第16話 古代文明時代コワイ
相変わらず衣食住の衣と住の環境が改善しない日が続いていた。
布は余るほどあるが裁縫道具がない。獲物はシュネーやスノウが狩ってくるけど、これをどうやって毛皮にすればいいのかわからない。というか力が足りなくて、皮を剥ぐことができなかった。
住にしても、幼児となった私に家を建てるなどという重労働ができるはずもなく。
ちなみに気が付いたら料理スキルが手に入っていた。岩塩も見つけることができたし、食に関しては日進月歩な毎日である。
そんなある日にそいつは現れた。
「ここにいたのねん。探したのねん」
相変わらず薄暗い昼間。食後のデザートに霊樹の実を食べてまったりしていた時だ。
身長20センチくらいの女の子が目の前に出現した。文字通り出現したのだ。
「うわいたっ!?」
今まで何もなかった空間に突如現れた女の子に、声を出して後ずさると背もたれにしていた木で後頭部をぶつける。
後頭部をさすりながら目の前を注視する。女の子は緑色の髪をしており、服も緑一色の……ってよく見ると違うな。細長い葉っぱが髪のように生えていて、皮膚も緑色の葉っぱの質感のようだ。
『ふむ。精霊か。……姿を見せるとは珍しいな』
「精霊って、あのせいれい?」
特に敵意は感じなかったけど、目の前の小さい女の子からは目線を外さずにキースに聞いてみる。「あの」で通じるかどうかはわからないが、私が知っている限りでは自然界のどこにでも存在するが見えないものであるということだけだ。そしてごくまれに「精霊を見た」という話や精霊の仕業といった現象が報告されるのだ。もちろん真偽のほどはわからない。
『あらゆる生物、無生物に宿る超自然的存在のことだな。ある程度自我が芽生えたものを精霊と呼んでいる』
思ってたのと違ったけど概ねあっているようにも思う。
<精霊魔術スキルを取得しました>
「えっ?」
突如聞こえてきた神の声に一瞬頭が真っ白になる。
『ふむ。どうなるかと思ったがやはり取得したか。神の声も存外適当だな』
「ええっ!?」
神の声をディスるキースは通常運転なのでいいとして、それよりも問題は取得したスキルのことだ。
「精霊魔術って何なの!? 聞いたことないんだけど……」
王宮では地水火風四属性の魔術を習っていたけど、精霊魔術なんて言葉は一切聞いたことがない。各種魔術の本も読んだけど同じくだ。存在自体を疑うくらいなのに、その精霊に関係する魔術があるのか。
キースへご教示願っていると、小さな精霊さんが近づいてきてピッタリと腕に抱き着いてきた。
「おわっ」
「うふふふ、聞いた通りとっても落ち着くのねん」
びっくりしたけど振り払うわけにもいかない。特に重さは感じないけど、くっつかれてるということはわかる。
「聞いたとおりって?」
「うん? だってみんな言ってるのねん」
「……みんな?」
あたりを見回しながらそう答える精霊さんに、同じように見回してみるがもちろん何が見えるわけでもない。
『精霊は見えないからな。あらゆるものに宿ると言った通り、下位精霊はどこにでもいる。もちろんこの周辺にも』
「うふふふ。あなたのまわりにたくさん集まってるのねん。みんな落ち着くって言ってるのねん」
どこにでもいる精霊たちに口コミで聞いたってことなのか。
「にしてもいっぱい集まってるって……」
目を細めて見たり見開いてみたりなんとなく目に力を入れてみたりしたけどさっぱり効果はない。
『そして精霊魔術だったな。精霊魔術とは、自分が持つ魔力を精霊に分け与えることで、精霊自身に様々な現象を起こしてもらう術のことだ』
「へぇ。しってる魔術とはぜんぜん違うね」
『当時はそれなりに普及していたスキルだったんだがな。アイリスは知らないのか』
「聞いたこともないよ」
『そうか。それも仕方のないことかもしれないな……。当時であれば、精霊を捕獲して精霊因子を抽出し、精霊スキル因子に加工して人へと注入していたからな』
「は?」
いやいやいや、ナニソレ。精霊を捕獲? 因子を抽出? え、そんなことできたの? さすが古代文明だけどそんなことしていいの!?
思わず腕にしがみつく精霊さんを見るが、幸せそうに目を細めて抱き着いているだけである。
『当時精霊魔術使いが爆発的に増えた時期もあったな』
「いやいやいやいや……。それってつまり、精霊を乱獲していて、増えたのは人工精霊魔術士なんじゃ……」
嫌な想像を振り払いつつもゆっくりキースへと視線を戻すが、特に表情を変えたようにも見えない。……いや表情があるのかどうかわからないけど。
「……ところで、……因子を抽出しちゃうと精霊さんはどうなっちゃうの?」
恐る恐る尋ねてみるが、聞いたことを後悔する回答が返ってきた。
「消滅する」
あっさりと。何の感慨もなく。事務手続きをするかのような平坦な口調で。
「それやったらダメなやつだよね! 主に倫理的にというか人道的に!」
『私は人ではないが』
「そりゃそうだけどそういうことじゃなくて! 古代文明時代の人ってコワイ!」
どうしようもない憤りを感じて気持ちが落ち着かなくなる。しがみついてくる精霊さんはちっちゃくてかわいくて、私にくっつくと落ち着くって幸せそうな顔をしてくれるのだ。そんな存在が因子を抜き取られて消滅した時代があったなんて……。
『何を言う。そのおかげでアイリスも精霊魔術のスキルを取得したのだろう?』
その一言で私の心が凍り付いた。何も言葉を発せないし、呼吸も止まったような気持ちになる。さっき自分で考えた、人工精霊魔術士になってしまったということか。
何とか我に返り、ギギギと軋み音が鳴りそうな動きで精霊さんへと視線を動かすと、自然と涙があふれてきた。
「ごめんね、精霊さん。ホントにごめんね」
私は何もしていないはずだけれど、ただ謝るしかできなかった。
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