第188話 旅行と恋と絶交と④
それからしばらく経った12月の中頃灯里から連絡が入った。メッセージを見て、美衣子は眉を顰めた。
『美衣子の彼氏、浮気してるみたいよ』
「何よ、これ?」
灯里から想定外のメッセージが入ったことを不審に思いながらも、返信をする。
『どこかで見たの?』
正直愛してもいない彼が浮気をしていたところで、そこまでダメージはなかった。それよりも、美衣子の彼氏のことはそんなに詳しく知らないはずの灯里からそんなメッセージが来たことの方が気になった。
『今日の14時に美衣子の家の近くの喫茶店に来てちょうだい。証拠を見せられるわ』
「どういうことよ……?」
一体灯里は何を知っていて、何を見せるのだろうか。疑問はいっぱいあったけれど、他でもない、灯里から持ちかけてきた話だし、言われた通りの時間に、指示された場所へと向かった。
「一体何が起きるのかしら?」
彼氏の浮気現場を見るのなら、一応変装した方が良いのだろうかと思い、帽子とサングラスという、最低限の変装だけしてきた。
正直なところ、彼氏の浮気なんてどうでも良かったから、リークしてきた相手が灯里でなければ、適当に別れれば良いかと、軽い調子で考えていた。それこそ、彼氏との予定が無くなれば、クリスマスには灯里と一緒に過ごせるのだし。
そんなことを考えながら、ぼんやりと14時を待っていた。別に彼が誰と浮気しようとどうでも良いし、つまらない関係になってしまっていた彼と別れるちょうど良い口実ができるかな、くらいに思っていた。
だけど、カフェに美衣子の彼と一緒に入ってきた相手が灯里だったのを見て、美衣子は絶句した。
「なんで……?」
本当に、彼の浮気自体ははっきり言ってどうでもいい。けれど、灯里が美衣子の彼氏を取ったとなれば話は変わってくる。美衣子は大きく舌打ちをしてから、灯里と彼が座った座席まで行く。
「ねえ、どういうことよ?」
美衣子に見られたのを確認して、顔を顰める彼と、微笑む灯里。
「こういうことよ。彼とはわたしが付き合うことになったから。これで美衣子はフリーよ」
「付き合うことって、あんた……!」
美衣子は灯里の両肩に手を置いて、グッと顔を近づけた。
「まあまあ、美衣子落ち着けって」
そこに彼が割って入ってくる。とっても邪魔だ。これは美衣子と灯里の問題なのに、関係ない人間には入ってきてほしくない。
「あんたは黙っててよ!」
「黙ってられないよ。俺の彼女が傷つくところは見たくないし」
「どういうことか説明してよ!」
美衣子が灯里の方だけを見ながら尋ねたのに、彼が口を開いた。
「こういうことだよ。悪いけど、俺は灯里と付き合うことになったから、美衣子には別れてほしい」
「あんたには聞いてないんだってば! それに、言われなくても別れるわよ!」
彼の方を一瞥だけしてから美衣子が灯里に苛立った声を出した。
「灯里が彼のこと好きだなんて思わなかったわ。センスない」
え? と灯里が驚いた声を出した。美衣子はまだ水しか頼んでいなかったから、そのまま店から出ていく。その後ろから灯里が呼び止める声が聞こえたけれど、無視をした。
「ま、待ってちょうだい、美衣子! 誤解だわ! 確かに付き合ってしまってるけど、美衣子は勘違いをしているわ」
「うるさいうるさい! あんたの顔なんてもう見たくないから、連絡も取らないで!! 絶交よ!」
「ねえ、美衣子ったら!」
灯里が追いかけてこようとしていたけれど、その手を彼が止めたらしい。
「まあまあ、もう良いじゃん。これからは俺がいるから、美衣子のことは放っておこうよ」
「良いわけないでしょ! あんたと美衣子じゃ……。あ、美衣子、待ってったら!!」
そそくさと店を後にした美衣子には、灯里がその後に何を言っていたのかは全くわからなかった。
『家に来たらあんたの親にストーカー被害で言いつけるから』とだけメッセージを送る。多分、灯里のことだから、親に言われるのが一番堪えるだろうし。その後に着信拒否設定もメッセージアプリのブロックもしておいた。
「なんであいつなのよ……」
美衣子は悔しくて泣いていた。灯里はこれまでずっと、美衣子に好意を寄せてくれていたと思っていたのに、突然美衣子の彼氏と付き合うなんて、信じられなかった。
「こんなことなら彼の画像なんて見せるんじゃなかった……」
彼が灯里を選んだことに対しては別に何も悔しくはない。だって、灯里はとても魅力的だから。誰だって灯里に好意を持たれたら好きになってしまうだろうから。
それよりも、灯里が美衣子よりも美衣子の元カレを選んだことがとても悔しかった。それで、灯里と絶交したのだけれど……。
大学時代には、その考えに疑いを持つことはなかった。けれど、改めて今になって、灯里と同棲をしてからのことを思い返すと、灯里が美衣子よりも彼を選んだという考えが誤っている可能性に思い至る。
「わたし、もしかしてとても大きな勘違いをしてたのかも……」
透華から灯里の話を聞いた時、絶交してからもずっと美衣子に好意を寄せてくれているようなことを言っていた。
「ねえ、灯里。あなたは一体わたしのことをどう思っているのよ……」
灯里の家で、部屋で一人になって、美衣子は大きなため息をついたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます