第175話 秘密のクリスマス会③

「え? な、な、な、何したの?」


美衣子が慌てて離れて、ビックリしていると、灯里が気まずそうに顔を赤らめて「ごめんなさい、つい……」と謝った。


「あ、いや、謝って欲しかったわけじゃなくて……、なんでキスしたの……?」


美衣子が尋ねると、灯里は首を傾げた。


「美衣子って、もしかしてキス初めてだったかしら?」


うん、と美衣子が頷く。灯里はきっと何度もキスをしているのだろう。まるで、自分が子どもだと言われているみたいで、少し嫌だった。


「だって、わたし彼氏とかいたことないし。キスする相手なんていなかったから……」


美衣子の言葉を聞いて、灯里が小さく微笑んだ。


「もう高校生なんだし、友達同士だったらキスなんて普通よ……?」


灯里は少し顔を逸らしながら伝える。


「普通なの……?」


美衣子には普通の友達がわからなかった。中学生の途中から、意図的に友達を作らないようにしていて、久しぶりにできた友達が灯里だったから。少なくとも、灯里の方が美衣子に比べたら普通の友達関係がわかっているわけだし、これが普通なのだろうか。


「でも、ごめんなさい。わたしいきなり過ぎたわね……。ちゃんとあなたの許可を取るべきだったわ……。不愉快だったかしら?」


灯里が恐る恐る尋ねてくる。不愉快なんかではなかった。


「嫌じゃないし、友達同士でのキスが普通なんだったら、わたしも灯里とキスできて嬉しいわ」


「ならよかったわ」


灯里が小さく息を吐いた。そのため息が安堵なのか、緊張から解き放たれたからなのかはわからなかった。


「でも、なんだか随分と灯里って距離感近いのね」


「あんまり近づきすぎるのは嫌だったかしら?」


「どうなんだろ。わたしはそもそも人と距離を取るタイプだからわからないわね。でも、灯里とは仲良くしたいし、ある程度灯里と合わせるようにするわ」


「よかったわ。嬉しい」


灯里がソッと美衣子のことを抱きしめてくれた。灯里の体は、いつもは背が高いし、気が強いから力強く見えていたけれど、実際に抱きしめられてみると、華奢な分、とてもほっそりと感じられた。思ったよりもか弱そうな体を、美衣子も優しく抱きしめ返す。


「でも、灯里って普段クールに見えていたから、こんだけ距離感が近いのは意外だったわ」


「美衣子に対してだけよ。美衣子は特別な友達だから」


灯里がソッと美衣子の髪の毛を撫でてくる。優しい手つきが心地良かった。


「恥ずかしいからやめてよね。特別な友達なんて言われたら背筋がゾワってするわ」


言葉では拒んだけれど、美衣子も嫌な気分にはならなかった。


美衣子にとっても、灯里は良い友達だったから。少し変わった子だったけれど、灯里とは言葉を交わさなくても平気だし、近づかれても平気だった。普段、他の子からはパーソナルスペースに入ってこられたり、ベタベタされたりしたら嫌な気分になったのに、なぜか灯里からはそれを感じられなかった。


「わたしもキス、これが初めて……」


灯里が美衣子の耳元でとても小さな声で囁いた。ゾクっと背中を撫でるような妖艶な声。それは、美衣子の耳にかろうじて聞こえるくらいの声だった。


慣れた調子でキスをしてきた灯里なのに、今のが初めてのキスなんて信じられない。


「今なんて?」


美衣子がドキドキしながら尋ねたら、灯里がゆっくりと美衣子の体から離れて、いつものように柔らかく微笑んだ。学校にいる時に見せている、優等生の顔。美衣子の苦手な作り笑いをした顔で。


「どうかしたの? わたし、何も言っていないわよ?」


美衣子が大きくため息をつく。


「ムード台無し……」


これ以上、何かを詮索するき気も起きず、キスの話はこれで終わった。


美衣子は初めに座っていた場所から灯里と距離が取れる場所に座りなおした。


別に、灯里に嫌気がさしたわけではなく、単に疲れたから。普段人と離れた距離感でいたのに、今日は随分と灯里が積極的だったから、少し疲れてしまった。


そこからはまたいつものように、お互いマイペースな時を過ごしたのだった。


そんな高校1年生のクリスマスパーティー。2学期の初めに席替えをして近くになったばかりのときはとても心の距離があった関係性だったのに、たった3ヶ月半で、キスをされても不快じゃない仲になった。


後から思えば心の底で好意を抱いていたのかもしれない。友達としての好意よりも、もっと深い好意を。


高校時代、自分が女性に対して恋愛感情を抱くことはまったく考えもしなかった。だから、きっと自分の中で、無意識に否定していた灯里への恋心。それが当時すでに芽生えていたのかもしれない、と。


仕事に出ていった灯里から晩御飯代にもらった1万円を見つめながら、美衣子はそんなことを考えていたのだった。

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