第三幕 〜3年前の要目〜

 どうやら気を失っていたらしい。目を覚ました時、要目は食卓の上で仰向けになっていた。


「やっと起きました」


 どこからか現れたのは要目と同じぐらいの年の眼鏡をかけた少女だった。

 黒く長い髪を二つに分け、三つ編みにしていた。全身真っ黒の服を身に包み、黒いベール付きの帽子をかぶっている。


「起きました。はじめてください」


 何が、はじまるというのか。

 少女とすれ違いにループスが来る。衝撃的な光景を見たせいか、ループスがその場にいても驚かなかった。

 要目は飛びつきたい衝動に駆られた。だが、不思議なことに、自分の体なのに全く動いてくれない。

 ループスは突然、要目の頭めがけてワインの瓶を叩きつけた。ガラスの破片が口の中に入ったが吐き出せない。


(ループス?)


 ループスは要目の上体を持ち上げる。すると、いつの間にか持っていたグラスを要目の口に押し付けた。

 グラスの中に入っていた朱色とその匂いで要目は今自分が何を飲まされているのかが分かった。

 血だった。


「飲めよ。飲み干せ。血の罪を思い知れ」


 必死に抵抗しているのに体はだらりと力が抜けて動かない。


(いやだ、飲みたくない! 誰か! だれ、か……)


 要目の思いとは裏腹に緋目の血を飲み干してしまった。口からグラスが離れ、また食卓に仰向けにされる。

 要目を見降ろしていたループスは薄ら笑いを浮かべていた。

 この時、要目はループスに裏切られたことに気づいた。

 使用人のほとんどが知らない本棚の隠し通路をなぜ奴らが知っていたのか、それはループスが知っていたからだ。多分要目と一緒にかくれんぼした時に見つけたのだろう。だから見つかってしまった。誰かが隠し通路の存在を知っていなければ見つけるなんて不可能のはず。


「自分の母親の血って、おいしいのかしらね」


 初恋の相手に裏切られたショックと母の血を飲み干したショック、そしてどこからか聞こえた声で要目の心は完全に死んだ。

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