ブレイク・フリー・フロム
敵であったユニークゴーレムはその存在を一部だけ残して消えた。
だが、このゴーレムが残した爪痕は大きい。
そんな様子を少女達は高層建造物の屋上に腰を下ろして、眺めていた。
「まったく、埃だけでなくて小石まで髪の中に入っているわ」
レモアはそう言って、手ぐしで髪を整えている。長く伸びた上で、くせ毛のある髪ではそれも仕方がないだろう。
現に瓦礫は降りやんだとはいえ、いまだ粉塵は風に
「もう、まったく。敵が来なくても休憩していないと、やっていられないわ」
と、レモアはぼやきながら、念入りに手ぐしをしている。
実際、ユニークゴーレム撃破後、レモアを初めとする、カレン、ルリカは高所であるここへと飛び上がって逃げていた。瓦礫と粉塵から。
ルリカもユニークゴーレムに関して、専門的な知識が乏しくてもいろいろと調べたかったが、視界が阻害され、作業にも支障が出る中ではまずは収まるまで待つしかなかった。
そして、カレンは他の敵が現れないか周囲には警戒は怠っていない。
今は敵がいないとはいえ、援軍の可能性はなくなったわけではない。人類の敵、バカピックはワープによって移動する。そのため、周囲に敵がいなくとも安全とは限らない。
それに今回は完全に気配を消す術も持っていた。この場面でも油断はできない。
だから、自身の倍以上ある武器は片付けることなく、手元に置いている。
「ああ、まったく。反応のないぼやきも、つまらないわね」
先ほどから、何度か言葉を口にしているレモアに誰も反応してくれない。基地とのやり取りも、問題なしとされ今は一旦、停止されている。そばにいるルリカもカレンも反応がない。
『ねえ、アキラ。暇だよ、反応してよ』
レモアは直通のネットワークでアキラに話しかける。
* * *
アキラは司令室にいて、ユニークゴーレムに関する分析を聞いていた。
「物体を浮かすこと自体は難しいことではありませんが……」
技術スタッフであるファミネイはそう語った。ユニークゴーレムの行動を簡単に見ても、驚くことは少なかった。
それに昔の人類でも街を持ち上げることは不可能ではなかった。
何しろ、宇宙でも街が存在していたほどだ。それはすべてなくとも、地上で作られ宇宙で組み立てられていたという。
そう、それ自体は不思議なことではない。
「問題はなくとも、トリックは使っていた」
ハヤミはそう語る。それは誰もが疑問としている点である。
街を持ってきたことよりも、誰にも気づかれなかった点こそ、一番の謎。奇術とて、モノを浮かしたり、分断したり、消したりと行為自体は難しいことではない。ただ、それがどうやって行ったか分からないから、謎であり、謎を考えてしまう。
「そうですね。何の反応も示さなかった点は理解に困ります」
反応を示さない点は決して、前例がないわけではない。だが、解明された例もない。
だから、困った問題である。そもそも、バカピックの反応はいろいろなデータから分析して導く出されるのだが、一番参考にするのはタキオンエンジンから出るエネルギー波形である。
ただ、人類にはこのタキオンエンジンがいまだ実在しているのか分からない。解明されていないので、あくまで仮説の段階の方法にすぎない。
それゆえ、反応を示さないケースがあっても、今の人類には当たり前である。
「ここから解明の手が見つかればいいが……」
ハヤミはそう漏らすが、多分無理だと思っていた。
「あのユニークゴーレムは戦闘力を考えても、隠密特化の仕様だな。技術的な部分でも簡単に尻尾は出さないだろうな」
技術面でもユニークは特殊に作られている。だから反応を示さない存在のトリックは余計に解明にはされていない。それに原理もユニークごとに別の方法を採られているらしく、解析を担当している者達には余計な混乱をもたらしていた。
「まあ、ともかく議論は残骸を回収してからにしよう、他との違いである手や背中の部品は無事そうだしな」
そう語り合っている中、アキラはまだ人類の敵であるバカピックをよく理解しておらず、話について行けなかった。
ただ、それは基地内のファミネイも同じである。肝心なタキオンエンジンの原理すら判明していないのだから。専門でやっているだけに、他の者よりは詳しく、知見が豊富。皆、経験だけを活かしている。
だから、アキラの知識量など大きな問題ではなかった。
アキラはひとまずデバイスを確認する。手持ち無沙汰もあるが、部下である3人の状況を見ておきたいという気持ちもあった。
「レモアは暇を持て余しているか」
ハヤミはその様子を見てアキラに尋ねた。
「強制的な通信はありませんが、様子は手に取るように分かります」
アキラはデバイスの情報からであるが、それを感じされるような行動データが表示されていた。ちなみにカレンとルリカはほぼ行動データは停止しているのか、動きがない。
「それなら、まだおとなしい方だな」
ハヤミはそう会話しながらも、他のファミネイに指示を与えている。
「いずれは部隊単位でお前にも動かすことになる。レモア程度の性格はかわいいモノだと理解しておけ」
ハヤミが言うことは、アキラもここでの経験が浅くとも、十分に理解できた。それだけ濃密な出来事があったからだ。
「しかし、残骸は瓦礫に埋もれてしまっては、どうしましょうか」
映像でもまだ周囲は見えていないほどに粉塵が支配されている。そして、ビルの残骸はユニークゴーレムの墓標にしていた。土には帰らない存在なのに。
どちらにしろ、掘り出すには苦労しそうである。
だが、ハヤミはそんな光景を気にしていない。
「いっただろう、モノを浮かすことは難しくないと」
ここでは経験こそ、すべて。このようなことも日常茶飯事で、慣れたモノである。この基地でさえ何度と壊され、似た状況になったことは数知れないのだから。
* * *
レモアは黙って、クッキーを食べている。ルリカも黙っているだけで、暇を持て余していたので、
それは暇潰しの名目で、自分達の上官であるアキラに通信という迷惑行為をしかけたレモアに対して、カレンが取った対応策。単に食べ物で釣っただけだが。
このクッキーは出撃の際、カレンの姉貴分が気を利かして持たせてくれた携帯食。こう、役に立つとはカレンは思っても見なかった。
「こういうのんびりも悪くないですね」
カレンもクッキー片手に、高層建造物から見える景色を眺めていた。
ここからだと日頃、見ている地平線よりも遙か遠くまで見えている。いや、ここからなら海がはっきりと見えるため、地平線ではなく、水平線となるだろう。
「まあ、ほこりっぽくなければ、確かに乙ね」
レモアも暇から解放されて、少しだけ気分を直している。
「それは言えているな。だが、こうして眺める景色も悪くない」
ルリカも地下暮らしでは絶対見られない、高い所の光景には感動すら覚える。昔の人はこの光景をいつも見ていたと思うと不思議なモノである。
「ところでレモア。さっきのレモネードはまだ余っている」
ルリカは尋ねた。
「ええ、まだ余っているわよ」
レモアは水筒を取り出して、みんなの分を用意した。
「せっかくだから、乾杯といきましょうか」
カレンは提案する。その提案にレモアもルリカも頷いて答えた。
そして、入れ物を手にして、お互いの顔を見つめ合う。
「じゃ、乾杯」
3人は入れ物を高くかざした。
「ついでにクソったれで素敵な、この世界にも乾杯」
レモアは勢いでそんな言葉をおまけの乾杯の挨拶としていた。
ここは地上。かっての住人の住み処。地下暮らしの少女達には、限りなく空に近い高層建造物からの景色は別世界であった。
それこそレモアが言う通り、素敵な世界であった。
ただ、まだ瓦礫からの残骸回収という仕事が残っていた。
モノを浮かすことはたやすい。滑車を使って持ち上げるような力仕事は必要ない。牽引ビームがあるからだ。ファミネイが武器を持ち上げているのも、牽引ビームの一種。その他の原理でも牽引ビームは存在して、人類に長く使われている。
モノを浮かすことはバカピックだけの技術ではない。
ただ、それを使って残骸を回収することは先ほどと同じ状態になる。
再び、粉塵と小石が降り落ちる世界に逆戻りである。
回収に来た部隊も綺麗な格好であったが、基地に帰るときには皆、埃まみれ。レモアにしても基地への帰還の際、手ぐしで小石を取りながら髪を整えている。それは長髪でない少女達も似たようなモノ。
本当にクソったれな世界であった。
(初出掲載 2019年10月)
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