2 ベランカ
貯水槽と塔屋しかない殺風景な屋上、その真ん中に露出の多い女と黒ずくめの集団が集まっていた。
中央で優雅に立っている女の長い髪が風でなびいている。紫と金の髪、月明かりで光る金色の目は要目と斎を絡め捕る。
真っ赤な唇が開く。
「はあーい、久しぶりね。要目ちゃん」
むき出しの右腕をあげて手を振る。手首や指に色とりどりの装飾品がついていた。
要目は目を見開いていたが、ハッとしてマントに両手を入れる。
「ベランカ……」
要目は両手で拳銃を取り出し、ぶっ放す。
要目の銃弾は確かに女――ベランカに命中している。そのはずなのにベランカの手前で銃弾が弾かれ地面に落ちた。
カチカチ、と要目の両手の拳銃が弾切れを告げる。
両手の拳銃の弾が切れたのを見てベランカは高らかに笑った。
「残念、要目ちゃん」
突如、黒ずくめの集団が機関銃を斎と要目に向ける。
「
一斉に発砲する。斎と要目は二手に別れて逃げる。要目は塔屋の裏に滑るようにして身を隠し、斎は近くにあった貯水槽の裏に隠れた。あまり身を乗り出さないように貯水装置の裏からチラッと覗く。
ベランカは依然として優雅に立っていた。腕を組み、微笑んでいる。
(あれが、ベランカ……)
シュッ
風を切る音がして見ると大男が斎めがけて拳を振り下ろしているところだった。
斎は左に逃げてかわす。大男の拳が地面にめりこむがすぐさま引き抜き、大男は斎に突進した。
大男とは思えない俊敏さ、左フックと右ストレートの連続技。不規則な動きをする大男に対し、斎は避けることで精一杯だった。
手袋を外して素手で触れば大男を倒せるが、大男の動きが速すぎて手袋を外す暇がない。
斎はしゃがんで大男を転ばせようと回し蹴りする。大男がとっさに後ろに下がって避けたので空振りした。
だが、距離は取れた。その隙に斎は素早く右の手袋を外す。
(あとは触れば、)
倒せる、と思ったその時、左の視界の端でキラッと光るものが見えた。
「!」
何か確認した時、斎は顔の左半分に衝撃を受けた。
両膝をつき、左手を地面につけて体を支える。左手あたりから生温かい液体が地面にポタポタと落ち、同時に視界が歪んだ。
(目を、やられた……)
斎の左隣に銀色のメリケンサックが落ちていた。金属には穴が三つ開いており、その先端に突起がある。
それを見て斎は一瞬で理解した。
大男が地面にめり込んだ拳を引き抜く時、地面に抉ったような跡を見た。あの時は避けることに必死で考える暇がなかったが、今思えばあの跡は普通の拳ではできない。
あの金属の三つの穴に指を通して拳を作る。その拳で殴ることで相手をより怪我させることができるのだろう。
まさか、その金属自体を投げてくるとは思っていなかったが。
(やられた……もっと注意すれば……)
ぼんやりとした視界の中で大男の拳が斎の前に迫っていた。斎は跳んで避けようとしたがもう目と鼻の先だ。
(間に合わない!)
とっさに右の手の平を顔の前に出す。金属の重い感触と強い衝撃は伝わり、その直後に突起の鋭さが皮膚に刺さった。
「っ!」
斎は右手を動かし何かを掴む。少し汗ばんだ感触で大男の皮膚、拳をつかんだと分かった。だが、殴られた衝撃で斎はかなり飛ばされた。腰までしかない手摺壁に背中を強打する。
体勢が低くて助かった。立っていれば手摺壁を越えて屋上から落ちていただろう。
斎は片膝を立てて座る。目を開けると目の前で大男が倒れていた。
例外はあるが、斎に触って死ななかったものはいない。大男も同様、斎に触れて死んだ。
その直後、腹部に鋭い衝撃を受ける。
「ごめんなさいね」
声がする方を見た瞬間、右肩に衝撃を覚えた。衝撃でのけぞるが手摺壁のおか
げで落ちずに済む。
声がする方を見ると、斎から離れた場所にベランカが拳銃を向けていた。
「やっぱり、もっと近づかないと当たらないわね」
ベランカは優雅に斎に狙いを定める。
斎は視線を後ろに向ける。一番高い建物だけあって底が闇一色で全く見えない。
斎は跳んで立ち上がり、手摺壁を後ろに跳び超えた。
ベランカに殺される、また、機関銃で撃たれて死ぬよりはマシだと思った。
集団に殺されるのだけは、絶対に嫌だった。
斎は目を閉じる。どうせ視界はぼんやりしたままだ、閉じていても問題ない。
だが次の瞬間、背中に感じたことのない痛みを感じ、とっさに何かを握ってい
た。
目を開けると、斎は建物から突き出た物干し竿を手にぶら下がっている。
地面が近い。このまま降りても大丈夫だ。斎は手を離して着地した。
体の中身をかき混ぜられている感じで気持ち悪い。斎は立っていられなくなってその場に倒れた。
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