第17話 木の精霊

「どうして泣いてるのねん?」


 ふと気づけば精霊さんが目の前にいて、心配そうに私を覗き込んでいた。


「だっで……、あたじのなかにある、いんしは……ひっく。ぜいれいざんのなかまの、いんしだって、言うから」


 涙ながらに言葉にすると、精霊さんは微笑んで頬を撫でてくれる。


「そんなこと気にしなくていいのねん。いつの間にか生まれて、いつの間にか消えているのがボクたち精霊なのねん」


 そのまま私の頬へとピタリと体をくっつけ、目元へと口づけを落とす。


「それに精霊は生き物にも宿るのねん。アナタの中に宿る精霊を通して、アナタがとても優しい心を持っているって伝わってくるのねん。だから近くにいるととっても落ち着くのねん」


「あたしのなかの……、せいれいさん……」


 思わず自分のお腹あたりへと視線を向ける。古代文明の遺跡によって注入された精霊因子がどこにあるかはわからないけど、なんとなくお腹に宿っている気がしたのだ。


 そして今の言葉から私は重要なことに気が付く。

 私の精霊を通して伝わるってことは、死んだわけじゃないってことなのかもしれない。そう思えば重く沈んでいた気持ちが少しは浮上してきた気がする。


「それにボクはまだ生まれてから1800年ちょっとしか経ってないのねん。そういう時代があったってことはよく知らないのねん」


「せ、せんはっぴゃくさい!?」


 驚きのあまり涙がピタリと止まった。

 古代文明が滅んだのが約五千年前と言われている。精霊を乱獲していた時代がいつかは知らないが、確かに時代はかぶっていない。


『ふむ。精霊は生まれてから千年ほどで中位精霊になると聞く』


「そうなんだ。じゃあ、この精霊さんは中位の精霊さんなんだ」


『そうだな。そしてさらに一万年を経て上位精霊になるとされている。我々が接触できた記録は残っていないがな』


「え……? じゃあもうちょっと昔からいる精霊さんは、当時を知ってるってこと?」


『当然そうだろうな』


 うう……、会えるとは思わないけど、それはそれで不安だ。なにせその当時に消滅した精霊因子が私の中にあるのだ。うちの子を返せみたいに襲われないだろうか。


『我々の時代にも接触できなかった存在だ。今から心配しても無駄だろう』


 それは捕獲されたくなかったからじゃないかな。でも上位精霊というからには、すごい力を持ってそうだけど。

 でも当時のことを知る中位精霊もいるんでしょ。どこにでもいるって聞けば不安にもなる。


「そうねん。それは会ったときに考えるのねん」


「あ、うん」


 キースに言われるより精霊さんに言われたほうが納得ができる。どっちにしろ対策のしようはないのだ。なるようにしかならない。


 それにしても精霊魔術かぁ。

 知っている魔術よりも未知の魔術ってちょっとワクワクするね。


「精霊魔術って、精霊さんに魔力を渡してお願いすればいいんだよね」


 精霊さんへと視線を向けようとしたけど、頬に張り付いているのでよく見えない。どういうことができるのか聞きたいけど、そういえばなんて呼んでいいかわからないな。


「ねぇ、精霊さんってなんてよべばいい? 名前はあるの?」


「ボクは木の精霊ドライアドなのねん。名前はないから付けてくれると嬉しいのねん」


 私から離れると、キラキラと目を輝かせて期待一杯な精霊さん。そんなに名前を付けて欲しいんだろうか。


「うーん。急に名前って言われても……」


 すぐには出てこないので気持ちで一歩引くと、精霊さんが悲しそうな表情になる。


「あ、うん、今考えるからちょっと待ってね」


 慌てて弁解するといい笑顔に取って代わった。

 よかった。とにかく精霊さんの笑顔が戻って……。


 ドライアドっていうのが木の精霊を指す言葉だとすれば……、ドライとか、アドとかは安直すぎるかな。あとはいろんな木の種類があるけど……。


「じゃあ『かえで』とかはどうかな」


 甘いお菓子を思い浮かべて提案すると、嬉しそうに頷いている。

 この樹液からできるシロップは甘くておいしいよね。


「わかったのねん。ボクは今からかえでなのねん!」


 くるくると回りながら踊ると、かえでの足元から草が伸びてきてポンポンと花が咲いた。


「うおぅ、花が……」


「うふふふ。ありがとうなのねん。えーっと……」


 いきなり咲いた花に驚いているとかえでが何か言い淀んでいて。


『アイリスだ』


「アイリスちゃん!」


 キースが間髪を入れずに返すと、かえでがそれに応えた。


「ってそれあたしの名前! あいりすじゃないから! さいりゃすだから!」


『はっはっは、何を言ってるのかなアイリス。嘘は付いちゃいかないよ?』


「さっきもアイリスって呼んでたのねん?」


 首を傾げる精霊さんだけど、私はアイリスではないのだ。サイラスという男らしい名前が――


 と名前について思い起こしたところで、国王であった父親がフラッシュバックする。なんとなく呼吸が浅くなって体が震える。

 サイラスという名前を付けたのが父なのか母なのかは知らない。だけど思い出そうとすると拒絶反応が出るようで、何も考えないようにすると心も落ち着いてくる。

 なんで今頃こんな気分になったのかはわからない。でもいい機会かもしれないな。


「うん……、やっぱりアイリスでいいや」


 こうして私はアイリスとして生きていくことを秘かに決意する。


「ところで、あたしが魔力をあげたとして、かえではどんなことができるの?」


 気を取り直して聞いてみると、かえでがニコニコと嬉しそうにくっついてくる。


「植物を育てられるのねん」


 さっき見せてもらった花が咲いたやつだろうか。特にお願いした覚えはないし、魔力をあげた覚えもないけど、かえでがやったことには違いない。

 野菜の収穫がすぐできるようになるのであれば便利だな。


「あとは植物をある程度操れるのねん」


「……操る?」


「そうなのねん。藪や木をどけて、森の中を歩きやすくしたりできるのねん」


「そうなんだ……、あたしでも歩けるようになるのかな」


「もちろん。だから魔力をちょうだいなのねん」


「うん、がんばる!」


 これならこの森から抜けられるのではないかと、ちょっと期待するのであった。

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