第182話 元カノ④

「灯里がそんな道から外れるようなことを連続でするなんて、ちょっと信じられないわね……」


「まだ気づかないの? それともわざとなの?」


「何がよ?」


透華の意図することがわからずに、美衣子は首を傾げた。


「灯里は美衣子ちゃんが絡んだら何でもする子だよ? 高校時代、人に嫌がらせなんてするような子じゃなかったはずの灯里が茉那ちゃんにだけ意地悪してたって聞いたけど、それもきっと美衣子ちゃんを取られると思ったからじゃ無いかな?」


「そんなわけ……」


否定しようと思ったけれど、辻つまが合うところが多くて、否定しきれなかった。


ボッチだった頃の美衣子が嫌な態度を取っても、クラスの子から虐められたりしないように配慮をしてくれていたのに、茉那に対しては不思議なくらい冷たかった。


「美衣子ちゃん、鈍感すぎてビックリするよね」


元々あまり他人には興味はなかったから空気が読めないところがあるのは自覚していた。


確かに、灯里の今までの行動を考えたら灯里が美衣子に特別な好意を持っている可能性はもっと考慮するべきだったかもしれない。


けれど、どんな子だって自分の彼氏を奪った子が、自分に対して友達以上の好意を持っているなんて考えられないのではないだろうか。


「だって、灯里はわたしよりもわたしの元カレを奪って……」


「すぐにわたしに乗り換えたのに? わたし、灯里の中で間違いなく美衣子ちゃんよりも軽視されてるわけだけど、それでも美衣子ちゃんの彼氏さんよりもは愛されてたと思うよ」


「それじゃあ……」


灯里は最後まで美衣子のことを愛してくれていたというわけ? でも、だとしてもやっぱり彼氏を取られたことには変わりないし……。


だけど、その事実で灯里を責めるには、美衣子にも正しい倫理観が備わっているとは思えなかった。美衣子だって、自分自身の考え方が歪んでいることは自覚していた。


そもそも美衣子が歪んだ発想で彼氏を作らなければ、灯里と絶交することなんてなかったのかもしれないわけだし。


「ねえ、灯里との恋の話の続きしてもいい?」


すっかり酔っていた透華の瞳がトロンとしている。透華の心はきっと今、灯里と付き合っていた頃に戻っているのだろう。


拒んでもどうせ勝手に語り続けるだろうから、良いわよ、と美衣子がため息混じりに伝えると、透華が続けた。


「付き合ってくれることになった灯里は、次の日ハサミを持ってわたしのところにやってきたの。『髪の毛を切って』って、肩の辺りを指差すから、わたしびっくりしちゃった。灯里の腰まで伸びた良く手入れされた長い髪をバッサリ切っちゃうなんて、勿体無いって思ったし、とんでもない一大事何だって思った。けど、灯里にとって、美衣子ちゃんから嫌われることは、本当に一大事なんだろうなっていうことも理解した。だから、わたしは灯里の言う通り髪を切ったんだ。怖かったし、手が震えた。だって、わたしが失敗したら灯里の髪型が変になっちゃうでしょ? あれだけ芸術品みたいに整った灯里が、わたしのせいで崩れちゃったらどうしようって思って。けど、大事な作業をわたしに託してくれたんだから、絶対に成功させなきゃって思って真剣に切ったよ。あんなに精神集中させたの初めてかも。多分人に見せられない顔してた」


途切れることなくツラツラと言葉が走っていく。記憶を振り返っている透華の声色がとても真剣なものになっていたから、本当に真剣に切ったんだろうということは察した。


「すごいですね。灯里からすごく信頼されてるんですね」


美衣子も一応褒めておいた。実際、灯里のトレードマークのような大切な髪の毛をヘアサロンに行かずに透華に託したのはかなりの信頼がないとできないことだと思う。


「美衣子ちゃんと絶交したから、消去法で信頼してもらえてただけだけどね」


透華が卑屈な笑みを浮かべた。


「でも、仮に絶交していなかったとしても、わたしにハサミを渡すとは限らないと思うわ」


「そもそも仮定がおかしいんだよね。美衣子ちゃんと絶交するなんていう衝撃的なことが灯里の中で起きたから、灯里は髪の毛をバッサリ切る決断をしたんだよ? 美衣子ちゃんがそばにいる状態で、バッサリ髪を切ろうなんていう決断、しないと思う。だから、美衣子ちゃんが灯里の髪を切る機会なんてそもそも存在しなかったんだろうから、仮定をするだけ無駄だと思うけどね」


「そんなことないと思いますけど……」


「あるよ」


透華がはっきりと言いきった。


「あの子の中には美衣子ちゃんしかいないんだから。何をしていても美衣子ちゃんのことしか考えてない。わたしとデートしてるときだって、2人で部屋に一緒にいるときだって、エッチをするような雰囲気どころか、キスをするような雰囲気すら作ってくれなかった。絶交してるのに、わたしが彼女なのに、灯里はよく美衣子に会いたいって言ってたんだから!」


美衣子がずっと灯里を嫌っていた間も、灯里は美衣子のことを好きでいてくれたということか。美衣子の想像以上に重たい灯里の愛の話を聞いて、つい少し微笑んでしまった。


そんな美衣子のことを透華がムッとした顔で見つめた。


「満更でもないって顔してる!」


ヒートアップした透華が美衣子の顔を指差した。


「ねえ、美衣子ちゃんさ、まさか灯里ちゃんとキスとかエッチとかしたりしてないよね!? 元カノのわたしでもやってないのに!」


答えに窮してしまった。すぐには答えられず、少し時間を置いてから「してない……」と答えたけれど、その違和感は透華にバレた。


ジトっとした目で見つめながら、呆れたようにもう一度尋ねてくる。


「灯里から高校時代のクリスマス会のこと聞いたって言ってもまだしらばっくれるつもり?」


「何年生のときのこと?」


「もちろん全学年」


「あのおしゃべり……」


美衣子が頭を抱えた。


「灯里はわたしと話すよりも、美衣子ちゃんの話をするのが大好きだったから、灯里の目を通した美衣子ちゃんのことは大体知ってるんだよね」


高校1年生のときは仲良くなったばかりの時にしたクリスマス会で、美衣子は灯里とキスをした。高校2年生のときは、茉那とクリスマスに一緒に遊んだ帰りに、待ち伏せをしていた灯里と路上でキスをした。そして、高校3年生のクリスマスは、美衣子は部屋で灯里と一緒に脱いで、身体を晒しあった。


「灯里の初エッチの相手が美衣子ちゃんだって、もう聞いたよ?」


「ちょっと、あれはそういうのじゃないから……!」


「彼女ともしたことないエッチを、美衣子ちゃんとしちゃうんだから、やっぱり灯里ちゃんは美衣子ちゃんのことだけをずっと愛してるんだよねぇ……、ほんと、嫉妬しちゃうなぁ」


「ちょっと待ってよ、あの子一体どんな説明してんのよぉ!」


そう、あれは違う。確かにただの友達同士にしては深いことをし過ぎたことは否めないけれど、決してセックスはしていない。


ただちょっと裸になって体を触り合っただけなのだけど……。どれだけ尾鰭を付けて話しているのだろうか……。

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