第14話 雨降る神霊の森

 一週間ほどが経った。


 前回寝落ちしてしまったが、あれからすぐに地、水、火、風、光、闇、無と全属性のスキルを取得することができた。魔力を循環していたら一気に全部取得できたので大興奮してしまったことは記憶に新しい。

 ちなみに魔術スキルを取得するとMPが10増えた。物理スキルのSPと理由は同じようだ。


 とはいえまだ魔術らしい魔術を使うことはできていない。魔術を使えるようになるのはレベル2からなのだ。魔術に関わらず基本的にスキルをレベル2にするためには、覚えの早い人間でも訓練を最低で一年続ける必要があると聞く。レベル1になったばかりの私にはまだまだ無理なのだ。


 またようやく栄養失調状態から脱していた。まだ体はやせ細ったままではあるが、以前に比べて肉はついたように思うし、森の中を歩けるようになったと思う。


『誤差の範囲ではないか』


 キースの言葉を真に受けてはいけない。

 歩けるようになったのは確かなのだ。嘘ではない。


 とはいえキースもただ毒を吐いていただけというわけでもない。光を対象物に照射するあの調査方法によって、食べられる野草や茸、木の実などを探して食生活も豊かになった。そう。確かに衣食住の「食」はちょっとだけ豊かになった。


「やねが欲しいよね……」


 比較的大きい木の根元でじっと身を潜めながらポツリと呟く。


『同感だ。防水と撥水の加工は施してあるが、レンズに水滴が付着すると視界が悪くなる』


 そう。キースの言葉からもわかる通り、雨が降っていた。

 朝方からパラパラと降り出した雨は、昼頃にはザーザーと激しい音を立てて頭上の葉っぱを激しく叩いている。近くの小川からあふれ出た水が一時的な支流を作って、前方十メートルくらい先を流れている。スノウも隣で丸くなっているが、シュネーは地に伏せており、その巨体からか雨を一身に受けてじっと動かない。


「へぇ……」


 周囲の風景を見ることができるのはわかってたけど、レンズってので見てるのか。レンズって何だろうな? よくわからん。

 隣を振り返ってキースをまじまじと観察する。そういえばこうやってじっくりキースを観察したことなかったな。


『なんだ?』


「いや、そのレンズっていうの? どこにあるのかなぁって思って」


『全周囲をカバーできるように付いているぞ』


「えっ?」


 全周囲についてるってなにそれ。全然それらしいものは見当たらないんだけど……。というかレンズがどういうものなのかもわからないので当たり前か。

 それにしても全周囲って……、死角なしってこと?


「なにそれ、ずるいじゃん」


『そう作られたのだ。仕方がないだろう』


 口をとがらせて文句を垂れる私に、毅然とした態度で相対するキース。

 つまりキースには不意打ちはあまり効かないということであり、口汚く罵られたあとの反撃は躱される可能性が高いということだ。

 何という仕打ちであろうか。私は一方的にキースの標的になる運命なのだろうか。


『アホなこと考えてないで、暇なら魔術の訓練でもしたらどうだ』


「むぅ」


 考えていたことが読まれたような気分になり、バカな思考を放棄する。確かに魔術の訓練でもしていたほうが建設的だ。

 気分を入れ替えて深呼吸をすると、魔力の循環を始める。体の中心にある魔力であるが、まだちょっと動かせるようになったかなという程度だ。全身に自由に行きわたらせられるようになり、手に集中できるようにならないと魔術は発動しない。


 目を閉じて体の中心にある魔力を感じていた時、伏せていたシュネーが起き上がって目の前を流れる支流の上流に目を向けた。耳がぴくぴくと動いているけど何か聞こえるんだろうか。


「雨の音しかしないけど」


『何か来るな』


「えっ?」


 シュネーと同じ方向に視線をやるが、草木が生い茂っているだけだ。キースに透視能力がないとすれば、私よりも音を拾えるということなんだろうか。


 ――と、大きな影が姿を現した。


 カエルだ。私と同じくらいの大きさがある。全体的に緑色の保護色をしているが、体の中心に縦に黒いギザギザの模様が走っている。支流沿いに跳ねながらこちらへと向かってきたカエルだったが、シュネーの存在に気が付いたようで跳ねるのをやめた。


 にらみ合うシュネーとカエル。


 両者ともに微動だにせず、ただ対峙しているだけだ。

 緊張感が高まっていくと感じているのは私だけなのだろうか。激しく降り続く雨の音に紛れて、つばを飲み込む自分の音が妙に響く。


 五分ほどにらみ合っていただろうか。いや実際には一分もたっていないのかもしれない。ふと視線を逸らしたのはカエルだった。

 そのまま何事もなかったかのように支流の下流方向へと跳ねていく。


「なんだったんだ……」


 大きく息を吐き出すと自分の手を見つめる。ちょっと震えているところを見るに、思ったより緊張していたようだ。


『謎だな』


「キースはどうして何か来るってわかったの?」


 緊張を紛らわせるようにして疑問に思ったことを素直に尋ねてみる。


『音がした』


「そうなんだ……。あめの音しか聞こえないんだけど……」


『鍛え方が違うからな』


「鍛えてるんだ……」


 よくわからないキースの回答にちょっとだけ安堵する。どうやら透視能力はなかったようだ。

 シュネーはカエルの姿が視界から消えたあたりで、また地面へと伏せる姿勢へと戻っていた。

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