4章 夜明けのマリオネット(要目の過去編)

1 予期せぬ再会

 旅の醍醐味はご当地の美味しいものだという。

 だが、いつきには「美味しい」が分からない。斎が食べるのは生きるためであって、そこに美味しいを求めたことがないからだ。

 そんな話をすると要目かなめがグラスをテーブルに置いて言った。


「食べて嬉しいと思うものが美味しい、ということです」


 要目は空になったグラスに水を追加する。

 なるほど、その感覚なら経験したことがある。緑の葉を持つ木の樹液は食べていて気持ち良かったが、黄色の葉をもつ木の樹液は食べていて気持ち悪かった。そういうことなのだろう。


「斎、何食べます? 私はココアが飲みたいです」


 それは食べ物ではない、飲み物である。

 軽めの昼食をとろうと食堂に入ったが、ちょうど昼時で混んでおり、要目と斎はたまたま空いていたカウンターの席に通された。要目の左隣の人間は席を外しているのか、上着だけ置かれ、誰もいなかった。

 斎は紙のメニューを見るが食べたいものが思い浮かばない。というより好き嫌いがないから何でもいい。斎はメニューをパタンと閉じ、次に開いてパッと目に入ったものを食べようと思った。


「おやじさん。タコとジャガイモの煮物くれる?」

「はいよ」

「あとチーズがのったバゲットもね」


 タコとジャガイモの煮物なんてメニューのどこにあったのだろうかと思った時、斎の左隣に座っていた要目が立ち上がった。


「どうして! どうして貴方が?」


 要目は立ち上がったまま動かなくなる。斎は一旦メニューを置き、前のめりになって自分の左側を覗き込んだ。

 要目の視線の先にはさっきまで席を外していた要目の左隣の者がいた。

 ダークブラウンの髪と瞳の少年だった。灰色のボタンベストを着ており、ワイシャツの袖を二回折っている。


「なぜ! なぜ貴方がここにいるの!」


 そして要目は噛みしめるように言う。


「ループス……」


 少年――ループスは要目を見上げた。


「久しぶりだね。要目。元気にしてた?」


 そう言うと同時にループスの前にタコとジャガイモの煮物、そしてチーズがのったバゲットが置かれた。ループスは馴れ馴れしくバケットを要目に差し出す。


「食べる?」


 刹那。要目はテーブルに置かれているループスの左手から一センチずれた所にフォークを突き立てた。

 ループスはフォークを見つめてからバゲットを皿に置き、立ち上がる。そして店の出口に向かっていった。

 要目はテーブルにフォークを突き立てたまま、力を入れている。目はどこか虚ろだ。

 斎は気になって要目の右肩を叩く。

 その直後、要目は突如、左手で斎の首を掴み、テーブルに叩きつけた。右手に持ったフォークを斎の首に振り下ろそうとする。斎は近くにあったグラスを右手に、中に入っていた水を要目にぶっかけた。グラスの中にフォークを入れ、手首を回してフォーク入りのグラスを投げ落とす。

 要目の顔から水滴が落ちる。目を大きく見開き、硬直していた。


「要目?」


 要目は素早く辺りを見渡し、一直線に出口に走り出す。


「待て! 要目!」


 斎は急いで木製の扉を押し開け要目を探す。要目はすぐに見つかった。

要目は食堂から少し離れた雑貨屋の前で立ち止まっていた。マントの中から拳銃を取り出し、隣の洋服屋から出てきた女の子に銃口を向けている。

 要目の指は引き金を引く寸前だった。

 斎は駆け出し、要目の手首を左手でつかみ、右手で拳銃を叩き落とす。同時にドンと音が鳴った。


(危ない……)


 斎の右足から一センチ離れた地面に銃弾がめり込んでいる。あと少しでもずれていれば斎か女の子に当たっていただろう。幸い、斎にも女の子にも弾は当たっていない。だが女の子は抱えていた洋服を落とし、泣き出した。高い声が耳につく。

 要目は斎を見上げ、唇を震わす。


「斎……わたし……」


 要目の体も震えている。呼吸も早い。

 斎は要目を腕の中に抱え込み、周りを見渡す。女の子の泣き声を聞いてか、群衆が集まってきている。

 斎は群衆の中にループスを見た。ループスは要目と斎を見て一回瞬きをして踵を返す。

 斎は要目の肩をつかみループスと逆方向に要目を歩かせる。早く群衆の輪の中から抜け出さないといけない。だが、群衆はどく気配を見せない。 


「どけよ、死にたいか?」


 自分でも驚くほど冷たい声だった。群衆は斎の言葉に恐れ、さっと道を作る。

 要目は斎に連れて行かれるまま歩を進めている。斎の手には要目の震えがずっと伝わっていた。

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