第190話 本当の気持ち②

「だいぶ良くなってきたわね。やっぱりちゃんと寝たら治りが早いじゃないの」


美衣子が体温計の数値を見ながら言う。夜になると、灯里の体温は通常通りに戻っていた。


「もう平熱でしょ? 今から会社に行くわ」


「ダメに決まってるでしょ。だいたいもう23時なんだから、帰れなくなるわよ」


「夜中に作業したら遅れは取り戻せそうね」


灯里が身体を起こしかけたから、慌てて美衣子が肩の辺りに力をかけて、置き上がらないようにさせる。


「離してよ!」


「ダメ! 寝なさい」


「……わかったわよ。でも、明日は多少調子悪くても行くからね……」


「調子悪くならないように寝ときなさいってば」


美衣子がまた椅子に座ると、灯里がポツリと呟いた。


「ねえ美衣子、お腹空いたわ……」


「お粥作ってくるからちゃんと寝ておきなさいよ」


「卵入れて欲しい」


「わかったから。ちゃんと作るから待ってなさい」


キッチンに向かおうとした時に、一応灯里に確認する。


「わたしが席を立った隙に会社に行こうとするわけじゃないでしょうね?」


「わたしが美衣子に手料理作らせておいて、食べずに外出するわけないでしょ?」


真面目な顔の灯里には、妙な説得力があった。


美衣子は「そうね」とだけ言って、キッチンに向かって行った。手際よくお粥を作って、持っていってから、ついでに灯里の体も拭いておいてあげようと思って、汗を拭うためにまた絞ったタオルを持って灯里の元に向かった。


「ねえ、美衣子食べさせて」


「あんた、すっかり元気になったみたいね。もう自分で食べられるんじゃない?」


体調が悪い時には甘える余裕もなかった灯里だけれど、熱が下がってからはすっかり美衣子に甘えてしまっていた。灯里が美衣子の方に向いて、口を大きく開ける。綺麗に並んだ白い歯がよく見えた。


「わかったわよ……」


美衣子も灯里に食べさせてあげるのは嫌ではない。灯里のことだから、きっと会社では一分の隙も見せないような子なのだと思う。そんな灯里が美衣子と2人の時にはこんな調子だと知ったら、同僚の人たちはどう思うのだろうか。誰も知らない灯里を自分だけが知っていることが少し嬉しかった。


そんなことを思って微笑みながら、スプーンの上に乗せたお粥に吐息をかけて冷ましながら灯里の口に運んで行った。


食べさせ終わってから、口元をティッシュで拭うところまで美衣子がやったから、灯里が少し恥ずかしそうにしていた。灯里が自分から食べさせてと言ったのに、拭くのは恥ずかしいって、一体どういう基準なのだろうか。


「じゃあ、灯里脱いで」


「え? 脱ぐって、何を!?」


「服よ。ずっと汗かいて寝てたから、ベタベタしてると思って」


それとも、もう良くなったのだったらシャワー浴びてくる? と聞こうと思ったけれど、先に灯里が脱いだ。


「拭いてくれるんでしょ?」


「言ったけど、用意が早すぎるのよ……」


呆れつつも、上半身を脱いで座ったから、美衣子もベッドに乗って、灯里の背中側に回った。


首周りを拭いてから、よく手入れされた綺麗な背中をまずはゆっくりなぞっていく。背中を拭き終わってから、今度は腕を上げさせて、脇と腕を拭う。灯里の身体はどこもきちんと手入れされていた。


「ほんと、あんたの身体綺麗よね」


「美衣子がここに来るまでは酷かったわ。なんとか隙を縫って、この間手入れに行ってきたのよ。……美衣子の前では綺麗な姿でいたいから」


恥ずかしそうに灯里が言った。頬を赤くしたのは灯里だけでなく、美衣子もだったけれど、できるだけ気づかなかったふりをして、平生を装う。


「1回の手入れでこんだけ綺麗ってことは、普段からちゃんとしてる証だと思うわ」


丁寧に拭いて行って、最後に軽く胸を持ち上げて、胸の下の汗を拭った。


「美衣子、くすぐったいわ」


ふふっ、と灯里は小さく笑った。


「これで終わりよ。満足した?」


「ええ、とっても。でも、下の方がまだなんだけれど」


「そ、それはさすがに自分でやりなさいよ」


灯里がさらに拭いて欲しいと催促をしてきたけれど、さすがにそれは拒んだ。


「わかったわ、シャワー浴びてくるわ」


「あんたね……」


灯里がシャワーを浴びに行ったから、結局美衣子が身体を拭いた意味がなくなってしまった。


結局、ただ灯里と美衣子の双方の胸の鼓動のペースが早まっただけのことだった。

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