look up at the sky -空を見上げた、日-
少女達が噂をしている。
それは話していない内容なのに、わずかな内容が尾ひれが付いて噂になったのだろう。
少女達は甘い物、香りの良い物、それに綺麗なモノを好む。
それは噂も同じことである。
少女達は人類の親しき隣人、『ファミネイ』。
人類が作り出した、人工生命体。
ファミネイの大半が小柄な女性である。だが、その理由は忘れてしまうほどに、そういうモノだとして、今を共存している。
PART 1 出会い
地下鉄のホームで到着を待つ男性と、その横に女性の2人組。
だけれども、ここは一般には使われていない場所でもあるのにもかかわらず、彼ら以外にも周りからは賑やかな声が聞こえてくる。
「……しかし、何だ」
男はそうつぶやく。実際、男が一緒に連れてきたのは秘書であるシノだけのはずだったが、少し距離を置いて周りには暇を持て余した少女達が周りを囲んでいた。
「やはり、出迎えに来て正解だったか」
男は少女達と比較するまでもなく、大柄で、顔にも年が
それでも、晴れの日である以上、普段はあまりそらないヒゲをそり、髪もセットしてきた。いつもはだらしなくしているが、それに比べればいくらか若くは見え、威厳も多少増している。
男の名はハヤミといい、明るい茶系のスーツを着込んでいる。だが、日頃スーツの手入れをしていないせいで、所々でシワが目立っている。
「よろしいのでしょうか」
秘書であるシノが尋ねてくる。
「非番の連中だろう。なら、問題はない。だが、いくらかサボりもいるだろうが……」
そんな会話が聞こえているのか、少女達はここに来るモノをハヤミ以上に待ち望んでいた。
「まあ、構わん。いつものことだ」
そう、心の中にも言いつけるように小声でつぶやく。
奥から光と音が聞こえてきた。どうやら、お望みの電車が来たようだ。
「到着したようだな。お前達、粗相のないように」
ハヤミは威厳ある声で周りに伝えた。もはや、ここにいる者達をこのイベントへの参加者にする以外、この場を収める方法がないことをハヤミは知っていた。
少女達も喜んで答えた。
そして、ホームには電車が到達した。
その中から降りてきたのは、1人の少年だった。少年は周りの光景に驚く。予想もしていないほど、人が一杯いるからだ。それはハヤミも同じであった。
「こちらに配属されました、アキラです。よろしくお願いいたします」
少年、アキラは電車から降りるやいなや、精一杯、大人ぶって目の前のハヤミにそう答えた。
とうの昔に大人になったハヤミはこのことは聞いていたことだが、改めて、その容姿に驚いた。
周りの小柄な少女達よりも少し大きいだけで、あどけなさが残る顔立ち。むしろ、男性らしさ、女性らしさを両方持ち合わせて、まだ思春期前のような角のない丸みある体。それにここの少女達には受けがいい顔をしている。
だが、ハヤミにはこのような歳の子を送り出してきた都市の考えには、久しく忘れていた怒りすら覚えてくる。
それでも、ハヤミは非情でなければならない。
「貴公を歓迎する」
それがハヤミにとっての大人な対応であった。
「さて、こんなホームでの立ち話は何だ。続きは私の部屋で歓迎会といったほどではないが、軽くつまみながら話をしようじゃないか」
アキラよりも先に気が抜けたのは、ハヤミの方だった。日頃から、堅苦しいことが苦手なハヤミには先ほどの言葉で、この場面から解放されたと感じていた。
それを見ているアキラには余計に何事かと思い、緊張を続かせていた。
「後、お前達。電車内の荷物を始末しておけよ。そのぐらいの役得はあっただろう」
ハヤミは集まった観客に対して、そう命令をした。周囲からは不平を漏らす声をあがるが、さすがにサボりまでいる状況では反論まではできなかった。
電車にはアキラ以外はいなかった。ただ、それでも様々な荷物が電車内には積まれていた。それを降ろしていくことになるのは、ここにいた少女達であった。
* * *
地下鉄から続く通路は代わり映えがなく、本来あるべき境界線の駅すら見当たらないまま、道を歩み続けていた。
その理由はここが一般に使われない場所だからだ。
「せっかく、都市から出てきたというのに辺境の地でその上、代わり映えのしない場所ですまないな」
ハヤミがそう語りかけてきた。
「その代わり、そのうち都市にはない綺麗な夜空でも見せてやろう。そのぐらいしかない場所だからな」
そう話していると、目的の場所に着いたらしくハヤミはドアの前で立ち止まった。
「まあ、気にせず入ってくれ」
ハヤミは自ら開けた部屋へとアキラを招き入れる。
部屋の中には3人の少女達が既に立っていた。そして、少女達は皆同じ、形式だった模様のあるマントを羽織っている。
「あまり、自分は形式にはこだわってはいないが、ここは初めてでもあるから正式な流れを取っていこう。まあ、多少はアドリブや自己流になるから、緊張はしなくてもいいぞ」
ハヤミはそうは言いつつも口調は軽く、話している内容も無茶苦茶であった。
「シノ。飲み物とお茶請けを用意しろ」
そして、早速、先ほどの発言を否定するように、そう命令をする。その上、本来座るべき椅子ではなく、ハヤミは机に腰掛けた。
何一つ形式などなく、無作法のままハヤミは話を進める。
「取りあえず、この3人をお前の直属の部下として付ける。そこからここでの仕事を覚えてもらいたい。そして……」
ハヤミは純粋に話を聞くアキラの顔を見て、間を置いた。その続きの発言に関しては、アキラに応えるのにも気持ちを切り替える。そして、力を溜めて声を出す。
「聞いての通り、ここでの仕事は人類を守ることだ」
それまでの軽い口調はこの言葉には込められていなかった。
ハヤミ自身、この発言が荒唐無稽なことだと自覚している。だが、それは残念ながら事実である。だから、軽口でなく真顔を言うしかなかった。
当然、受取手側のアキラもそれは認識している事実である。
「はい、ハヤミ司令と呼べばよろしいでしょうか」
アキラもその言葉に疑うことなく応じた。そして、ハヤミにはきちんとした肩書きで呼ばれることは照れくさかった。
「いや、堅苦しいことは苦手だ。別にハヤミで構わない」
そう手短に答えることで、感情を見せることなくハヤミは次の話題へと変える。
「さて、部下の紹介が遅れたな。名前は右からカレン」
カレンと呼ばれた少女は、3人の中で背は一番低く、隣と比べると頭一つ分の差がある。
幼さが残る顔立ちで、ショートヘヤーのせいもあって余計に中性的、神秘的な印象を持つ。
「その隣がレモア」
レモアは一番背が高くカレンと比べると年の差のあるお姉さんに見えてくる。それはカレンにはない体のラインでも見ることができる。
そのスタイルを更に引き立てるのは長く伸び、くせのあるウェーブがかった金髪である。
「そして、ルリカだ」
ルリカはレモアとは違った意味でお姉さんらしさを感じる、落ち着きからかしっかりとした印象。それを象徴するかのように髪は黒く、流れるストレート。肩にかかるくらいの長さが更に清楚さを醸し出している。
「まだ新人ではあるが、多少は経験を積ませてある。君よりは先輩ではあるが、気にせず命令してやってくれ」
「用意ができました」
シノは飲み物とお茶請けを持ってきた。
「誰かこの机を中央に運んでくれ。テーブル代わりにする」
ハヤミは腰をかけていた机から降りて、その机を指さす。
カレンが率先して1人で、重そうな机を持とうとする。その行為に迷いがなく、結果もいとも簡単に持ち上げみせた。
だが、ハヤミはそのことを注意する。
「おい、1人で持とうとするな。バランスが悪い」
机は片方だけを持ち上げていて、斜めになっている。これではたとえ、持ち運べても中身は悲惨な結果になる。
その様子にルリカは動き、カレンとは反対側を持った。
レモアはその様子をうれしそうに眺めているだけであった。
カレンの首元、短くカットされた髪、わずかに赤みかがった色、そして、マントの隙間から見える、うなじにはコアと呼ばれる動力源が見えた。
その視点の先にハヤミは気がついたのか、言葉を付け加える。
「見ての通りのファミネイだ」
この少女達は『ファミネイ』と呼ばれる、人工生命体。
いや、ハヤミ以外、ここでの少女達も皆、ファミネイである。
「ひとまず、歓迎の意味でも乾杯だ」
シノはテーブル代わりとなった机に飲み物を置いていく。
そして、ハヤミには直接、手渡しをする。
「みんなも手に取ってくれ」
各自、飲み物を持ち上げる。
「改めて、この基地へようこそ」
その言葉に皮切りに皆、飲み始めるが、アキラは少しためらっていた。
ここは人類を守る砦、基地である。それなのに、アキラには昨日までと同じ光景がここに存在していた。むしろ、昨日までの生活を捨てる覚悟でやってきたのに。そんな思いが素直に口に出ていた。
「しかし、自分にできるのでしょうか。人類を守るなんて」
アキラ自身、ここでのことは説明を受けてはいる。だから、覚悟はしてきている。
なのに、このような明るい雰囲気は逆に予想できてなかった。
ハヤミは飲み終えると、気楽に話しかけた。
「ここでの役割は、別に使命や宿命などの特別なことではない。誰にでもできるように、我々が経験して、それを構築して、簡素化した単なる仕事だ。大層なのは目的なだけで、他の仕事と対してそう変わりはない」
アキラにはその言葉には納得できたが、ただ言動からはうさんくさかった。
だから、笑ってしまった。
別にハヤミは緊張を解くための行為ではなかったが、ひとまずそれでよしと思った。
「まあ、他の説明は後日としよう。後は基地の案内と自室の片付けをして……」
基地内に警報が鳴り響く。一同は身を構える。そう、人類を守る、敵からその危険を排除する仕事を示すモノだ。
そして、ハヤミには通信が入る。身に付けていたデバイスに情報が表示されている。
「初日からとは」
デバイスから内容を読み取るが、急ぎ危機的な状況ではないようだ。
それでも敵との接触、戦闘は避けられない。
「まあ、いい。初日から大変だが、ちょうどいい説明の場になったな」
ハヤミは頭を切り替えた。敵にいちいち気にかけていても、毎度のことながら仕方がないからだ。
そして、アキラは本当に何も分からないまま、初陣を迎えることになった。
PART 2 初陣
人類の敵、その俗称は『バカピック』と呼ばれている。
正式には「いかれた愉快な奴(知性体?)」を意味する言葉から来ているというが、今は使われない言語と、そこからくる言葉遊びで更におかしくなって、呼び始めたのがバカピックだといわれている。
多少、その呼称に問題がある場合は『バーピック』とも呼ぶ場合もあるが。
だが、その俗称を示すように、特徴はふざけたデザイン。いくつかの種類はあるモノのほとんどは子供の落書きのように馬鹿げた半円だけの目と口が顔としてデザインされている。
その行動も壊れているのか愉快であり、昔の道化師、ピエロを思わせる。
しかし、その中身、構造に関してそんな幼稚さを感じさせない高い技術力で作られた機械である。その技術は解明できない部分もあり、実際は機械に似た生物ではないかと言われるほどに分からないモノで、技術者はさじを投げる続けた代物である。
ただ、一番の問題は機械でありながら、知性体でもあるのに、言語的な交流は一切なく、戦闘による殲滅以外に解決方法がないこと。
そのため、未だその目的は明確ではない。何世代と戦っている相手であるというのに。
* * *
「さて、状況を」
ハヤミは司令室に着くなり早速、そう聞く。その後にアキラが入ってきた。
アキラの存在に司令室内の少女達が、どよめきを起こすことを分かっているハヤミは更に言葉を付け足す。
「後で、時間をくれてやる。今は状況を」
いくらか残念や不満を漏らす声が聞こえるが、それでも少女達は仕事へと意識を戻していく。
「敵はゴーレム、1機。ワイバーン、2機です」
ゴーレムは典型的なバカピックである。構造は球体に蛇腹で繋がった両手だけで構成されている。
そして、球体には顔といえる特徴的な釣り上がった半円だけで演出された怒り目と、サメの口を模したシャークマウスのようなモノが付けられているのだが、実際の目、口に相当するのか不明。たまにこれらが動くから、単なる模様でないのはハッキリしている。
そんな誰でも書けるデザインである。
球体の直径だけでも5メートルを超える図体。防御力にも優れ戦力としては盾の位置づけで戦闘を仕掛けてくる。その攻撃方法はその両手からよく分からないエネルギー弾を撃ち出し、後は単純にパンチである。
次にワイバーン。もっとも、『鳥さん』の俗称で呼ばれることが多い。
その姿は鳥にも似ているが首は長く、本来の名称であるワイバーンと呼ばれる怪物と形状的には一致している。
こちらも顔は釣り上がった半円の目で恐ろしい架空の生物よりも、やはり、愛嬌とふざけた『鳥さん』の俗称の方が似合っている。
細い姿だが、その全長は10メートル超え。その姿通り、スピードに優れ、戦闘機のような運用が主体である。こちらも口からエネルギー弾を撃つことができる。
今回のようにゴーレムとワイバーンが対で戦闘にやってくることが、ほとんど。それでも、ここまで少数で来ることはまれで、もうすこし多めな数で攻めてくる。
「やけに少ないな。それで速度は」
「通常よりもゆっくり進行していますが、それでも増援の気配は見えません」
バカピックは原理不明のワープによって現れるため、神出鬼没。それでも、ある程度は出現の余波を観測機器で拾うことはできる。
「……裏があると考えるべきか」
そして、言語による交流を持たないのか、持ってこないが、それでも知性体であることは明確で、戦闘に置いても一筋縄ではいかない。
ゆえにこの場面は裏、罠、何かしらあるとして望まないといけないことはハヤミの経験上、理解した奴らの習性である。
「部隊はすぐ出せるか」
「はい、先ほど部隊長から、一応全員そろっていると連絡がありました」
ハヤミは後ろで様子を見ている、アキラの姿を見た。いろいろな感情や思考が頭の中を巡っているのが、よく分かる表情をしている。
「まあ、取りあえず気楽に様子を見ていろ」
そう、アキラに話しかけると、再び正面を見て、今度は周囲を相手に話し始める。
「では、ブリーフィングに移る」
* * *
警報からすぐに、待機をしていた部隊は格納庫に集まっていた。
部隊を指揮するヴィヴィも元より格納庫でいろいろと作業をしていたので、急ぐ必要はなかった。
「まったく、新任の新人君が来た早々に攻めてくるとは、何か持っているのかしら。それとも奴らにはカンでもあるのかしら」
そう漏らしながら、集まってくる少女達を眺めていた。
集まってくる少女達は様々な服装をしている。フライトジャケット、レーザーコートを基本に、中にはTシャツだけなど様々だが、皆、下に着ているインナーは同じモノであった。
全身を包む純白のボディスーツとうなじにあるコア、これが少女達の戦闘服である。
少女達、ファミネイの仕事は敵である、バカピックからの防衛、撃破。
もっとも、ファミネイ自体の仕事は人類の補助として作られた人工生命体。その仕事は人類とともにあるため、これも少女達の仕事の1つといった方が正しい。
「面倒とはいえ、私達も新人君に早速、会えるわけだし、少しは役得としておきますか」
「いえ、ここの何人かは既に顔を見てるらしいですよ」
そう、別のファミネイがそう答える。
ファミネイの性格は少女とほぼ同じで、古い詩を引用すれば『お砂糖とスパイスと素敵なモノをいっぱい』そのものである。
基本的に自由な性格ゆえに、軍隊のような規律に縛る
実際に噂頼りに一目早くアキラを見に、野次馬にいくように。
「ところでうちの新人3名は遅れていますが、どうしますか」
「ああ、彼女らはちゃんとした挨拶にいっているからね」
このヴィヴィにしても楽観的で、指揮権があるとはいえ、その性格は他の者と大きくは変わらない。
「おいおい、来るでしょう」
そうこうしている内にカレンとルリカは駆け足でやってくるが、レモアに関しては遅れていても歩きながらやってくる。
「ほら、来た」
ヴィヴィはレモアの態度に対して、一切触れない。そのこと自体が特に問題ないからだ。まだ、出撃命令も出ていないから、急ぐような時間ではない。
少女達に優先されるのは、結局は楽しいことなのだ。
「貴方達も大変ね」
ヴィヴィはそう声をかける。カレンもルリカも駆け足で来てはいるが、息は上げていない。大した距離ではなかったにしても、それは訓練と生まれ持った体力があるからだ。
レモアの方は逆に座り込んで、準備万端といった顔で待機をしている。
「まだ司令からも連絡はないし、ひとまずは待っていましょう」
『聞こえるか』
司令であるハヤミの声が四方から聞こえてきた。
「あら、残念……司令のお出ましよ」
ヴィヴィは小声でつぶやき、司令からの通信を手と腕の動きで回りに伝える。
格納庫の宙に映像が映し出される。それは司令室のハヤミの姿であった。
また、その映像自体は各員のデバイスでも確認できた。その映像を各自、自由なスタイルで眺めている。床に座り込む者、その場の物を椅子代わりにする者、壁を背もたれとする者、中には寝転がる者などなど。
『現在、バカピックの進行が確認されている。状況はゴーレム、1機、ワイバーン、2機。援軍の様子は今のところ、観測されない。進行方向から、この基地を目指しているものとされる』
映像はハヤミだけでなく、バカピックの進行方向がマップでも示されている。
『現時点では、この敵戦力を1部隊で迎撃対応する』
その内容を淡々と聞く。ここの少女達にとって、当たり前のこと。
だが、それを聞くスタイルは自然体過ぎる姿であり、いささか危機感のなさを感じてしまう。もっとも、この程度のことでは危険ではないのだが。
『ここまで質問は』
ヴィヴィは手を上げて、発言をする。
「恐らく、奴らは偵察に来ただけでしょうね。援軍が来る可能性は低いと思います」
『その根拠は』
「カンよ」
ヴィヴィはあっさりと言い切った。そして、誰も語らず、しばしの間が空いたため、補足の言葉を繋いだ。
「ただ、気になるのよ。ここ最近の戦果で私達に大きな被害は出ていない。それなら偵察の意味はあまり意味がないわ。それは奴らも共通して知り得ているかは、別にしてだけれど」
つまり、知り得ている状況が変わらないのに偵察をする意味はない。
「それでも、少数で来たのなら、それは偵察と考えても問題ないのでは。威力偵察とでもいうのかしら、恐らくは今回ではなく、次回のための布石として」
『その意見には同意だが、それと断定して望むことはいささか危険だ。ひとまず、数の優位でも1部隊で対応し、不測の事態にも備える』
「まあ、それ自体は賛成です」
『各々、疑惑はあるだろうが、今は敵の撃破が優先だ。この議論はここまでとする。それ以外の質問は』
少女達は、黙っている。
特に質問も、それ以上の興味もないからただ、黙っていた。
『では、今回の戦闘は第1部隊が対応とする。第2部隊は格納庫で武装を展開した上で待機とする。準備完了後、第1部隊は地上へと配置。そして射程圏内に入り次第、バカピックの迎撃に移る、以上』
ハヤミが映している映像が終わったことで、少女達はようやく堅苦しさ解放されてか、各々は話し始めて、和気あいあいとした感じで、武器を用意し始める。
「偵察だけなら、今回は簡単に仕事も済むのだけれどね。まあ、次回はどうなることやら……」
ヴィヴィもそうつぶやきながら、自分の武器の最終調整を始めた。
* * *
1部隊は12人のファミネイで組まれたグループ。少女達を歩兵として見れば、当然、巨大な兵力を有しているように思えない。
そもそも、少女達が用意して、手にした武器は自身と同じぐらいあり、手に余るモノばかりだ。
長物の銃、大剣、長槍などの他に手持ちのミサイルや大砲まで手にしている。
これらは少女達、それぞれが得意とする武器である。この多種多様な武器をもって、対応する敵は大きさだけでも巨大で、強大である。
だから、少女達もそれに負けないほどに強力で刺激的でなければ、負けてしまう。
それぞれが得意とする武器を持つと、さらなる展開を見せる。
少女達は自身付けられた動力源、コアによって瞬時に手にしていた武器の構造を原子レベルで書き換えられ、武器は更に巨大化をすることができる。
その大きさは各自バラバラではあるが手に余っていた武器は3メートル強のもはや、少女達の背丈の倍以上となる。
当然に手で持つには巨大すぎる。だから、少女達は巨大な武器は手にすることなく、宙に浮かせている。特殊な力場によって、浮遊させているのだ。
また、その力場はか弱い肉体を保護するための防御としても使われる。
それに加え、それぞれが大小様々な盾が展開されている。力場を利用して、敵からの攻撃そらすための防具である。
そして、脚部にも機関が展開されている。高速移動、跳躍のための推進装置である。
これら少女の姿に似つかわしい、敵を倒すための重兵装、機動力の装備。これでも敵には過剰な武器ではない。
それほどに敵は強い。
とはいえ、小さい少女達には巨大と化した武器の前では、その姿を隠してしまうほどであるのだが。
* * *
「……いつもながら、疲れてしまう」
ハヤミはそう漏らしてはいるが、何に疲れているのかは口にしなかった。
「まあ、この数ならうまくいけば、出会い頭で潰せるだろう。だが、これはそんなことを競うゲームではないが」
ハヤミは後ろ向きのまま、アキラに対して話している。だが、それ自体は自身に対するつぶやきにも近く、アキラに対してはっきりと聞こえるような声ではなかった。
「その次、その次を見据えることも大事だ」
続く言葉に関してはほとんど、小声だった。そして、少しまぶたを閉じ、頭を入れ替える。
「では、改めていう。我々の仕事はバカピックの侵略から守ることだ。そのため、兵装を
モニター上には現状を映し出される映像だけでなく、数字で示されたステータスなど様々だった。
「その状況にあった装備を指示し、戦闘に送り出す。後はその都度、状況に適切な命令を出す」
バカピックはゆったりとファミネイの守る、この基地へと向かっている。
普通なら、もっと早く迫ってくるのに、今回は何に遠慮しているのか、ゆったりである。
「基本として、バカピック1機に対して2人での対応を原則とする。また、3人を1チームとして、4チームを1部隊としている。今回は敵の数も少ないが、不測の事態も考慮して、1部隊にしているが、本来は十分過ぎる戦力だ」
巨大な武器を展開した、12人の少女達はかなりの圧巻である。それだけで兵力として、強力に感じる。
「そして、基本戦術だ。まず、戦闘にはアタッカー、マルチ、ファイターの役割がある」
確かに少女達の武器はそれぞれで違っている。多様性ではあるが、実際はデタラメなほどに様々である。
それでも、多少グループ分けすると2、3種類に分類される。
「まず、後方からアタッカーが砲撃等で敵をけん制する」
大砲、ミサイルを装備した者達が距離の離れた状態で、それぞれの武器を発射する。
その攻撃を確認して、ゴーレムは攻撃の盾になる。それでも空を飛ぶワイバーンにも爆風、防ぎきれなかった攻撃などでバランスを崩すなど影響を与える。
実際、盾となったゴーレムのダメージは見た目にも大きいことが分かる。
「その状態からマルチ、ファイターが接近をかける」
停止しているアタッカーの横をマルチ、ファイターの役割を与えられた者達がスピードを出して、通り過ぎていく。
「ここでマルチはファイターを円滑に敵へ接近させるために、支援をする。また、状況によってはマルチはアタッカー、ファイターの役割をこなす」
マルチの大半が持つ長物の銃で射撃を開始する。だが、銃から発せられたモノは銃弾や光線の2種類。もっとも、銃弾の大きさ、速度、連射性は様々であるが。
攻撃の大半はゴーレムを向けられているが、中にはその隙を突いて、ワイバーンに対しても放たれている。
バカピック側も独自のエネルギー弾で応戦をするも、数は4倍差の弾幕。それだけで押されている。その上、ファミネイは瞬時に放たれる敵の攻撃にも対応できる、一瞬で最適解を見つける判断能力、高速での瞬発力、機動力を
少女達は敵の攻撃を避けて、自らの攻撃を続ける。ゴーレムはそれらの攻撃を一身に受けたせいか、撃墜され地面へと落ちていった。
「ゴーレムは盾となることが多いが、空を飛ぶワイバーンは素早く、素直に攻撃を受けることはない」
それでも爆風、弾幕が放たれる攻撃の中では機動力に優れたワイバーンとはいえ、そのダメージは深刻な物になりつつあった。
「そして、ファイターはその攻撃力の高さで接近戦を仕掛ける」
ファイターは手にしている剣、斧を振るうために、ワイバーンと同じ空を飛び、接近戦を仕掛ける。
その高さは人間の
「また、先ほどの2対1は1人がメインで、もう1人が支援するサブに分けている」
飛び上がったファミネイをワイバーンはその鋭い爪を持つ足で攻撃をするが、ファミネイ側も盾でその攻撃を防ぎ、攻撃役に徹する仲間をサポートする。
サブの支援により、メイン側の巨大な武器でワイバーンに叩き付ける。ワイバーンは先ほどのまで蓄積されたダメージによって、行動を停止させる。
ただ、その際、ワイバーンは奇妙な爆発をして沈黙をした。
バカピックは破壊されても爆風を上げる爆発はしない。しない代わりに、逆に空間を収束させて崩壊する。
これは仮定であるがバカピックのエネルギーは虚数であり、このような現象が起こると考えられている。
これに巻き込まれれば、ファミネイも無事ではすまない。
そして、もう1機のワイバーンも同様に爆発をして消滅をする。
「無駄に1人で英雄ごっこをさせなければ、無駄死には避けられる。基本は2対1、この状況を作りだし、維持すれば、後は彼女達の頑張りを信じていればいい」
ハヤミはモニター上の状況をアキラに解説、説明するだけで、今回は何もファミネイに指示を与えることなく無事に終えた。
これがハヤミのいう、頑張りなのだろう。
「ただ、頑張りに頼るだけで、戦況を維持できなければ、彼女達を殺すだけだ」
ハヤミの講義とともに、あっけなく戦闘も終えた。
アキラにとってはスピーディな戦闘展開に付いていけなかったが、それでも頭で反復させていた。
そして、ハヤミはしばらくは気を緩めることなく警戒して、ただ変化がないことを見つめていた。
「援軍の気配はやはり、ないか」
「周囲には敵の気配は感じられません」
敵もただ出てきて倒されるだけの都合の良い存在ではない。どうであれ、こちらに打撃を与えるためにやって来ているはずである。
なのに、この結果である。
「まあ、いい。ちょうどいい説明の場になったからな」
ハヤミはそれ以上、考えることをやめた。
「奴らの思考を理解するだけ、時間の無駄だ」
「司令、地上より連絡がありますが……」
それを報告した少女はなぜか言いにくいそうにしている。
状況を知る周りもそれは同じで、誰もがその続きを言いにくそうにしている。
ハヤミは状況を理解できないが、ひとまず優しく声をかける。
「構わない、続けてくれ」
「……本体の無事なゴーレムがある、と」
その言葉にハヤミも少し考え込んだ。そして、何か口にしようとしたが、再び考え込んだ。
それは少女達と変わらない状況である。
逆にアキラにはその状況を今ひとつ読み取れていなかったが、意外な事態だとはハヤミの様子から察することができた。
「カレン、レモア、ルリカを入り口に呼んでおけ」
ハヤミはアキラの方を向き、そう語った。
「我々も現状を直に把握しにいくぞ」
それは少女達と同じ地上に上がるとの意味であった。
PART 3 疑惑
アキラとハヤミは基地内をゆったりと歩く。先ほどと違い、今はまだ緊急性がないからだ。
地上へ上がるリフトは格納庫にある。それ以外となると階段が数か所に存在する。
当然、目指している方向は格納庫であるが、基地内のすべてが初めてであるアキラにはその方向だけで行き先の場所を当てることは当然できない。
だから、ハヤミについて歩くしかない。
格納庫に到着すると整備等を行う、他のファミネイが一同にアキラの方を見て、口々に感想を述べている様子だった。
「この光景もしばらくは続く。まあ、気を悪くするな」
「……いえ」
言葉ではそう言うが、アキラは何だがみんなから見られていることに、照れくさい感じをしていた。
そして、リフトに乗り、昇降することで地上に上がっていった。
「こんな形で、この空を見せることになるとはな。どうだ、初めての空は」
アキラは生まれて初めて空を仰いだ。そこから降り注ぐ光はアキラの目を痛めるほどの
敵である、バカピックの猛攻によって、人類は逃げるように地下へと潜った。ゆえに今の人類は空を仰ぐことなく、その人生を終える者も少なくない。
「夜になると日が落ちて、また違った景色を見せてくれる。星が輝く、夜空もまた見応えがある。特にその星空を見ていると、人類が宇宙を旅していた時代を思い出させてくれるからな」
バカピックが人類から奪ったのはこの地上だけでなく、宇宙もだ。
また、宇宙を奪われたことで他の惑星で住んでいた人類ともに、この地下で住む人類に連絡、移動の手段をなくした。
もはや、お互いの状況を知る術がなく、長い時代が過ぎていた。
「……地下の地平しか知らず、天球の空すら見ないというのは、古い言葉でいう何たら以下だな、我らは」
ハヤミはそう漏らしながら、空を見上げていた。その古い言葉というのが何かはアキラには分からなかった。
ただ、敵であるバカピックに対する思いはそこから読み取れた。
そうしていると、カレンら3名はアキラの方へと近づいてきた。
「出迎え、御苦労」
他の部隊の面々はバカピックの残骸を警戒はしつつも、物珍しそうに眺めていた。
「さて、我らも近くで観察しようか」
基地の周辺は地上であっても、変わらずコンクリート製の地面。
だが、そこを外れると緑で支配された世界だった。
「初めて見る地上に興味は尽きないのは分かるが、1つ質問だ」
確かにアキラには日の光、空、大地、緑、その他諸々の自然と呼ばれる存在、すべてが初めてで、アキラの知る世界には人工物しか存在していなかった。
「バカピックが何で動いているかは知っているか」
「タキオンエンジンと聞きます」
アキラはこれまでに覚えてきた知識を披露した。
光よりも速いとされる、タキオンを動力とした機関。それがバカピックの動力とされている。だが、それはあくまで限りなく真実に近い仮説として扱われている。
「そうだ。タキオンエンジンは破壊されると、消えてなくなる。それは文字通りの意味でだ」
それは先ほどの戦闘でも実際に見て理解していた。
空間を収束させるのは虚数のエネルギーが起因とされる。
その事実が虚数であるとされるタキオンに由来して、動力源がタキオンと仮定されている。実際、その仮説は事実と検証の積み重ねで、真実とほぼと同じとされている。
「実際、その動力機関、タキオンエンジンが無事に残ったのはこれまで数例で、肝心な動力源は放出されたのか動かせた例はゼロだ」
敵が理解されていないのは、技術的な部分でも同じであった。
「さて、それがこうも偶然、手に入ると思うか。奴らとて、未だ手の内を見せていないのに」
そう歩いている途中でも大きいと感じていた、ゴーレムは間近に来て見ると更に巨大であった。
その外観はいくつもの貫通したダメージ痕で破壊された状況を示してはいる。
直に戦う少女達にとっても珍しいモノなので、まじまじと飽きることなく眺めている。
その様子を間近に見るなり、ハヤミは一言。
「せっかくだ。ルリカ、壊せ」
何の説明も
ハヤミからすれば、ルリカの持つ斧槍、ハルバードがゴーレムを叩き割るのには便利そうに見えたことと、新人である彼女に経験を積ませるためで振っただけで、その命令を実行させるには誰でも良かった。
「いいのですか。貴重なサンプルですよ」
ルリカよりも先に部隊長であるヴィヴィが異論をあげる。
「別にかまわない」
ハヤミは再度一切の迷いなく、即答した。
その目は至って真面目だ。体からも冗談を言っている雰囲気がない。日頃のような、
「それでも……」
納得できないだけに反論を述べようとするのは当たり前だが、ハヤミは先に言葉を紡ぎ、答えた。
「理由が欲しいなら、怪しいからだ。タイミングはともかくとしても、少数で来て、負けることが分かっているのに、この結果だ。今まで秘密としてきたことを、ささやかなミスでさらすと思うか」
「……確かにそうですが」
「それに言っていただろう。この偵察に意味は薄いと」
ヴィヴィはミーティングで述べていたことが、ここでは大きな意味を持っていた。
そう考えれば、これには裏があるのは確かだろう。それでもヴィヴィは自身の発した言葉でありながら、この場面では否定したかった。
「そうだ、アキラ。せっかくの初仕事だ。ルリカに命令を下せ」
ハヤミはアキラへと振った。
「別に責任は私が取る、心配はいらない。ただ、命令すればいい」
「……壊せば、いいのですか」
「そう、『壊せ』だ。注文を付けるのなら、派手にだ」
一同はアキラの方を見る。先ほどまでの視線とは違う。
ただ、その言葉を言えばいいだけなのだが、アキラも納得していない。それ以上に
なぜ、『壊せ』なのか。それなら、これは壊れていないのか。
それらを考えた上で、アキラはハヤミの意図を少し理解して言葉にした。
「まず、みんな、離れるのだ。そして、ルリカ、命令は『壊せ』ではない」
予想外の言葉に皆驚くが、アキラもまた
「……『撃破』せよ、だ」
その命令に周囲は納得した。そして、内容のさほど変わらないその言葉に皆は従った。
少女達は離れるだけでなく、各自の武器をいつでも撃てるようにゴーレムに向けている。
『撃破』を命令されたルリカにも緊張を走る。そう命令されたい以上、油断は大敵である。
たとえ、動かない敵であっても。
「……いきます」
そう、声をかけてルリカは動き出す。周囲にもタイミングを知らせる意味でも、自身に気合いを入れる意味でも声を出し、ルリカは手にしている武器、ハルバードを振るった。
その刹那、ゴーレムはその目に光を
周囲は警戒して構えられている。ルリカも油断はしていない。
伸ばされた手は味方からの銃撃で破壊され、ルリカの振ったハルバードはゴーレムの装甲を破り、中心部にあるエンジンを破壊する。
そして、足の推進装置を使い、急いでその場から離れる。
撃破と同時に爆発は収束する。つまり、タキオンエンジンが破壊された。
その光景をただ平然とハヤミは見つめていた。爆発による衝撃も気にせず、なかったかのように姿勢を保ちながら。
アキラの方はいつの間にか、レモアが前に立って壁となり、その衝撃をいくらか防いでいた。
「よく俺の思っていたことを理解できたな」
「いえ。ただ、状況を読み取っただけです」
アキラはただ、破壊させたモノを『壊せ』ということに引っかかっただけであった。
ただ、逆に何も気がつかず破壊していたら、どうなっていたのだろうか。下手をしたら、あの爆発にルリカが巻き込まれていたかもしれない。
ならどうして、ハヤミはそれを説明しなかったのだろうか。
アキラは新たに出た疑問に人知れず、頭を悩ませた。
「おおよそ、調査されることを前提に基地内部にでも侵入しようとしていたのか。その割にはちょっと、演技が下手だったな」
そうハヤミは言うが、演技が下手とかそんなレベルではないと、この言葉を聞いた誰もが思っていた。
「奴らは我々を騙そうとする。奴らではただの機械ではない、知性を持つ存在だからだ。こうして、嘘もつく。それだけは忘れるな」
ハヤミは力強く語った。
だからこそ、身を持って、そのことを説明したかったのか。
今は飄々としていないハヤミであるが、それでもその本意が読みにくかった。
「奴らには何らかの目的があるか知らないが、恐らく、人類殲滅などありきれた理由ではないだろう。それなら、いとも簡単に達成できるだろうに、こうも長い間、我々と楽しむことはないからな」
爆発によって本体が消えたゴーレムを眺めながら、ハヤミは更に言葉を繋げる。
「我々の置かれている状況は徐々に滅亡へと進んでいるが、それを奴らと楽しむ義理はない」
意外にも慌ただしい日はそうして、結末を迎えようとしていた。
それは日の動きからも同じことがいえた。
世界は夕暮れに変わろうとしていた。
アキラは初めて見る空が、移り変わる様とその色に驚いた。まだ知らない世界がアキラには多いことを、初めて見る風景とともに思い知った。
PART 4 回顧と眠り
人類の敵、バカピックとの戦いに絶対の勝利はない。安全な戦いはない。
それは長き時間をかけても変わらなかったこと。それでも死人が出ない戦いは作り出した。
どんな手を使っても勝たなければいけない。
それが人類の生き残る道といえるかは知らないが。
男の名はハヤミ。
かっての英雄などという者もいるが、今では、それは伝説を超えて形骸と化した物語。
もっとも、今を生きる人類とは別物と化した〈
しかし、ハヤミにとってはそんな過去も現在も存在しない。すべては今も昔もバカピックとの戦いに費やし、今日を生きるだけ。
そのことはいずれ語られるかもしれないが、それは少なくとも今ではないので、まだしばらくは時が過ぎるのを待つ必要がある。
ゆえに、ハヤミは過去がないものとして、それを語らない。逆にそのことで過去に捕らわれ、生きている。未だ、死ぬこともなく、亡霊の如く、この世に漂っているのであった。
ハヤミとはそんな男である。
1つ、過去を語るとしたら、人類から死者を出さないためにファミネイの運用とその戦術を作り上げたのは彼、ハヤミである。
そのことが意味するモノを考えれば、彼の過去とはいかなるモノかは少しは理解できるであろう。
* * *
ゴーレムの爆発をもって戦闘は終了としたが、そのバカピックの残骸を片付ける中、ハヤミは未だ地上に留まっていた。
アキラはカレンらとともに基地内に戻している。
ただ、うれしくもない戦闘の余韻を味わうようにハヤミは夕闇の地上に立ち尽くしている。
そんなことを知ってか、秘書であるシノも地上へと上がりハヤミに話しかける。
「今日も危険でしたね」
シノはハヤミとはこの基地の中では一番長い付き合いである。また、秘書にすることからもこの基地のこともよく知っている。
ハヤミにとって最も気の許せるファミネイである。それは親しき間柄、いや戦友ともいえる仲である。
「むしろ、今までの中で一番やばかったのかもしれない。しかし、そうは感じなかったがな」
ハヤミはそう語る。戦果や被害を考えれば、単純な小競り合いだった。だが、バカピックの真意は不明にしろ、もし、その思い通りの結末ならこの基地はなくなっていたかも、しれない。
死んだフリという、古典にもならないやり方ではある。ただ、戦術とすれば、古代にも語られるトロイの木馬になるのだろうか。
「まったく、彼ら基準では確かにそうかもしれませんが、その感情は麻痺しているのでは。現状は危険で危機ですよ、しっかりしてください」
シノはバカピックを彼らと上品に言う。むしろ、バカピックなどと皮肉る呼称が間違っているとシノは考えている。
それは馬鹿みたいな結末だけでなく、効果的に攻めてくる彼らの危険を正しく判断するのには彼らの軽蔑に満ちた呼称から改めないと判断を誤る元との思いからだ。
今回も基地崩壊の危機を未然に防いだとすれば、かなり見方が違ってくる。
情報とは正しくあるべき、ファミネイにしては珍しい考え方であるが、それは長年生きた経験から来るものである。
そして、それはハヤミの行動に対しても苦言を述べる。
「それと、なぜ何も言わずあの命令を出したのですか。何と言うか、自殺行為に近い命令を。アキラ殿にいったことと矛盾するのでは」
それは『壊せ』との命令のことだ。
バカピックの死んだフリに対して確証がなかったとはいえ、可能性もあったのにただ、『壊せ』の命令では爆発に巻き込まれるリスクを十分に考えられた。
それはファミネイの無駄死に繋がること。
むしろ、アキラの『撃破』が正しい命令であった。
ただ、ハヤミ自身はあのとき、特別なことは思っていなかった。
「おかしいんだよ。分かるだろ、シノ」
「司令のことでしたら、それは元からですよ」
ハヤミは笑った、シノの冗談に。しかし、言った方のシノは至って冷静であった。冗談などとは思っていないからだ。
そんなことは関係なく、ハヤミは話を続けた。
「ここに来て、奴らがタキオンエンジンを賭け金にすると思うか。今までは、そんなことはなかった。だから、自分もそれに乗るしかなかった」
結論から言えば、ハヤミもまたバカピックに合わせた判断をしたことのだった。
そして、ハヤミの横を回収され基地へと運ばれる、あのゴーレムの残骸が通っていく。
「ですから、『壊せ』ですか。死んだフリに対して」
「そうだ。それに奴らは我らの言葉を理解はしているはずだ」
バカピックからの交流はないが、奴らの動向からはこちらの言語、文化も多少なりとも理解した行動を取っている。
「こちらも多少の演技で、奴らの手に乗るのも大事であった。それには正直に語っては演技以前にバレてしまう」
「その演技、演出は新人であるアキラ殿には読み取れる程度にお粗末であった、と」
シノはハヤミに皮肉を言う。司令であるのに、シノはこんなことも許される間柄である。むしろ、他のファミネイからも大概こんな関係で成り立っているのではあるが。
「それなら、余計に初めから『撃破』の命令でも良かったのではないですか。もっとも、相手のお馬鹿に付き合っただけというお答えではこれ以上、何を言っても無駄でしょうけれど」
「まあ、弁解にならないが結果がどうであれ、プラスでもマイナスでも奴の経験になることも考えれば安いものだと思っていた」
プラスとは意図を読み取ること、マイナスとこちらの犠牲のこと。そのどちらでもアキラにはプラスになる経験と、ハヤミはそう考えたいた点もあった。
マイナスだった場合は酷なことになるが、ただ、ここでは日常茶飯事である。バカピックの戦いによって、犠牲が出ることは当たり前に起こること。戦いなのだから。
だから、それをアキラに隠してきれい事だけで運用できないことは、いつかは体験しなくてはいけない。それはたまたま今日でなかっただけで、明日にでも起こるかもしれないことだから。
「アキラ殿には初日から大変なことですね」
「それが、これからの日々だがな」
こちらも酷な話ではあるが、事実でもある以上、避けられない。
「ともあれ、今回のようにバカピックどもが必死な所を見ると、勝利の確定を意味しているのだろうか。もう戦いを始めて何年になるかな。この戦いもそろそろ終わりしたい」
「バーピックには、そんなことを考えているか分かりませんが、この基地を破壊するという意思とそれを実現できる力がある以上、勝利が見えているなど到底見えていないと思いますが」
「それもそうだが、シノ君。バカピックの親玉は遠い宇宙で我々のことを見ているのだよ。そんな、とても知能的な奴らがこの進展のない事態を危機と感じないはずがない」
ハヤミはふざけながら、どこか期待する想いを語っていた。
先ほどまで一転した台詞だ。それでも、今は飄々と語る口調はただ、冗談を言っているだけだ。
それでもバカピック全体を作戦命令している更に知能的なバカピックがこの宇宙の何処かにいると考えられている。この点は事実とはいえる。
それにこの会話はシノだけに向けられたもの。これは弱音なのだと、シノは分かっていた。
「そうだといいですが。とにかく、現状だけは正しく判断してください」
「分かっている。分かっている」
そう、ハヤミは無気力に返事をする。分かっている勝ち目のなく、いつ終わるか分からない戦いだということは自分が誰よりも一番知っていることだから。
いっそ、圧倒的な戦力で攻められれば、負けることに対して納得する部分もあるが、バカピックは馬鹿げた行動で侵略を行う。
一度や二度では怒りも覚えるが、たくさんになると考えるのも馬鹿らしくなる。
とにかく今を生きるためには、その場、その場での勝ちを得るしかない。
「まだ生きているんだな。こんなに訳の分からないこと、言ってるのだからな」
ハヤミは笑っている。それは冗談からではなく、ただ微笑みに近いモノが。
シノはハヤミのそんな言葉に安心した。確かにハヤミは変ではあるが、それが一種の魅力みたいなモノに見えて安心した。
「そうですよ。生きているのですよ、我々は」
シノは力強く同意をしてみせる。
「ああ、そうだな」
「だから、生きるのです、我々は」
彼らの周りには静かな平和が流れていた。しかし、永久の平和など、この世界には存在しない。だが、ハヤミは意義のある平和は今のようなことだと思っていた。
ハヤミはじっと、それを肌で感じていた。
たとえ、自分がしていることが終末までの延命であっても、この一幕は生きている実感である。
「そろそろ、日が完全に落ちます。そろそろ、戻りましょうか」
地上で片付けをする者達も慌ただしくしている。日が落ちると作業効率が落ちるから。あと、そうなると面倒くさいから。
少女達は素直である。
ハヤミはこういった光景を見るのが好きであった。
それは、無事に事を終えたと簡単に認識できるから。単純ながら実に奥深い意味がある。
「せっかくだから、アキラにもこの後の夜空を見せてやればよかったな」
「これから、いくらでも機会はありますよ」
ハヤミはふと思った。自分は何も悲観的な思いだけで、やってきたわけでないことを。
こうして、何げないことに喜びを感じているのだから。そして、少女達は楽しいことが好きである。それがこの感傷にエッセンスとして、香り付けしてくれる。
それにアキラがこの先をやっていけるかは、まだ分からない。それでもまだ先という明日がある。
「そうだな。それにいずれは直に見られれば、なお良いのだが」
直にとは宇宙空間を肌でも、目で見ることを意味して発言していた。それは空の奪還を意味している。
そう願った想いが、今のハヤミの目標となった。
* * *
カレン達は眠りについている。戦闘から解放され、任務も終わり、ようやく自室のベットへと潜り込んだのだ。
地下にある基地内は日の光が入らない場所ではあるが、それが少女達の自然なのだ。
少女達もまた地下に生きる者達。
次に備えて、3人はそれぞれのベットで眠っているのであった。
* * *
アキラは与えられた部屋で、想いをふけっている内に睡魔に襲われ、撃沈をしていた。
仕方がない。
今日1日の出来事は言葉通りでも、たとえでも、すべてを変えるほどの体験であったのだから。それらの未知の体験に疲れがないはずがない。
だから、今は眠りについている。
* * *
ハヤミもまた、いつ起こされるかは分からないが眠りに就こうとしていた。
それでも基地は眠らない。ここは人類を守る砦、昼であろうとも夜であろうとも、攻めてくる敵がいれば、それから守る場所なのだから。
ただ、そのときまではしばし眠りにつく。
(初出掲載 2018年11月)
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