第198話 ラストデート③
灯里とはどれだけ喋っても話が尽きなかった。
再会してからまだ2ヶ月くらいしか経っていないから、話したいことも多かったし、これからもまだまだ増えていくはずだった。それでも、もうすぐ灯里は入籍して日本から飛び立ってしまう。
そんな事実を考えるたびに美衣子は小さくため息をついた。そうして、2人で幾つかのアトラクションに乗った後、最後に大きな観覧車の前にやってくる。
「久しぶりに乗るわね」
灯里が空を見上げた。1周およそ15分の観覧車。
高校時代に灯里と乗らされているときには、15分
すでに日は暮れきって、夜になっていた。園内はクリスマス前にライトアップされていて、とても綺麗に光っている。
「行きましょう」
美衣子は灯里の手を取って、観覧車の中に進んでいく。ゆっくりと扉が閉められると、美衣子と灯里、2人だけの空間が出来上がった。
「綺麗ね」
灯里が外を見ながら微笑んだ。ゆっくりと上昇していく観覧車からはライトアップしている地上の様子がよくわかる。
「ねえ、美衣子。横に座っても良いかしら?」
「別に許可なんて取らなくても良いわよ。昔は友達になったばかりでも平気でわたしの横に座ってきたのに、今更そんな遠慮しないでよね……」
美衣子が灯里の手を掴んで、引っ張るようにして美衣子の横に座らせた。灯里の顔が一瞬グッと近づいてきた。
一瞬観覧車が美衣子の座っていた側に傾いたように思えてヒヤリとしたけれど、すぐにバランスを戻した。2人で並ぶと観覧車は随分と狭いように思えた。ギュッと体をくっつけるようにして乗る。
灯里は美衣子の肩に頭を乗せながら、ぼんやりと呟いた。まるで夢の中みたいに、ぼんやりとした声で。
「……ねえ、美衣子。わたし、本当は美衣子と結婚したいわ」
灯里の髪の毛が頬をくすぐり、ふんわりと柑橘系の匂いが漂ってくる。
「もうすぐ婚約するっていうのに、何言ってんのよ。もう結婚式の準備だって全部終わってるんでしょ?」
灯里が静かに頷いた。
「そうだけど……。でも、愛してる人と結婚したいわ……」
「その人とだって、少しくらいは愛し合ってるんでしょ?」
美衣子が尋ねると、灯里がため息をついた。
「ほんの少しでも愛し合っていたら、結婚式直前の日曜日に、大切な彼女と一緒に観覧車には乗ってないわよ」
「向こうの片思いってことね」
美衣子が質問すると、灯里は鼻で笑った。
「それも違うわ。あっちはあっちで、どうせ今頃別の女と遊んでるんじゃない? わたしよりもよっぽど美人な本当のモデルさんを侍らせてるに違いないわ」
「そんな根拠なく……」
「そうね、実際に見たわけじゃ無いから根拠はないわ。ただ、元々彼に女がたくさんいることは社内外で有名になってるわ。カッコいいし、仕事もできるから、よくモテるみたい。きっと彼なら海外に行っても女性関係は尽きないでしょうね」
平然と言い切る灯里と、彼の仲が結婚前から完全に冷え切っていることはよくわかった。純度100%の政略結婚。
「灯里はどうするのよ……?」
「さあ、どうしようかしらね。向こうで実質一人で生活するみたいなものだし、必死に仕事するしかないわね。美衣子がいなくなったら、わたしの人生仕事しか残らないから」
灯里が寂しそうに笑った。
「彼はきっとわたしとはほとんど会う気もないし、わたしも一緒にいたいとは思わないから、家では一人ぼっちね。きっともう一つ部屋でも借りてそこで日替わりで女の人を泊めるんじゃないかしら」
そんな軽薄な男は灯里と結婚して、本気で愛している自分が一緒にいられなくなることが悲しくなってきた。婚約が決まる前に告白しておけば、きっとずっと寄り添ってあげられるのは美衣子だった。
どうしてもっと早く素直になれなかったんだろうかと、美衣子はまた後悔してしまう。
「孤独になることがわかっていて結婚するなんて、意味がわからないわ。なんで結婚したのよ」
「お互いに、今後の仕事を進めていく上で、利用しやすかったからよ。言ったでしょ、わたしから美衣子を取ったら仕事しか残らない。彼と婚約を決めた時には、まさか美衣子とまた会えるなんて夢にも思っていなかったから……。束の間とはいえ、美衣子とこうやって付き合えて、デートまでしてるなんて夢みたいだわ」
灯里の笑みは穏やかなのに、ずっと寂しそうだった。もし、灯里が美衣子ともう少し早く再会していれば、愛の無い結婚をしなくても済んだのだろうか。
そんな仮定が何の意味も成さないことはわかっているけれど、やっぱり考えてしまう。それなら、気持ちを確認してみる価値はある。
「ねえ、灯里。もし、わたしが灯里と結婚したいって言ったら、今からでもしてくれる?」
「何言ってんのよ」
灯里が笑って答えたけれど、美衣子は真面目な表情のままだった。
「ねえ、教えて。灯里の気持ちを。今からわたしが結婚したいって言ったら、してくれるの?」
「今からって……」
「仮定の話よ」
美衣子が灯里の手をギュッと握った。灯里の汗が感じられるけれど、きっと美衣子もとても汗をかいていると思う。
「灯里の婚約破棄には相当なリスクが伴うと思うけれど、それでも、もしわたしが結婚したいと言ったら、灯里はわたしと一緒に来てくれるのかしら?」
「そんな質問、答えるまでもないわ。きっと今更婚約を取り止めたら、親からは勘当されてしまうでしょうし、会社にはいられない。場合によっては、少なくない額の慰謝料だって払わなければならないかもしれない。わたしが捨てなければならないものは、きっとかなり多いわ。だけど、わたしが美衣子について行かないわけがない。美衣子がついてきてといえば、わたしはどこにだってついていく」
そこまでしっかりと言い切ってから、一転して寂しそうな声で灯里は続けた。
「……けれど、これは仮定の話なんでしょ?」
「そう、仮定の話。だから実際にはわたしがここで結婚を申し込むことはないわ」
「残念だわ……」
灯里が寂しそうな顔をした。観覧車はそろそろ最頂部に辿り着く。
美衣子は何も躊躇せず、灯里にキスをした。遠く離れた地面がとても煌びやかで、まるで、美衣子と灯里のキスを囃すかのようにも感じられた。
さっさとキスを終えて、ほんの一瞬近距離でしっかり見つめあってから、体を離す。
「けどね、灯里。わたしも相当の覚悟はできてるわ。あなたが覚悟を決めてくれているんだもの。わたしも覚悟は決めてる」
「美衣子……?」
美衣子がいつになく真剣な顔で灯里のことをじっと見つめたからだろうか、灯里が少し戸惑っていた。
「わたしは絶対に灯里と結ばれてみせるわ。だから、灯里はわたしに着いてきて」
曇りのない瞳で、ジッと灯里のことを見つめ続けた。そんな美衣子のことを見て、灯里はフッと息を吐いた。
「待ってるわよ、美衣子」
美衣子が何を覚悟したのかはわかっていないだろうけれど、それでも灯里が美衣子に期待をしてくれていた。この結婚を無かったことにするための期待を込めて。
そんな2人を乗せて、観覧車は地上に戻っていく。
作戦は決行する。
美衣子はそう覚悟を決めた。
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