ミノタウロスの首
ミノタウロスの首がある。
もっとも、神話の存在ではなく、人類の敵バカピックのモノだ。とはいえ、人類の敵という点では、奇しくも共通しているのだが。
ただ、バカピックのミノタウロスは少々、いつもとは違っている。
「『これを解析して武器にできないか』って」
その発言を聞いて、ターニャはいささか嫌な顔をする。
そんな言葉で返された発言者であるアキラは至って純粋で、顔を崩さない。
「確かにバカピック解明のためにも、部品単位からリバースエンジニアリングは初接触から今日まで、やり続けてはいることよ」
バカピックはその動力、タキオンエンジンによって破壊とともに消滅する。
それでも、体の一部は残り、そこからも解析は進められている。もっとも、タキオンエンジンは消滅により未だ、その動力原理が確実化されていない人類にとって未知の存在である。
「確かに、こうも堂々と首を初めとして各所が手に入ることは珍しいわ」
簡素化したデザインが売りのバカピックにしては珍しく、ミノタウロスは人型で3メートル強の神話通りの姿をしている。ただ、その目はコミカルな半円の怒り目ではあるが。
先ほどの戦闘の成果として、このミノタウロスの首を始めとして残骸が格納庫へと運ばれ来たところだ。
当然、心臓部である、胴体はタキオンエンジンとともに消失しているが。
今、その残骸を目の前にして、今後の扱いに関して打ち合わせをしている中で、アキラが話に入ってきたわけである。
「これらで武器にすることは理想的だけれど、問題はそれが未だ実現できてないことよ」
多くのバカピックの残骸と長い時間をかけて解析しているのに、得たモノは少ない。
むしろ、喉から手が出る未知の技術、情報であるのに解析がほとんど進まず、今では解析自体が時間の無駄とさえ言われる節もある。
「一番の原因はタキオンエンジンから生み出されたエネルギー源が未だ分からないから、これらの残骸は効率よく動かせないのよ」
機械的な構造は分解で分かるが、動力だけは分からない以上、代用も用意できない。
「その昔、ゴーレムの腕をそのまま流用して、動力としてひとまずコアに繋げて、擬似的にエネルギー弾を何とか撃てるようにした。けれども、威力は出ず、そもそも、奴らとはその力は別物で、その別物すら解明に困難を極めた。むしろ、その結果が特殊な力場の開発に繋がり、今のファミネイ達にも生かされているわ」
ファミネイが自身よりも巨大な武器を持ち上げる力、バカピックの攻撃から身を守る力等、これら目に見えない力場の原理は本来はバカピックに由来する技術である。
もっとも、バカピックの方は強力な攻撃に対して、ほぼエネルギーを逆転して無効化する術を持っている。これは攻撃としても防御としても有効な技術なため、全力を持って未だ調べているが、完全には分かってはいない。
ただ、エネルギーの逆転によって無効化されることは判明しているため、これも虚数であるタキオンエンジンの応用とされている。
「ここにもミノタウロスの手足の残骸はあるけれど、コアで擬似的にエネルギー源を供給しても、奴らのパワーの半分も出せないでしょうね。恐らく、タキオンエンジンが無限のエネルギーがあるからこそ、それほど強大なパワーを引き出しているとの考えもあるから、駆動実験の失敗も無理もないことかもしれないわ」
手足の駆動でさえ、一応は成功はしているモノの人間の腕力でさえ負けてしまうような低出力で動くのがようやくという結果である。
この例から仮説として、ターニャがいうようにタキオンエンジンによる高出力のエネルギーで各機構を動作させているモノがある。
過去の例でも、基地で使われる全エネルギーを使ってのバカピックの機構を動かすテストが行われた。
それなりの動作には成功はしている。しかし、負荷がかかったことで基地機能が一時的に麻痺したため、この実験は現在は中止されている。
そのため、この仮説はほぼ正しいが、検証するだけのエネルギーを今の人類には余裕がないと結論付けられている。
人類からすれば、無駄使いもいいどころである。
とにかく、これらからもバカピックの解明にはタキオンエンジンの回収が急務として、今日にまで至る。
「ということで、タキオンエンジン無しでは解析が進まないのが現状よ」
「では、タキオンエンジンを回収する術はないと」
すぐさま入れられる、アキラの鋭い突っ込みは、ターニャに嫌な顔をさせる。
「その通りよ」
あっさりと、ターニャは認める。
バカピックの解析とともに、対策案も講じられ戦闘だけでなく、捕獲の方法も長年研究されいる。ターニャ自身も過去からの知識を元に現時点でも、その研究に携わっている。
それでも未だできない理由は単純。
「生け捕りをした所でワープをするバカピックをどうやって保管するの。かの脱出王フーディーニだって、このトリックは暴くことはできないわ」
アキラにはフーディーニという人物が何者か分からなかったが、その苦悩は何となく理解した。
ターニャにしてもフーディーニなる人物をよくは知らない。ただ、奇術師で脱出を得意とした人物という知識がある程度。そもそも、奇術など見たことはないから、書物から得た知識でしかないが。
ともあれ、バカピックが持つワープという壁抜け対策を手始めにしないと捕獲は始まらないわけである。そもそも、壁の強度ですら確保できるかが怪しいモノである。
「とにかく、分からないモノを解析して武器を作れた例はほとんどなく。できたとしてもあくまで実験検証用が精一杯。せめて、タキオンエンジンでもあれば考えてもいいわ」
それなのに、アキラの顔は諦めていない。
「できないにしても、些細なことでも分かれば助けになると思うのです」
「確かに胴体を除けばほぼ完璧にある原型があるから、それができないかという気持ちは分かるけれど、その胴体がないのよ」
何度もいうようだが、タキオンエンジンがある胴体は特有の爆発によって消失している。
この議論はメインパーツであるタキオンエンジンがなければ無駄と考えるターニャと、大方パーツが存在するゆえに完品と同等と思う、アキラの主観の対立である。
ある種では同じ考えではあるが根本が違っており、そこを詰めないことには話は平行線のままである。
「まあ、いいわ。アキラ、貴方はこのミノタウロスの首にどれほどの価値を見ているの」
ターニャにしても、相手の折れない意志を持つ以上はそこを理解なり、納得してもらう必要がある。
何せ、相手はどうであれ初心者、こちらが専門家である以上はそこはフォローするのが妥当と判断した。
そして、アキラは先の戦闘からミノタウロスにおける分析を語り出す。
「他のバカピックと違い、一撃のダメージはまだ軽微であっても、連携、手数で無視できないほどの損害を出している。その装甲やパワーもさることながら、遊びがなく淡々と戦闘をこなしていた。それは出現した個数もあるにしても、モニター越しで見ていても心配でならなかった」
「確かに着目は正しい。ミノタウロスはバカピックの分類でも特殊なタイプよ。その特徴とする点、貴方は何と見るかしら」
アキラが今述べたことでも、その特徴を言い表してはいる。だが、ターニャは要点にまめて、語れるかと試しているのだ。
アキラもその意図を読み、少し考えて言葉をまとめる。
「小型で人型。それは従来のバカピックと違い、ファミネイとの白兵戦しか想定していない。自分は今回が初めて見たけれど、データからもその出現数は十数体程度。偵察などの小競り合いなどではなく、明らかな戦術的意図が感じられる。また、今回の戦闘結果でも、以前のモノを含めても、一定の被害を出している」
アキラは答えた。ただ、戦闘を見ているだけでなく、きちんと理解している。
その上で戦況とファミネイ達を心配しているのだから、副司令としては十分な仕事をしているだろう。それなりに経験を積んだということか。
このミノタウロスの首にしても、つい先ほど少女達、ファミネイの損害を出して獲得した戦利品。首が戦利品というには物騒ではあるが。
ちなみに今回、このように数々の部品を得られたのは、ミノタウロスは人型であり、その戦力を欠くのに手、足、そして、頭部の破壊から行ったからである。
通常でも、部品回収、戦力ダウンもかねて部位を破壊することは対バカピック戦術としてはメジャーである。
そのため、今回のミノタウロス戦では胴体以外のパーツがほぼ揃っているが、それはそれぞれ別の個体からの獲得品である。
そして、今もその戦闘で負傷した少女達の治療が行われている。
「正解ね。ただ、それは見た目上の話、分からないなりに解析した機能面も含めていえば、さらに特殊性が分かるわ」
ターニャはそういって語り始める。
「まずはワイバーンによる運搬。運搬用に適した格納性も含めて、ここにも小型化の意味を持つ。また、小型化はメリットだけでなく、弊害としてバカピック特有の機能がカットされていると思われる。恐らく、ワープはできないわ」
ミノタウロスの出現はワイバーンの翼に搭載して卵状のカプセルを投下することでやってくる。しかも、1機のワイバーンで4体のミノタウロスが搭載されている。
また、バカピックの十八番であるワープが使えないことは装甲の強度等でも分析された結果である。では、運搬時のワープにどう対応するか。
それはカプセルの装甲に使われる外殻が保護している。その後、カプセルの装甲はミノタウロスの鎧としても使われている無駄のなさである。
「少し質問です。ワープできないのであれば、捕獲はできるのではないですか」
「いい質問ね」
先ほども話に出たが、捕獲できない理由である。単純にその対策はワープができていない個体がいるのであれば、それを狙えば問題ないことになる。
「逆にワープはできなくとも、ワイバーンで運搬を補うよう、捕まえても誰かが助ければいいだけの話。ワープのできない個体は過去からいて、それらを捕獲したけれど、妨害と救出されていった。恐らく、救援信号でも出しているのね。ワープ対策の他にも救援信号を無効化させることも必要だった訳」
バカピックは奇なる存在でも、決して間抜けではない。
ただ、間抜けであれば考えられる手で十分、事は足りていたはずだ。だが、あらゆる手を使っても、それらはできていない。
荒唐無稽な存在でも、隙のないように考えられている。
「例えるのなら、脱出マジックは素人であっても、奇術師の手助けがあれば簡単にできてしまうようなモノよ」
ここでも奇術師の話である。
「さて、話を戻すと小型による戦力不足を補うための多数による運用。これは知らないでしょうけれど、歴史的にはミノタウロスは新しいタイプで、小型、多数であることからも対ファミネイ用に作られたと考えられている」
つまり、この小型化は決してコストダウンが目的ではなく、こちらの特性に合わせた必要性で作られたモノと推測とされている。
昔のバカピック戦は5メートル強の戦闘用ロボットで対応されていた。それが紆余曲折でいまのファミネイが巨大な武器で戦うスタイルになっていった。
「一言で言えば、必要性が生み出した完全な脅威。そして、その裏返しは奴ら特有のユニークさを持ち合わせてはいない工業製品」
バカピックの名前の由来は『いかれた愉快な知性体』とされている。それは見た目や行動によるモノだ。
だが、ミノタウロスの行動は機械のように、ただ敵側に損害を与えるための存在。完全に自立した兵器であり、多数であることからも単純な量産品。
「まったく、大量にいることを除けば、神話同様の人食い怪物よ」
こう外見の特徴だけを語り合っても、もはやバカピックと呼ぶには抵抗があるレベルになってくる。
それはアキラも脅威と感じていたことが、実際に言葉にすることでさらに脅威が増す。
「それに武器といっても、このミノタウロスは口から炎を出すだけよ。後は怪力は危険だけれど、火を放つ程度の単純な武器なら、原始時代から存在していてもおかしくない。この原子構成を変えられるナノテクノロジー時代を超えた今では、それだけの機能は必要とはしないわ」
そして、アキラの返答を待つことなく、次の話題へと移る。
「それに、これらの装甲は貴重な宇宙由来の素材。今の私達には宇宙素材を手に入れる機会はバカピックの残骸を利用するしかない。悲しいことにね」
元々、人類はその活動圏を宇宙まで広げていた。当然、それを支える技術には宇宙由来の素材も活用されていた。
だが、地下まで押し込まれた人類にはそれらの素材を獲得する方法がバカピックから奪うとは皮肉である。
それらを語りは尽くしたのか、ターニャはしばし黙った。
それに押されたのか、アキラは黙っている。そして、ターニャはダメ押しを入れる。
「とにかく、解析もさることながら、素材としても活用することは大事なのよ」
確かにターニャの意見もアキラには十分に理解できた。それでもアキラは諦めていない。だから、ターニャに対してこう答えた。
「それでも、それ自体は武器となるのでは」
ターニャはここに来ても、アキラがその考えを変えないことに違和感を抱いた。見た目通りの子供のようでも、頭では物分かりが良く、正しく現状を理解しているのに、なぜそう言い切るのか。
このミノタウロスの脅威にも自身の考えと説明で十分理解できたように、先ほどの説明でも武器にする効果も少ないことは十分に理解しているだろうに。
ターニャはそう考えたとき、アキラの本心がようやく分かった。
「……貴方はこの首ではなく、これ自体を武器にしたいのね」
アキラはその言葉に小さくうなずく。
つまり、ミノタウロスの首にある炎を出す機構ではなく。アキラはこれ自体、この脅威に満ちたミノタウロス自身をバカピック同様に武器にできないのかと相談していたのである。
それなら、この状態でも難しい話ではない。
「だが、それは……」
ターニャは言葉を詰まらせる。心の中で、『危険な考え』であると思ったからだ。
バカピックのせいで今の人類は自立した機械を毛嫌う傾向がある。人工生命であるファミネイを使うのもそういった側面もある。
この発想はそういった背景を知らない若者だけが許されるモノである。
「ファミネイを犠牲にするよりは合理的では」
アキラの考えはこの議論の始まる前から、ターニャとは交わっていなかった。
それは仕方がない。異性であり、人間とファミネイ、新人とベテラン、管理職に技術者とこれほどの違いがある中で初めから交わることなどありえない。
そもそも、その脅威を見て、理解していたのに、ただ武器にしたいという発想はあり得ない。武器ではなく、兵器として見ているのに。
そして、その発想はファミネイを守るため。
着目点は悪くはないが、その思想は今の時代とは合ってはいない。
ともあれ、ターニャにとってこの後も議論を続けてアキラと考えを交えるのは危険である。下手をすると人間とファミネイの関係に関わりかねない。
「取りあえず、善処するわ」
ターニャは平静を装って、そう言い切った。とにかく、早くこの場を終わらせるためにはこの手に限るからだ。
別にターニャは保守とかそんな考えはない。むしろ、ファミネイである以上楽しいことが好きだ。
それでも組織に属する存在で、なおかつ、各部署の間に立たされる技術者。多少のしがらみは常につきまとう身分。多少の処世術もスキルの1つである。
「無理にとはいいません。多少、今後の戦闘の軽減になる何かができればいいのですが」
優しい考えである。
それでも、ターニャもアキラのそんな期待に少しでも
とはいえ、適当なモノで誤魔化せねばとも考えていた。今後もこのような期待してくるから、期待を裏切らない程度の失敗作で無理なことを納得してもらう必要があるからだ。
「あと、ハヤミの方も同意見なの」
これほどの考え、ハヤミも聞いていればもっと違う展開になることはターニャは経験的に知っていた。
「いえ、特に話していませんが。先ほどの戦闘を見ていて、これは使えないかと思ったので」
「まあ、そうよね」
恐らく、ハヤミはその考え自体は否定はしないだろう。
ハヤミは組織に所属する人間でありながら、世捨て人。
保守、革新などの考えはない。むしろ、ファミネイの楽しいこと好きとは逆で無気力、無関心、無責任といった具合だ。だが、それでも考えることは飛んでいる。
それにハヤミがこの考えを聞けば、人類にとってのミノタウロスはファミネイといえるかもしれないと話すことだろう。
「あの人はもっと、とんでもないことを言ってくる。それに比べれば、貴方の方がまだ良心的で助かるわ。まあ、期待しないで待っていて」
ターニャがそう言うと、アキラが満足したのか、その場から立ち去っていた。
アキラが去った瞬間、ターニャは無意識にため息が出た。そして、ターニャは思った。今後、ハヤミよりも厄介になるであろうアキラの成長を。
(初出掲載 2018年12月)
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