4 二日後

 二日後。三日月の夜に斎は要目と並んで歩いていた。

 斎は要目が支給した新品のスーツを着ている。長かった白い髪を短くし、身なりも佇まいも整えた。

 都市は人口密度が高い。さっきから並んで歩く子連れとぶつかりそうになる。

 服を着ている以上、素肌ではないので他人が斎にぶつかっても問題ないはずだ。だが、何かが触れる、それに類することに抵抗がある。


「スーツ、よく似合っています」


 着ない選択肢はなかった。斎がかつて着ていた服は、首の管から微量に漏れていた血液や埃で汚かった。この格好では出歩くのはまずい、そう要目が言ったので着替えた。


「ですが、私があげた手袋と眼鏡はつけなかったのですね?」


 質問されていると気づいたのは要目が斎の目を見ていたからだ。返答を待っている、と思ったが、答えるのが億劫で止めた。

 確かに、支給されたものの中に黒い手袋と眼鏡があった。

 スーツは仕方なく着たが手袋と眼鏡を着用する必要性は感じられなかった。

 手袋は以前からずっと持っていた白い手袋があるし、眼鏡は目がいいのでかける必要ない。また、変装が目的であっても髪を切って別人のようになっているからだ。


「似合うと思ったのに」


 文句を言う要目を斎は無視する。

 一方の要目は丈が足首まである紺色のドレスを着ている。腰は白いレースのリボンで飾られ、緩やかに広がるスカートの裾は歩くたびに揺れている。髪は上で青いラメのリボンを使って結んでいる。そして左手には黒く光るポーチを持っていた。

 斎は通り過ぎる子連れをひらりと避ける。さっきから行く先行く先に子連れが多いと思っていたが、どうやら進路が同じようだ。要目と斎は彼らと同じ場所に向けて歩いている。


「今から行く場所に、私がるべき相手がいます」


 訊いてもいないのに要目は勝手に話を続ける。 


「相手は扇子でいえば要の部分。そこを崩せば奴らは動揺するはずです」


 全く興味がないが、どうやら復讐するうえで要となる相手を殺しに行くことだけは分かった。

 一本の長く続く道の左右に屋台が並んでいる。店員が客を呼ぶ声で賑やかだ。その道の行き止まりに大きな建物がある。

 要目は立ち止まる。斎もそれに倣った。


「あれが、私達がこれから行く建物です」


 円形になった屋根、電飾を施した壁は数秒ごとに色が変わっている。

斎の隣で親の手に引かれた子供がはしゃいだ様子で建物の中に入っていく。


「さて、行きましょう」


 突然、要目の右手が斎の左手首をつかむ。斎は一瞬後ろに身を引いたが要目の力が強く引っ張られていった。


(……右手)


 昨日切断されたはずの右腕がくっついて元通りに動いている。

 だが、驚くことはない。驚異的な回復力を駆使する者なんて珍しくない。

 はしゃぐ子連れに続いて建物に入る。

 天井の大きなシャンデリアが光を反射し大理石の床を彩る。斎は目を細めたが反射する光をこれ以上和らげることはできなかった。

 真正面には頑丈な扉が一つ、その扉の前にカウンターが二台置かれており、そこで子供と大人が順番に簡単な手荷物、身体検査を受けていた。帽子を被った検査員が許可を出すと頑強な扉が開き、前の子連れが中に入っていった。

 斎と要目の番になる。斎は男検査員の言われるままに上着とズボンのポケットをひっくり返す。

一方の要目は女検査員によって手に持っていたポーチの中身を調べられていた。

 ポーチの中には財布、ハンカチ、そして小瓶が入っていた。要目を調べていた女検査員は眼鏡を押し上げながら片手で小瓶を天井の光に透かす。

 水色の小瓶に入っているのは透明な液体だった。女検査員が小瓶の蓋をとる。斎の方にも甘い香りが届いた。


「これは?」


 怪訝そうに尋ねる女検査員に対し、要目は平然と答える。


「香水です。すごくいいものなんですよ」


 確かに甘いが上品な部類に入る香りだ。

 女検査員は瓶の蓋を閉めると言う。


「申し訳ございませんが、これは処分させていただきます」

「え?」


 要目の目が大きく開かれたが構わずに女検査員は淡々と続ける。


「よく分からない、怪しいものはとにかく処分する。オーナーの命令なんです」

「知らなかったんです。どうしても処分ですか?」

「処分です」


 はっきりと言い放った女検査員の言葉を聞いて要目は目を伏せる。落ち込んでいるようだ。


(香水ごときで落ち込むとは、やはり少女だな)


 斎は無感動に思う。要目は顔を上げ、ため息をついてから言った。


「仕方ありませんね。オーナーの命令なら」


 香水は処分されたが要目と斎は検査に合格し、頑丈な扉が開いた。

 色とりどりの景色、大音量の音楽、人混みが放つ熱気が一度に飛び込んできた。

 斎は何回も瞬きをする。次に目を開けた時、要目が隣で斎を見上げていた。

唇だけが動く。



 行こうよ 



「!」


 要目は一歩踏み出し、入り口に立っていたウェイターの盆から飲み物を二つもらう。

 おそらく斎以外は気づいていない。

 唇が動いた時の要目の目に宿った鋭い光と不敵な笑みを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る