第197話 ラストデート②

挙式の日まで日曜日はたった4回しかないから、2人とも一緒にいられる時間を噛み締めるみたいに同じ時間を過ごした。


一緒にカフェに行ったし、映画館にも行ったし、図書館にも行った。少し高めのレストランにも入った。


楽しい時間はあっという間にすぎていく。たくさんの思い出を作っているうちに、あっという間に灯里の挙式の前週の日曜日になってしまった。どうしてこんなにも会える回数が少ないのかと嘆きたくなる。


それでも、灯里はもうすぐ花嫁になるにも関わらず、結婚相手よりも美衣子の方を優先してくれているのだから、感謝しなければいけないと思う。


「ねえ、灯里。今更なんだけど、挙式の日の直前までわたしと一緒に遊びに行ってもらってても良いの? 婚約者との打ち合わせとかないの? というか、彼とは全然会ってないみたいだけど、本当に挙式するの?」


実は全部ドッキリで、彼氏とは結婚しないのよ、なんて事を言ってくれないだろうかと、ほんの少し期待をして聞いた。けれど、灯里はただ優しく微笑むだけだった。


「いいのよ」と灯里が頷いた。


「それなら良いんだけど……」


残念ながら挙式が嘘だったとは言ってくれなかった。そうなると、最後のデートを楽しむしかない。美衣子は今日も灯里との時間を噛み締めるみたいに共に出かける。


結婚前の最後の日曜日は、初冬の気持ちの良い晴れの天気だった。


クリスマス前ということもあり、テーマパークは混雑していた。カップルも子ども連れも多くて、あまり自由にアトラクションに乗ったりするのもできなさそう。


「思ったより混んでるわね。アトラクションもあんまり乗れないかも」


「そうね。でも、美衣子と一緒にいられるだけで良いから」


灯里が寂しそうに笑った。付き合ったばかりだけれど、多分今日が灯里との最後のデート。


美衣子は灯里の手を取って歩き出した。気温は寒いけれど、灯里の手が暖かくて、心地よかった。


「120分待ちだって」


ジェットコースターの待ち時間をみて、美衣子が苦笑した。


「待ってるだけで日が暮れそうだわ」


美衣子も灯里も積極的にテーマパークに行くようなタイプではなかったから、休日のテーマパークの待ち時間に驚く。


「でも、良いわ。美衣子と一緒なら何日でも待てるわ」


「さすがに日を跨いでは待てないわよ……」


そんな話をしながら長い列に並んでいると、あっという間に時間は過ぎていき、順番になる。


「怖いわね」


ガタガタと大袈裟な音を立てながら、ゆっくりと上昇していき、どんどん高いところに動いていく。美衣子が小さく吐き出したけれど、灯里は平気そうな顔をしていた。


「大丈夫よ、目瞑ってたら一瞬だわ」


「いや、目瞑ってたら乗る意味無いじゃないのよ!」


美衣子の声は周囲の客の悲鳴にかき消された。もちろん美衣子も悲鳴を出す。久しぶりに絶許系のアトラクションに乗ったせいでかなり絶叫してしまって、少し恥ずかしかった。


初めはあまり怖そうにしていなかった灯里も、終わった頃にはすっかり目を回していた。


「美衣子、怖かったわ」


灯里が美衣子の肩に腕を乗せながら、後ろから体をくっつけて密着してくる。


「あんたは前に学校行事で来た時も乗ったんじゃないの?」


「前に来た時は怖がったら恥ずかしいから、ずっと目を瞑ってたのよ……。わたし絶叫系苦手だから、大変だったわ」


「クールな優等生を演じるのも面倒なのね」


呆れてため息を吐きつつも、当時の灯里らしいな、とも思った。結局、乗り終わったら美衣子よりも灯里の方が弱ってしまっていた。


「今度はわたしが美衣子のこと怖がらせたいから、あれにしましょうよ」


灯里がお化け屋敷を指差した。かなり大きめのお化け屋敷だから、周り切るのにそれなりに時間がかかりそうだった。


それに、建物の外観から薄気味悪くて、見るからに怖そうだった。明るい雰囲気のアトラクションたちの中で、お化け屋敷だけ浮いていた。


「わたし怖いの苦手なんだけど……」


「そうだと思ったから、選んだのよ。さっ、早く行きましょ!」


「灯里の意地悪……」


灯里に手を引かれるがまま美衣子は重たい足取りでついていった。中に入っていきなり現れた血塗れの女性を見て、美衣子は叫び声をあげてしまったけれど、灯里は冷静に、楽しそうに美衣子と一緒に手を繋いで逃げていた。


「美衣子、わたし幸せだわ。こうやって美衣子と一緒に手を繋いで一緒にデートができて」


「わたしも嬉しいけど、その感想は今じゃないでしょ!」


次から次へとやってくる恐怖の中、灯里はとても楽しそうにしていた。


「大丈夫よ、美衣子。わたしが美衣子のことを守るから!」


「もうすぐわたしの前からいなくなっちゃうくせに……」


はしゃぐ灯里に、小さな声で美衣子が呟いた。


「ねえ、美衣子。今はそんな話するときじゃないでしょ……?」


「そうだけど……」


薄暗いお化け屋敷で、不気味なホラーBGMが流れる中、2人で黙り込んだしまった。


なんだか変な気分になって気まずい。周りのお化け役の人も気を遣ってか、全然美衣子たちの前に現れなくなってしまった。


「ごめんなさい。今はちゃんと楽しまないとね……」


ええ、と灯里も頷いた。ほんの一瞬盛り下がった空気が、次の瞬間出てきたゾンビに驚いた美衣子の叫び声で一気に吹き飛ぶ。


「前言撤回よ、灯里! 今だけでも良いからわたしのこと守ってよ!!」


美衣子が叫びながら助けを求めると、灯里はまた楽しそうに頷いた。


「わかったわ! ゴールに向かって頑張りましょう!」


怖がる美衣子と、元気な灯里で一緒にゴールに向かったのだった。

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