第185話 旅行と恋と絶交と①
大学生になってからは、美衣子が灯里と会える頻度は当然かなり減った。けれど、別の大学に通っているという割にはそれなりに会う機会は多かったように思う。
お互いの大学の距離はそこまで離れてはいなかったから、気軽に会えてはいた。とはいえ、毎週末美衣子のアパートのところまでやってくる灯里はやっぱり変わっている子であるとは思っていたけれど。
本当は毎日夜に会いに行きたいと言っていたから、それはお断りした結果落ち着いたのが週に一度の頻度だった。
週に一度会うことを拒まなかったのは、美衣子の方も毎日灯里に会えない生活に正直寂しさを感じていたから。一緒の大学はやめてと言ったのに、いざ灯里と離れてしまうと、思った以上に心に穴が空いたみたいに寂しかった。
灯里への感情が次第に特別になっていっていることは、もしかしたら心の奥底ではわかっていたのかもしれない。けれど、少なくとも表向きはそんなそぶりを見せるつもりはなかったし、そんな感情をもっていることを認める気はなかった。
認めてはいけない気がしていたし、その感情が恋であるなんて実感なんてしてなかった。あくまでも特別な親友、そのレベルの話だと思っていた。
たとえ、美衣子の家で会うたびに口づけを交わしていたとしても、それは灯里の言う通り、友達同士のキスだって思い込んでいたかった。
溶けちゃうような、感情がどろどろになっちゃうキスをよくしていたけれど、それも友達だから、別にそれ以上の感情はないから。美衣子は自分にそう言い聞かせていた。
「ねえ、美衣子。今年の夏休みは一緒に高原でも行かない?」
「高原って、大学生の旅行のチョイスとしてはどうなのよ……」
灯里の渋いチョイスを聞いて、美衣子が苦笑した。
「子どものころに行って、とても綺麗な景色だったから、美衣子にも見せてあげたいのよ。でも、嫌だったらもっと別なところにしましょう」
「子どもの頃に行ってまだ記憶に残ってるって、よっぽど素敵なところなのね」
美衣子が食いつくと、灯里が嬉しそうに微笑んだ。
「パパとママと一緒に行った数少ない旅行だったから記憶に残っているのよ。夜に見た、月の反射する湖がとっても綺麗で、まるで絵画の中にでも迷い込んだみたいだったわ」
灯里が絶賛する綺麗な景色が見てみたかったのももちろんあるし、それ以上に灯里と一緒に旅行に行くなんて楽しそうなイベントを断る理由もなかった。
「灯里の見たい景色、わたしも見てみたいし、わたしも旅行には賛成。どうせ夏休みにやることもないし」
美衣子の言葉を聞いて、灯里が嬉しそうに微笑んでいた。
「楽しみにしているわね」
旅行に行ったのは8月の終わりくらい、まだまだ暑い時期だったと思う。
駅の改札口の前で待っていた美衣子は、こちらに駆けてくる灯里の姿を見つけた。背の高い灯里はどこかの雑誌のモデルみたいで、周りの人がチラチラと視線を向けていた。
「ごめんなさい、美衣子待ったかしら?」
「いや、まだ待ち合わせ時間の5分前だから謝らないでよ……」
灯里は美衣子が先に待ち合わせ場所に先に来ていると謝ってしまう癖がある。近頃は待ち合わせをしているときには美衣子は時間ギリギリに向かうようにしていたのだけれど、灯里との旅行が楽しみで、今日はつい早く来てしまっていた。
「5分前でも美衣子を待たせてしまったことには変わらないわ」
「別に良いわよ。待つのも楽しみの一つでしょ? ホテルの予約も電車のチケット取るのも全部灯里がやってくれたんだから、ちょっとくらい待つわよ」
そんな話をしながら電車に乗り込む。二度ほど乗り換えを経てから特急列車に乗る。特急列車に乗る機会は今まであまりなかったからとても新鮮だった。
灯里と一緒に乗り込む前に買った鱒寿司のお弁当を食べながら電車に揺られる。
「このまま乗っていたら着くのね。楽しみだわ」
「結構あるわよ。あと1時間半くらい乗っていないといけないわ」
「楽なものでしょ。座ってたら着くんだから」
「そうね。美衣子のこと眺めてたら1時間半なんて一瞬だわ」
「いや、人のこと1時間半も眺め続けないでよ。真横で見つめられたら怖いから……」
「残念だわ」
そんな会話をしていると、灯里が珍しく大きなあくびをした。
「何よ、灯里眠たいの?」
「ちょっとね。昨日緊張して寝付けなかったから本を読んでたらうっかり明け方まで起きてしまっていたのよ」
旅行の前日に寝られないなんて小学生みたいだとは思ったけれど、美衣子もあまり寝付けなかったから、人のことは言えなかった。
「眠いんだったら、寝てても良いわよ」
「嫌よ、せっかく美衣子と一緒に電車に乗っているのに、寝て過ごすなんて勿体無いわ!」
「そんなことして、今日ホテルに着いてからずっと熟睡なんてしてたらもっと勿体無いわよ」
「大丈夫よ、わたしは美衣子と一緒なら睡魔なんてすぐにどこかにやってしまえるから」
はいはい、と相槌を打ってから、そっと灯里の頭を撫でてみた。
「寝るんだったら肩貸してあげるわよ」
背筋を正して寝ないようにしていた灯里が、嬉しそうに微笑んだ。
「……やっぱり、お言葉に甘えるわ」
美衣子はいつしか、すっかり灯里に甘くなっていた。ずっと甘えてこられているせいで、慣れてしまっていた。
座席を後ろに倒して眠ることもできたのだろうけれど、それよりも灯里は美衣子の肩で眠りたいだろうから、肩を貸してあげた。
結局、灯里は美衣子の肩に頭を乗せてから、ほんの数秒で眠ってしまった。頬に当たる柔らかい髪の毛がくすぐったかった
(よっぽど眠かったのね……)
美衣子は灯里のほうに少し視線を向けた。長いまつ毛や高い鼻がよくわかる横顔を間近で見ると、心拍数が上がっているのがわかる。
最近の美衣子の悩みの種。灯里と一緒にいる時間が好きなのに、灯里といるとどんどん自分の感情が、まるで恋する少女みたいになってしまっているような感覚に陥ってしまうのだ。
(灯里は仲の良い友達だけど、それ以上じゃないからね……!)
美衣子が必死に自分に言い聞かせていた。さっさと灯里の横顔から目を逸らしてしまいたかったのに、少し口を開けた無防備な顔から目が離せなくなってしまっていた。
「ねぇ、美衣子……」
突然聞き逃してしまいそうな小さな声が聞こえた。
「え? 灯里起きてるの??」
美衣子が慌てて視線を正面に戻した。けれど、それから灯里は何も言わなくなってしまった。
「寝言みたいね……」
寝ている時にまで名前を呼ばれたことに苦笑してしまった。その後は、暇つぶしにスマホを触っていたのだった。
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