けさせた。
「ちなみに聞くのですが、我々人類は本当の幽霊を観測できるのでしょうか」
純粋に聞いてきたアキラに、今まで無理に大人ぶった感覚はなく、ようやく年相応な態度を見せていた。
そんな様子にターニャは言葉が詰まった。
ただ、ありふれた言葉で答えてはいけないと感じたからだ。とはいえ、その思いだけで言葉が出てくるわけでもない。
「まあ、無理だな」
身も蓋もない答えをハヤミが先に答えていた。だが、唖然とする前に言葉は続けていた。
「しかし、幽霊を観測できていれば、今回の騒動がここまで大事にはならなかったかもしれないな。ともあれ、我々はまだまだ知ることは多い訳だ」
そして、続けてこうも語る。
「とはいえ、こんな無駄な努力もたまには必要かもしれないが」
ハヤミもアキラも、そして、ターニャもその言葉に笑い出していた。
(初出掲載 2018年12月)
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