第199話 彼女の幸せな結婚式①

灯里の結婚式当日の朝、美衣子は透華の喫茶店にやってきていた。


「美衣子ちゃんの覚悟ができたみたいで、わたしは良かったよ」


透華が納得するみたいに、大袈裟に頷いていた。


茉那と美紗兎も後から来るらしいけれど、まだ来ていなかった。準備に手間取っているのかもしれない。


「灯里本人が結婚に納得してませんし、わたしも納得してないので」


「わたしも納得していない。灯里ちゃんには好きな人と結ばれてほしいもん」


美衣子と透華はジッと視線を合わせた。気持ちは同じみたいだ。


「悪いけど、今日は大事な衣装が汚れたり、可愛い花嫁さんにコーヒーの臭いがついちゃったら勿体無いから、コーヒーは無しだからね」


「大丈夫ですよ。わたしもできるだけ一番良い形で灯里のことを迎えに行きたいので……」


そう宣言してみると、これから始める大仕事への実感が湧いてきて、緊張してきてしまう。


そんなやり取りをしていたら、ちょうど茉那たちがやってきた。


「美衣子ちゃん、持ってきたよ!」


茉那がメイクボックスを、美紗兎がドレスバッグをそれぞれ運んできた。


「さ、集まったし、わたしの部屋で作業しようか」


透華に案内されて、部屋の奥に連れて行かれる。透華の部屋に入るのは、以前茉那の家から勢いで飛び出した時に、泊めてもらった時以来だった。


「なんだか緊張するわね」


美衣子が大きく息を吐く。


「大丈夫でしょ。あの人気動画投稿者のマナちゃんが直々にメイクしてくれるんだから。安心しようよ」


「そうですよ! 茉那ちゃんはすごいんですから!」


透華に続いて、美紗兎も声を出したから、茉那が苦笑いをしていた。


って言われても、わたしはプロでもなんでもないよ……」


謙遜する茉那の方を見て、美衣子は微笑んだ。


「動画で食べて言ってるんだから、充分プロでしょ。大丈夫よ。わたしは茉那の腕前信用してるから」


「……ありがとう、美衣子ちゃん」


茉那も嬉しそうに微笑んでいた。


「じゃあ、そういわけで、美衣子ちゃん座ろうか」


透華に促されて、ドレッサーの前に座らされる。真正面の丸い鏡が美衣子のことを写し出していた。


「前に来た時にも思ったんですけど、透華さんの家のドレッサーってすごく可愛らしいですよね」


美衣子が何気なく口にすると、茉那も続いた。


「本当ですよね。わたしもこれ買いたいかも」


「一応接客業だから、身だしなみを整えるために置いてるだけだよ」


透華は困ったように笑っていたけれど、それにしては随分とファンシーでこだわりがあるように見えた。


「意外と少女趣味ですよね」


美衣子が言うと、透華は笑った。


「意外とっていうか、かなりだよ……」


透華が少し言いづらそうに意味深なことを言い出したから、気になってしまう。


「なんだか意外なんですけど、ちょっと気になりますね」


「それじゃあ、せっかくだし見る? まあ、そんなに面白いものでも無いけれど……」


透華が苦笑いをしながら、クローゼットの方に向かった。


「こんな大事な日に見せるものじゃないけど、なんとなく、みんながどんどん好きを表に出してるのに、わたしだけ隠すのもフェアじゃない気がして。いつかみんなに言いたいなって思ってたんだ……。最近はほとんど着てないけど、昔着てたやつ」


クローゼットの中に入っていたのは10着以上のゴシックロリータの服とメイド服だった。黒や赤やピンク、様々な種類があった。


「わあ! すっごく可愛いですね!」


茉那が楽しそうな声を出し、美衣子が頷いた。


「やっぱり透華さんって、渋めのカフェよりも可愛らしいカフェの方が合ってる気がしますね」


「かもね。店畳まないといけなくなってから、今更そっちにしといたらなって思っちゃったよ。何度も何度も灯里が路線変更の提案をしてくれたんだけれど、ずっと意地張って、結局閉店まで動けなかったなぁ」


透華がほんの一瞬遠い目をしてから、パンッと手を叩いた。


「って、こんな大事な時に変な話しちゃってごめんね。そんなことよりも、早く美衣子ちゃんを変身させないと。もうすぐ式が始まっちゃうよ」


透華が空気を変えた。これ以上、透華自身も話を深掘りしてほしくはないような感じだったので、切り替えてドレッサーの前に向き直る。


「それにしても、本当にやるのね」


緊張を紛らわせるために、あらためて口に出してみる。


鏡の中の美衣子も同じことを喋っていて、なんだか最終確認をされているような気分になる。


「最後に決めるのは美衣子ちゃんだから。まだ止めるのなら、止められるよ。わたしたちは美衣子ちゃんに覚悟があるのなら、それを手助けするだけ」


透華さんに言われて、美衣子は首を横に振った。


「するに決まってます。灯里が本当に幸せな結婚をするのなら、受け入れましたけれど、全然そうじゃないみたいですし。それに、観覧車で約束しましたから。わたしは灯里のこと、絶対に迎えにいきます」


「じゃあ、わたしたちは最高の美衣子ちゃんを作らないとね!」


そういって、茉那は美衣子のことを自分の真正面に体を向けるように指示をした。

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