第177話 遅めの帰宅②
次の日から、美衣子は灯里の分のお弁当を買うのはやめておいた。灯里は自分で買ってくるみたいだから、重複したら悪いし。きっとこの間も本当は唐揚げ弁当ではなく、自分で買ってきたサラダパスタが食べたかったのだろうし。
日曜日も当然のように灯里は仕事に行き、平日は当然仕事に行く。そして、毎日遅い時間に帰ってくる。
毎日とてもくたびれた様子で帰ってくる灯里だけれど、美衣子の前では分かりやすすぎるくらいの無理な作り笑いを浮かべて、何でもない風を装っていた。高校時代の満点の優等生作り笑いとは全く違う、必死に美衣子に心配をかけないようにするための作り笑い。
「ちょっと心配になるわね……。こんな生活してたら体壊しちゃうわよ……」
灯里の家に泊まってから2週間くらいが経ち、いつものように灯里が帰ってくるまでダイニングでスマホを触って待っていた。無意味にSNSを見たり、無料漫画を読んだりして時間を潰す。
灯里がとっても忙しいのに、一体何をしているのだろうかとも思うけれど、かと言って行く場所もないから、お言葉に甘えて怠惰な生活をさせてもらうしかなかった。灯里が心配だから何か助けになってあげたいとも思ってしまっていたけれど、あくまでもまだ喧嘩中の身だから、迂闊なこともできないし。
前まで大好きだったソシャゲはいつの間にかやめていた。だって、どこか灯里に似た特徴のリオン様を推していたけれど、今はそのキャラを推す原因になった灯里本人が同じ屋根の下にいるのだから。
(認めたくはないけど、わたしはきっと灯里と離れた物足りなさでリオン様に興味を持ち出してしまったのよね……)
待てども待てども戻ってこない灯里のことを思いながら、時間を見ると、すでに24時を過ぎていた。
「何か危ない目に遭ってないわよね……? 電話した方がいいのかしら……」
灯里はとっても美人だし、事件とまでは行かないにしても、しつこいナンパに絡まれたりして、厄介なことに巻き込まれているのかも。
「別に、気にする筋合いはないけど、灯里に何かあったら、ここの家賃払う人がいなくなっちゃうわけだし……」
美衣子が立ち上がって、灯里のことを探しに行こうとした時に、玄関ドアの鍵が開けられる音がする。美衣子はホッと安堵の息を吐いたけれど、心配していたことを悟られないように席についた。
灯里は今日は何も買ってきていなかったのか、キッチンラックからカップ麺を持取り出してきた。こんな時間に帰ってきて、適当に晩御飯を食べる生活が杜撰すぎて、心配になる。
過去の行動を考えたら灯里のことを心配する義理はないかもしれないけれど、一応灯里は美衣子の為に今は家賃を払ってくれているわけだし、少しくらいは気遣ってあげないといけない気がする。
「ねえ、灯里」
家に来て初めて美衣子が灯里に直接話しかけたのに、灯里は美衣子の言葉を無視した。声をかけたら過剰なくらい喜ぶと思ったのに、無視されてしまったから、美衣子は恥ずかしさを隠すために、ムッとした声を出す。
「あんたが無視するのは違うでしょ?」
初めは美衣子に対抗して、灯里も無視していたのかと思った。灯里が無視するのは許さないというのは、少し傲慢かもしれないけれど、元々は美衣子が灯里に対して好き勝手な態度を取ることを前提にした同棲である以上、多少のわがままは許してもらいたい。
「ちょっと、灯里、無視しないでってば!!」
身を乗り出して灯里に顔を近づけると、灯里がワッと驚いた声を出した。
「み、美衣子、どうしたの? わたしと喋ってくれないんじゃなかったの?」
灯里の嬉しそうな様子を見るに、美衣子の言葉は無視されていたのではなく、ぼんやりしていて聞こえていなかったらしい。無視されていなくてホッとはしたけれど、それはそれでとても心配になる。
「あんたねぇ、一体何考えてたのよ」
「仕事のこと考えてたけど……、それより、美衣子。あなたはわたしと喋ってくれるの?」
美衣子の呼びかけに気付けないほど、仕事の悩みは深刻そうなのに、美衣子と話せる可能性が出てくるとそちらの方に気持ちがすべて流れてしまうなんて、一体灯里の美衣子への執着心はどれほど強いのだろうかと、呆れてしまう。
「ちょっと聞きたいことがあるだけよ……。これ聞き終わったらまた無視するから」
相手が灯里でなければ、この時点で美衣子は家から追い出されてしまいそうなくらいのめちゃくちゃなことを言っている自覚はある。だけど、灯里は残念そうに「わかったわ」と言うだけで、美衣子を責めようとはしない。
「聞きたいことって何かしら?」
「キッチンって使っても良いの? わたしそろそろお弁当飽きちゃったから自炊がしたいのよ」
「もちろんいいわよ。冷蔵庫も使っていいし、わたしのお金で何でも好きな食材を買ってきてくれていいわ」
どーも、と雑な返事をしたら、美衣子はこれ以上は何も話す意思はありません、ということを伝えるために。俯いて黙々と食事に戻った。
「今日も遅い時間まで待っていてくれてありがとう。嬉しいけど、本当に食事の時間合わせなくても良いのよ?」
灯里の優しい言葉には何も返さなかった。また黙々と食べ進める。冷めた麻婆豆腐弁当は、あまり辛くは感じられなかった。
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