第2部 エピローグ
第203話 エピローグ①
美衣子が灯里と付き合った日、つまり結婚式に乗り込んだ日の約1か月前から、ちょうど2年の月日が経った。
美衣子は当然のように灯里と一緒に生活をしていた。愛を失うことなんて、一秒もなく。
今日も、灯里と同棲している家で、記念日のパーティー用に、いつもよりも豪華な晩御飯を準備していた。もちろん、ケーキも買って。
「よし、良い感じに準備できたわね」
美衣子は机の上に広がるピザやチキンやシーザーサラダを見て、大きく頷いた。これから灯里を待とうと思ったところに、ちょうど鍵の開く音がする。
「美衣子、帰ったわよ!」
今の時刻は19時過ぎだったから、日を跨ぐような遅い時間まで働いていた時に比べたらずっと早い時間だった。今日は特に早めに仕事を切り上げて帰ってきてくれたみたいだ。
まあ、普段は22時くらいに帰ってきているから忙しそうなことは忙しそうだったけれど、美衣子と一緒にいたいからと言って、土日は休んでくれているから、やっぱりあの頃よりもはずっとまともな生活をしていた。
美衣子が玄関まで灯里のことを迎えに行った。
「おかえり、灯里」
美衣子が玄関まで行くと、灯里がギュッと抱きしめてきた。これが毎日のルーティーン。ちなみに朝はキスまで求められるけれど、気分によってしたりしなかったりしている。
「ねえ、美衣子。お風呂なの、ご飯なの、それとも美衣子なの?」
「それは多分わたしがするべき質問だと思うけど……」
「美衣子が聞いてくれるの?」
「聞かないけど……」
「美衣子の意地悪」
灯里がわざとらしく大きく頬を膨らませた。
「そんなことよりも、ご飯冷めちゃうから早く来てよね」
美衣子が灯里の手を引っ張った。
「あ、ちょっと美衣子、わたしまだヒール脱いでないから!」
玄関で躓きそうになった灯里が慌てて美衣子をギュッと抱きしめて、そのまま流れるようにキスをした。仕事終わりの灯里から、メイクの匂いが漂ってくる。柔らかい唇の感触をソッと舌で確かめてから、美衣子が灯里の体から離れた。
灯里が頬を赤らめて、普段よりもかなり早口で言い訳をする。
「い、今のは美衣子がいきなり引っ張ってバランスを崩したからよ!」
「そうね、今のはわたしが悪かったわ……」
「え……? 美衣子にいきなりキスしたのに怒らないの?」
「今日はね」
もちろん、普段から本気で怒っているわけではなく、戯れてるだけだけれど、今日はそういう軽口すらなかったら灯里が困惑しているらしい。
そんな灯里に、美衣子が微笑んだ。
「ねえ、灯里。今日が何の日か、忘れたなんて言わせないわよ」
「覚えたから早く帰ってきたのよ。今日は2回目の記念日でしょ?」
「正解」と美衣子ができるだけ冷静に伝える。できるだけ冷静に伝えたつもりなのに、表情は緩み切っていた。
ちゃんと多忙な灯里が覚えてくれていたことが嬉しかった。わたしのことならなんでも覚えていてくれる灯里のことが大好きだ。
ヒール高めのパンプスを灯里が脱いだのを確認してから、今度こそ声をかける。
「さ、ご飯よ、ご飯」
灯里の手を引っ張ってダイニングへと連れていく。
一時はワンルームのアパートに住んでいたけれど、灯里が頑張ってくれたお陰で、またダイニングキッチンのついた家に引っ越すことができたのだ。
「ねえ、美衣子。わたしまだ手を洗ってないわ」
「早く洗ってきなさい」
いつもよりもほんのり機嫌の良い美衣子は、用意していた赤ワインを開けて、灯里を待っていた。
「お待たせ、美衣子。……って、すごい豪華ね! 美味しそうだわ」
灯里が机の上をジッと見ている。
「当たり前でしょ。わたしたちの大事な日なんだから。灯里への愛を絶対に忘れないためにも、毎年盛大にするわよ!」
結婚式の妨害をした直後、案の定、灯里は会社を辞めさせられてしまった。形式上は自主退職だったけれど、実質解雇みたいなものだった。
両親からは電話で相当こっぴどく叱られて、予想通り勘当に近い扱いも受けてしまったらしい。
灯里は一気に収入を無くしたから、美衣子は非正規での仕事を始めた。思ったよりもスムーズに社会復帰ができてホッとしたけれど、2人で生活していく給与には到達できていなくて不安はあった。
それでも今余裕を持って暮らせているのは、灯里が会社を起業して、上手く経営を始めてしまったからだ。会社を軌道に乗せてしまって、今は関東を中心に15店舗店を構えている若者向けのカフェをするようになっていた。
美衣子はまた仕事をやめて、灯里のサポートに専念するようになった。灯里が過労で倒れないようにするために、家のことは全部美衣子がすることにした。もちろん、美衣子自身の意思で。
「親の力無しで、結局しっかりと仕事をやり遂げてしまうなんて、やっぱり、灯里はカッコいいわね」
美衣子が褒めると、灯里がクスクスと笑った。
「あら、人の結婚式に乗り込んできて花嫁を連れ去っていく方がよっぽどカッコいいと思うけど?」
「あ、あれは……。だって、灯里が他の人と結ばれるのが嫌だったから……」
「わたしも美衣子以外と結ばれたくなかったから、同じ気持ちね」
灯里が笑ってから、真面目な調子で続ける。
「ねえ、美衣子。あの日、わたしのこと、連れ出してくれてありがとう……」
「もう2年も経つんだし、今更そんなお礼なんて良いわよ」
「ううん、わたしが美衣子と結ばれない世界はおかしいのに、他でもないわたし自身がそのおかしな世界を作り出してしまっていた。けど、それをきちんと正してくれたんだから、美衣子には感謝してもしきれないわ」
「大袈裟よ……」
美衣子は苦笑いをしたけれど、灯里は静かに首を横に振った。
「大袈裟ではないわ」
そう言って、灯里が小さな箱を取り出して、美衣子の方に近づいてきた。
「美衣子に大事な話があるの」
灯里は綺麗な表情で微笑んだのだった。
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