第179話 元カノ①
土曜日の夜、営業時間が終わった後に、透華のカフェに美衣子は灯里と一緒に向かっていた。灯里と一緒に出かけたのは絶交した時以来、久しぶりだった。
すでに19時を回っているから、ただでさえ日が暮れるのが早い晩秋の今の季節だと、外は真っ暗になっていた。
こんな遅い時間にカフェに向かったのは、透華のお店の営業時間内に私用でお邪魔するのが悪いからとか、そんな親切な理由ではない。灯里が今日も夕方まで会社にいた都合だったからだ。
「ねえ、灯里っていつ休んでるのよ?」
日の暮れた道を歩きながら、美衣子が尋ねる。
「今は忙しいからちょっと休みが少ないけれど、どこかで休みを作るから、そしたら一緒にどこか行きましょうよ」
「別にいいけど……。ちゃんと休んだ方がいいんじゃない?」
「休むことはいつでもできるけれど、美衣子と一緒にデートするのはいつでもはできないから……」
「いや、デートじゃないわよ。一緒に遊びにいくだけだからね!」
美衣子は少し顔を赤らめたけれど、それは暗い道では気づかれることはなかった。
「残念だわ。デートが良かったのに」
「それに、別にわたしとどこかに行くのだって、いつだってできるからね?」
「それもそうね……」と灯里が少し寂しそうに笑った。
ベージュのトレンチコートを羽織った灯里はどこかのモデルみたいだった。仕事終わりにそのまま待ち合わせて一緒に向かっているから、カツカツと綺麗なヒール音を住宅街に響かせていた。
「でも、こうやってまた美衣子と一緒に歩ける日が来るなんて思わなかったわ」
「それはわたしも……。まさか灯里のこと許せる日が来るなんて思わなかったわ……」
寒い風が吹き抜ける。彼氏を取られた直後は絶対に許せないと思っていた。だけど、時が経って、怒りの感情は薄れていき、ほとんど本能ではなく、理性で怒っている状態になっていた。
そこに来て、茉那と美紗兎の恋を目の前でたっぷり見てきた。挙句、昔では信じられないくらい弱りきった灯里の姿まで見たのに、怒りの感情を維持する方が難しいと思う。
「ごめんなさい」とまた申し訳なさそうな声で灯里に謝られてしまった。
変なことを言ったせいで、灯里がすっかり黙ってしまったから、話題を変える。
「でも、わざわざ透華さんに仲直りの報告しにくってなんだかくすぐったい気持ちなんだけど。一体どうしたのよ?」
灯里と美衣子が仲直りをしたという報告を受けても透華も困惑するのではないだろうかとは思った。
「多分、一番心配かけたのが透華だから、これはわたしのわがまま。わざわざ付き合ってくれてありがとね、美衣子」
「ねえ、一体あんたは透華さんに何を話したのよ……」
美衣子が困惑して尋ねたけれど、灯里は口元に人差し指を当てて、「内緒」と答えて微笑んだ。昔はほとんど見ることのなかったような、茶目っ気のある姿を見て、また美衣子の心臓のテンポは速くなっていた。
「でも、わたしと美衣子の仲を一番応援してくれてる人。だから、わたしたちには報告義務があるのよ」
ふうん、と美衣子は相槌を打った。だから、茉那の家を出た美衣子にも優しかったのか。仲というのが友情のことを指していることにしながら、話を聞く。
「よくわからないけれど、知らない間にわたしも気にかけてもらっていたのね」
透華が灯里とどういう関係だったかなんて何も知らずに、美衣子は灯里と一緒に透華のカフェへと入って行ったのだった。
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