第193話 作戦会議①
次の日の朝は、灯里が起きるよりも先にご飯だけ作っておいてから、二度寝をした。とても朝から顔を合わせる気にはなれなかった。
何も言わずに灯里が仕事に出て行ってから、昼前にゆっくりと起きる。昨日のことがまるで夢の中でのできごとみたいだった。灯里から次々と事実を伝えられて、まだ脳内で整理ができていない。
灯里が仕事に行ったから、美衣子は一人部屋から出た。シンクの洗い桶の中に入っていた灯里の洗い物を片付けながら、美衣子がため息をついた。
「灯里との恋は成就しなかったのね……」
朝ごはんを食べる気にはなれなかった。静かにダイニングに座って頬杖をついて、もう1度深いため息をつく。
無意味に過ぎていく時間。気付けばお昼過ぎまでぼんやりとしていた。
誰かに助けを求めたくなってしまう。スマホを触って電話をかける。
自分から勝手にどこかに行ったのに、困った時には相談に乗ってほしいなんて我ながら自分勝手だな、と思いながらも、きっと美衣子の悩みを聞いてくれるだろうあの子のことが浮かんでいた。
成就できそうになかった恋愛を成就させたという意味で、ある意味先輩のようなあの子にメッセージを送る。
『美衣子ちゃん!?』
『どうしたの?』
『元気にしてた?』
ポンポンポンとテンポよく通知音が鳴った。身勝手に出て行った美衣子のことをまだ気にかけてくれる優しい茉那に、さらに頼ってしまうなんて申し訳なかったけれど、今は誰かに助けを求めたかった。
『今から会えるかしら?』
『もちろんだよ!』
有難いことに、茉那は深い理由も聞かずに、二つ返事で会ってくれると言ってくれた。
「美衣子ちゃん、久しぶり!」
茉那の家に行くと、茉那は弾けるような笑顔を美衣子に向けてきてくれた。
美紗兎との恋が成就してから、以前にも増して美衣子に対して明るく振る舞ってくれている気がする。
どうも、と美衣子は少し気まずい調子で挨拶をした。
カッコつけて出ていったのに、恋に悩んで茉那を頼るなんて、一番カッコ悪い気がする。
「ごめん、いきなり来て……」
「いいよ、もう美衣子ちゃん会ってくれないと思ってたから、嬉しいな」
茉那がダイニングテーブルに紅茶を置いてくれた。温かそうな湯気の立ち昇る紅茶を見ていると、少しだけ気持ちが安らぐ気もした。
「美衣子ちゃん、お母さんの方の実家からまたこっちに戻って来たの?」
茉那の質問を聞いて、美衣子が苦笑いをした。
「ごめん。本当はそれ嘘だったんだ。……今は灯里の家にいる」
「えっ!? 灯里ちゃんの家って……?」
茉那が頭にはてなマークを浮かべているのがよくわかる。少し前まで長期間に渡る深刻な喧嘩をしていたのだから、本来なら同じ屋根の下で生活するのがおかしいのに。
「灯里とは無事に仲直りができたのよ。ほんと、茉那にもいろいろと迷惑かけたのに、案外あっさり仲直りできたわ。いろいろありがとう」
「心配はしてたけど、迷惑はかけられてないから大丈夫だよ。それよりも、美衣子ちゃんが灯里ちゃんと仲直りできたのすっごく嬉しいからよかった!」
茉那は嬉しそうに笑っていた。相変わらずの優しい子である。
「まあ、ただ……。今はその灯里のことでちょっとトラブルがあって……」
「どうしたの? また喧嘩しちゃったの?」
ううん、と美衣子は首を横に振る。俯いて髪の毛を弄びながら少し小さな声で答える。
「わたし、灯里のこと好きになっちゃった……。というか、好きに戻ったって言った方が良いのかしら……」
灯里のことが好きという事実を人に話すのが初めてだった。少し呼吸を速めながら茉那には伝えた。
「灯里ちゃんはきっと美衣子ちゃんのこととっても良く思ってるし、それに……」
そこまで言って止めた言葉は多分、灯里が美衣子のことを好きという趣旨の言葉だと思う。
けれど、さすがにそれを茉那の口から伝えるのはよくないと思ったみたいで、その後の言葉は茉那の口からは出てこなかった。
一旦間を置いてから茉那が続けた。
「な、何にしても灯里ちゃんは美衣子ちゃんと高校時代とっても仲が良かったし、今も一緒に住んでるんだったら、告白したらきっと上手く行くよ!」
茉那が何の不安もなさそうな笑みを浮かべて、美衣子を見つめた。
「もう告白はしたのよね……」
美衣子が浮かない声でそう言ったから、茉那も困ったように笑顔を凍らせていた。
「えっと……」
少なくとも、美衣子が灯里と恋人同士になっていないことは茉那は理解してくれたらしい。
「上手くは行かなかったわ……」
「そっか……」と茉那が俯いた。
これ以上どうしたら良いのかわからなさそうな茉那の様子が申し訳なくなった。重たくなった空気を変えるみたいに、美衣子が尋ねる。
「茉那は美紗兎ちゃんとはどうなの?」
美衣子が尋ねると、茉那はどう答えようか困ったような顔をした後、必要以上に優しい表情を作って微笑んだ。
「美衣子ちゃんのおかげで、毎日幸せだよ。今日はみーちゃんお仕事だから今はいないけど」
茉那が薬指を見せた。
「結婚の予定はないけど、ペアリングも買っちゃったんだ」
茉那の薬指についているペアリングが、窓から入ってくる日の光を浴びてキラリと光った。それを見て、昨日の夜を思い出す。
結婚のことは言わないほうがいいかもしれない、と悩んだけれど、灯里との現状を一人で抱えておくことが辛すぎた。美衣子のことも灯里のことも良く知っている茉那には、せめて美衣子の抱えている気持ちを打ち明けたかった。
誰かにこのどうしようもない状況を吐き出してしまいたかった。
「灯里が結婚するのよ……」
美衣子が小さくため息をつくと、茉那が大きく目を見開いた。美衣子が落胆をする様子から、その相手が美衣子ではない別の人であることは察してくれているようだった。それだけに、茉那の次の言葉は何も出てきそうにない。
「でもね、わたしと灯里両思いだったらしいのよ。ビックリしたわ。結ばれなかったけれど、嬉しかった」
茉那が泣きそうな顔をしてくれているから、美衣子だけでも笑わないと、と思って、無理に笑顔を作ろうとしたけれど、無理だった。
美衣子の瞳から涙が止まらなくなってしまったから、慌てて目元を拭ったけれど、拭っても拭っても、涙が溢れ続けてしまっていた。
しまいには嗚咽までしてしまっていて、そんな部屋の中に2人きりにさせてしまった茉那に対しても申し訳なくなってしまった。
美衣子の様子を見て、茉那は無理やり普段の数倍明るい声を出してくれていた。
「あ、灯里ちゃんの結婚って、もう決まってるの? もし決まってないんだったら、必死に思いを伝え続けたら、もしかして――」
「婚約指輪まで貰ってるみたいだから、もう決まってると思うわ……」
茉那が無理やりに前向きな言葉を探してくれていたけれど、美衣子はそれを遮った。
それでも、茉那は諦めずに言葉をかけてくれる。
「ねえ、美衣子ちゃん。今日は思う存分感情吐き出してから、また日を改めて、みーちゃんたちも一緒にその話聞かせてもらって良い?」
「え? ……良いけど。どうしてよ?」
「3人よれば文殊の知恵って言うし。3人で考えたら良いアイデアが浮かぶでしょ?」
「わたしと茉那と美紗兎ちゃんで3人で考えたらってこと?」
正直、灯里とほとんど関わりのない美紗兎ちゃんが増えてもあんまり変わらない気もするけれど……。
それにもう状況をひっくり返せる手段も無いような気がするけど……。
「美衣子ちゃんは張本人だから数えないとして、わたしとみーちゃんと、もう一人」
「もう一人って……」
「灯里ちゃん関連の悩み事ならとても頼もしい人」
「ああ、そういうことね……」
自信満々の茉那を見て、なんとなく理解した。正直この間のこともあって、あんまり積極的には会いたくないのだけれど……。
でも、灯里に関することなら、きっと頼もしいことを言ってくれる気がする。
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