人に偽装する怪人

長月瓦礫

人に偽装する怪人


教壇に立っている美術の先生が電柱になっている。

というか、クラスメイトの姿が変化している。


昆虫だったり無機物だったり、様々な姿をしている。

これが世に聞く怪人症候群というヤツか。


秋羽場ライは静かな混乱とともに、現状を受け入れた。

ここまでの記憶をたどる。


美術室に移動しているときは、普通の顔だった。

何がきっかけでこうなってしまったのだろうか。


最近流行っているゲームとかアニメとか、くだらないことを話していた。

正義感があおられるような話題ではなかった。

授業も普通に受けていたし、特におかしなところはない。


おかしなところはなかったはずなのに、症状が出ている。


怪人症候群は、正義感が強すぎるあまり周囲の人間が怪人に見えてしまう病気だ。

ワクチンは未だ開発されておらず、隔離する以外に治療方法がない。


隔離施設に行く気のない患者が集まってできたのが真理の会とかいうカルト教団だ。

怪人を滅ぼすのが彼らの目的で、毎日のように暴動を起こしている。


怪人とは人類であり、人類根絶を理念として掲げている。

彼らは必ず変なマスクを身に着けている。

正義のヒーローに偽装し、怪人を打ち倒す。


なんとも痛々しい集団だ。殺人行為を正当化するためのいいわけでしかない。

いずれはそこに身を寄せることになるのだろうが、同じように扱われたくはない。


怪人症候群が発症してから、数十年は経っている。

治療法はおろか感染源すら未だ特定されていない。


ここまで対応が遅れているのには様々な理由がある。

怪人症候群になるボーダーラインが見えづらいこと。

精神によって変化するため、治療薬が製作しづらいこと。


病気になる原因が分からないのだ。

正義は人それぞれ違うから、誰がなってもおかしくない。


ぎりぎりの状態で社会生活を送ることを強いられている。

その緊張感も症状が進む要因となっている。


つまり、何も解決していないのだ。

居眠りをする政治家の中には、すでに怪人症候群になっている人もいるらしい。

自分の立ち位置を守るために、裏で偽装しているという話もある。


闇は根深い。いくら探ってもキリがない。


「……くだらね」


「何か言った?」


「別にー」


隣にいる鶯谷仁美は怪訝そうな表情を浮かべる。

彼女の頭は桃になり、首から下は木が生えている。


ゲームだったら全身を燃やして特攻してくるのだろうか。

頭に生えている桃を採取するクエストが発生したりするのだろうか。

そんな想像を膨らませる。こうでもしないとやってられない。


画用紙と手鏡が配られ、自分の顔をじろっと見る。しばらくは自分の顔を描いていくらしい。

時間内に間に合うと思ってんのかよ、クソが。

鉛筆をくるくると回す。


鏡の中にいる自分は、ただの人間だ。

周りのクラスメイトは怪人ばかりだ。


自分だけが取り残されたような気分になる。

実はこれは誰かが見ている夢で、目が覚めたらすべて消えたりしないかな。

試しに手の甲をつねってみたが、痛かった。

まごうことなき現実である。


「さっきから何? 動きがうるさいんだけど」


「あー……ごめん。

鶯谷さんがあまりに綺麗なもんだから、落ち着かなくてね」


「何言ってんだか。そんなに嫌なの?」


「まあ、あんまり楽しくはないよね」


嘘は言ってないんだけどなあ。

まるまると熟れた桃は本当に美味しそうだし。


そんなことは口が裂けても言えない。

誰にも悟られないようにふるまって、騙すしかない。


「ずいぶんと悩んでるのね」


「……他人を描くわけじゃないからかな。

こういうの、苦手かもしれない」


適当に人らしい何かを描けばいいか。

自分の顔なんておもしろくもなんともない。

似てないと言われたら得意じゃないと答えればいいか。


この時間をどう乗り切るかで頭がいっぱいだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人に偽装する怪人 長月瓦礫 @debrisbottle00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ