第196話 ラストデート①

透華のカフェでみんなと作戦会議をした後、日が暮れてから家に帰った。土曜日だけど当然のように灯里は仕事。家にはいなかった。


「ま、そうよね」と美衣子が一人で呟きながら、遅めの時間から晩御飯の準備を始めていると、鍵の開く音がした。


「ただいま、美衣子。今日は早く仕事終わらせてきたわ!」


「休みの日に9時前に帰ることを早く仕事を終わらせた、とは言わないわよ」


美衣子が呆れてため息をついた。


「でも、今日もまた23時に帰ると思ってまだ全然ご飯作れてないから、早く作るわね」


「急がなくても良いわよ。手を洗ってからわたしも手伝うわ」


「良いわよ。どうせ明日も仕事でしょ? さっさと休まないと」


美衣子が呆れたように諭すと、灯里が無邪気な笑顔になる。


「それがね、美衣子! わたし明日は休みなのよ!」


「そうなの? 珍しいわね」


美衣子がこっちに来てからずっと忙しそうだったから、意外だった。


「一応ひと段落ついたのよ。フランスに行く準備が整ったわ」


灯里がため息混じりに報告してくれた。


結婚を機にフランスの支店に行くということはこの間聞いた。けれど、ついに準備が整ったと聞いて、いよいよ灯里が遠くに行ってしまうという実感が湧いてきてしまう。


もうあと1ヶ月もしないうちに、いよいよ灯里は入籍し、遠くに行ってしまうのか。


「そ、そうなの。よかったわ」


美衣子も無理に微笑んだ。


せっかく会えて、仲を戻して、ついにお互いに告白までして、両思いになったのに、また離れ離れになってしまう。


「……良かったの?」


「良かったわよ。だって、やっと灯里が多忙から解放されそうなんだから」


「わたし、もうすぐフランスに行くのに、良かったの?」


「だって、出世して行くんでしょ。カッコいいわ。そんな灯里のこと大好きよ……」


伝えているうちに、不意に涙が滲んできたので、慌てて目元を拭った。そんな美衣子の様子を見て、灯里が優しく微笑んだ。


「わたしも美衣子のこと大好きよ。ずっと、高校時代からね」


美衣子が小さく頷いた。潤んできている瞳で、灯里のことをゆっくりと見つめた。


目鼻立ち整ったショートヘア。今日の灯里もずるいくらい顔だちが整っていた。長時間ジッと見つめ続けても飽きないと思う。灯里のことを見つめていると、灯里がゆっくりと口を開いた。


「ねえ、美衣子。お願いがあるの……」


「お願い? 何、言ってみて」


「きっと、とってもわがままなお願いになると思うのだけれど、いいかしら?」


「わたしたち、お互いにずっと自由にやってきたでしょ? 今更わがままとか、そんなの気にしないでよ」


美衣子の言葉を聞いて、灯里がゆっくりと微笑んだ。


「美衣子は優しいのね……。ねえ、美衣子、わたし入籍するまで、美衣子に彼女になって欲しいの……。ほんとはずっと彼女でいて欲しいけれど、それが叶わないのなら、せめて入籍までの間だけでも……」


「良いに決まってる!」


美衣子は即答してから、思いっきり灯里のことを抱きしめた。背の高い灯里に抱きつくために背伸びをした。


ソッと顔を近づけて、慣れた調子で灯里の柔らかい唇にキスをする。灯里とのキスは何度もしたことがあるけれど、恋人としては当然初めてのキスだった。


「ありがとう、美衣子」


灯里にそっと髪の毛を撫でられる。優しい手つきにうっとりしてしまい、ずっとこの温かい気分に浸っていたくなる。


「わたしたち、こんなに両思いなのにもう少ししか一緒にいられないのね……」


「ごめんなさい……」


灯里が申し訳なさそうに言った。別に謝って欲しいわけじゃない。


「謝るくらいなら、結婚やめてよ……」


美衣子が灯里の胸に顔を埋めながら、縋るように言ったけれど、灯里は困ったように笑うだけだった。


「せめて、これから少しでも思い出を作りましょうよ。日本での残務処理があるから、土曜日は変わらず休日出勤はあると思うけれど、日曜日は空けられるようにするわ。最低でも午後からはお休みにする。だから、日曜日は一緒にデートする日にしましょう」


「灯里が休める時間無くなるけど、良いの? また体調不良になったら悲しいんだけど」


「じゃあ、あんまりはしゃがなくて済むところにしましょうよ。映画とか、カフェとか、子どもっぽいかもしれないけれど、美衣子が来てくれるんなら図書館とかも行きたいわ」


「あんた良く本読んでたもんね」


「最近はまったく読めてなかったから」


「もちろん良いわよ」


「それで、最後の日曜日には一緒にテーマパークに行きたいの」


「テーマパーク? 良いけど、どうして」


「高校時代に行ったところ、せっかく一緒の班になったのに全然一緒に回れなかったから、その時のリベンジも兼ねて」


そういえば、あの時は灯里は仕方なく美衣子と仲良くしていたし、美衣子はそんな灯里の態度が嫌だったしで、全然一緒にはいなかったのだ。


「それに、美衣子と思い出の観覧車にもう一度乗りたいもの」


「思い出って言われてもね……」


美衣子が苦笑した。あの日は灯里と美衣子は観覧車の中で思いっきり喧嘩をしたのだけれど。


「でも、わたしたちが初めて本音で話し合ったって意味では思い出の場所かもね」


美衣子が微笑む。


「そうよ。わたし、あの日に美衣子と一緒に観覧車に乗るまで自分の本音なんて全然人に話せなかったんだから」


灯里も笑った。お互いに目を合わせて笑い合っていた。ずっとこんな楽しく一緒に過ごすことができたら良いんだけどな、とは思った。

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