第202話 彼女の幸せな結婚式④

幸せムードいっぱいの結婚式場に孤独な気分で入るのは不思議な感じだった。美衣子は一人、事前に調べたチャペルの場所へと向かっていた。


ウエディングドレス姿で一人通路を歩いていると、不審に思われるのでは無いかと心配だったけれど、意外と違和感なく溶け込めているらしい。そもそも、ラッキーなことにあんまり人とすれ違わなかったというのもあるのだろうけれど。


チャペルの前にやってきて、息を整える。ゆっくり歩いてきたはずなのに、ドキドキして、走った後みたいに息が弾んでいた。


仕事関係の結婚ということは、参加者も多いに違いない。灯里も相手の人も優秀そうだから、かなりたくさんの人がいるのではないだろうか。そんな完璧に作られた世界の中を美衣子が入ってしまうのには躊躇ってしまう。


それでも、覚悟を決める。


扉を開く前にもう一度大きく息を吸った。


そして、勢いよく扉を開く。


会場内の人たちの視線が一気に美衣子の方に向いた。空気が凍る。美衣子の足が一瞬止まった。明らかに場にそぐわない人物が入ってきたことに対して向けられる不審な目。


怖かった。


けれど、美衣子の視線の先に灯里を見つけた瞬間に、恐怖心は吹き飛んだ。


目を大きく見開いた灯里の瞳がキラリと光った気がした。遠いからよくわからないけれど、美衣子のことをジッと見つめていることはわかった。


灯里が助けを求めている。そう思って、美衣子は気合を入れ直した。


もう一度大きく息を吸ってから、チャペル内に声を響かせる。


「大事な恋人のこと差し置いて、何勝手に結婚しちゃってるのよ!!」


静かな空間に、美衣子の声だけが響いた。ウエディングドレスを着てきたから、多分美衣子が新郎のことが好きなのだと思われているに違いない。けれど、当然美衣子が奪いたいのは新婦の方。灯里の方だ。


美衣子、と小さく口が動いた気がしたけれど、声は遠くて聞こえなかった。


「ねえ、灯里。ちゃんとあんたのこと迎えに来たわよ! わたしを選んでくれるんでしょ!」


「美衣子、なにしてるのよ……」


灯里のよく通る声が美衣子の耳にも入ってくる。困惑と喜びが混ざり合った声が聞こえる。


「あんたを迎えにきたのよ! あんたと付き合ってるのもわたしだし、あんたのことが大好きなのもわたしなの! 絶対に渡さない! 灯里はどうなのよ! わたしのこと好きなの? 好きじゃないの?」


「そ、そんなの……。ずっと、ずーっと好きだって言ってるでしょ!!」


涙混じりの灯里の声が聞こえてくる。


「なら早く来なさい! あんたが一緒にいるべき相手はその人じゃない! わたしよ!」


美衣子が叫ぶと、灯里が目を軽く擦って、大きく頷いてから、ヒール音が鳴らした。初めは小さく、不安そうに踏み出した一歩目の音だったけれど、続いて、カンカンカンとリズムよく早足で音が鳴る。


灯里に早く来てくれないと困る。今はまだ非日常的なことが起きて、出席者の思考が止まって様子見をしている段階だけれど、誰かが我に帰ったらきっとすぐに止められる。


「おい、灯里!」と新郎の引き止める声が聞こえたけれど、灯里は気にせず美衣子の元に走っている。もう灯里の視線の先には美衣子しか見えていない。


「灯里、早くして!」


みんなが困惑している間に事は収めたい。少しずつざわざわと声がし始めた頃には、もう美衣子は灯里の手を掴めていた。


灯里が瞳を潤ませながら微笑んでいる。


「美衣子、ドレス姿、すごく綺麗よ……」


「あんたのほうがずっと綺麗よ! ……っていうか、そんなやり取りは後にするわよ!」


美衣子は、灯里の手をギュッと掴んだ。絶対に離さないという強い意志を持って。灯里も美衣子の手を握り返してくれた。


「さ、お二人さん、早くしなきゃ」


透華がホッとしたように息を吐きながら、ドアを開けてエスコートしてくれた。美衣子と灯里はそれぞれ繋いでいない方の手でドレスの裾を持つ。透華も後ろでドレスの裾を持つのを手伝ってくれたから、2人の花嫁は手を繋ぎながら走ることができた。


「ねえ、美衣子。ここまでしたんだったら、ちゃんとわたしと一生添い遂げてくれるって事で良いのよね?」


「じゃなきゃ迎えに来ないわ」


灯里がヒール音を鳴らして、楽しそうに笑いながら続ける。


「美衣子のせいで、わたしの人生台無しになったんだから、ちゃんと責任取ってもらわないと困るもの。親の会社は辞めないといけなくなるのは間違いないし、きっと勘当だってされちゃうわ。親の敷いてくれたレール、美衣子のせいで全部台無しよ!」


とても暗い内容を伝えられてるのに、灯里の口調はとても嬉しそうだった。灯里の体から重荷が無くなったのがよくわかる。


「迎えに来ないほうが良かった?」


「そんなわけないでしょ! 最高の気分よ!」


灯里が美衣子の手を握る力が強くなった。


「ねえ、美衣子。わたしたち、これからどうしようかしら? とりあえず、わたしは無職になっちゃうし、家賃高いから引っ越して良いかしら? きっともっと狭い家になっちゃうから、同じ部屋で一緒に暮らすことになっちゃうけど」


「良いに決まってるわよ! わたしも仕事探すから、一緒にゼロから頑張りましょう!」


「そうね! 美衣子と一緒だったらなんだって頑張れちゃうわ!」


2人で笑い合いながら、走って式場を出て、駐車場に向かう。


「美衣子ちゃん、灯里ちゃん! 無事に戻って来れたんだね!」


茉那が笑顔で手を振ってくれていた。そのまま車に乗り込む。


「すいません、透華さん。裾持ってもらってありがとうございました!」


「いいよ、気にしないで。わたしも灯里ちゃんと美衣子ちゃんが結ばれて嬉しいし、ちょっとくらい協力したかったからさ。さ、早く出ようよ」


「出発しますねー」


5人で車に乗り込んで、慌ただしく美紗兎が車を動かした。


美衣子はソッと横に座っている灯里の手を繋ぎ直した。


「もうこれからはずっと一緒よ」


灯里の薬指を確認して、指輪がしていないことをしっかりと確認してから伝えた。


「当然よ。もう絶対離れないし、美衣子の方こそ絶対にわたしの前からいなくなっちゃダメよ」


灯里がクスクスと笑った。


「ええ、これからはずっと一緒にいましょうね」


しっかりと手を絡ませて2人の花嫁は走り出した車の中でキスをする。


いつも以上に甘く特別なキスの味は、きっと忘れることはないだろう。

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